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三十八話 天月都軍の撤退

「あー、巌忽?なんか喧嘩が始まっとるが、どうなっとるんだ?」


「魔王殿、鬼という生き物は腕っぷしだけでなく我も強いのだ。むしろ喧嘩ができるほど余裕というわけだ、吾には心配する要素など一つも見当たらんわ!」


 突然争い始めた蹴鬼と斧鬼、それに対して儂が発した言葉は巌忽によって簡単に切り捨てられる。


 こいつぁダメだ、あの時の儂の感心を返してほしい。普通戦争で内輪で喧嘩を始めるか?.....いや、そもそも魔族そのものがそんなもんか。昔なんて途中から味方同士でお互いをけづり始めてわけわからん状態になることなんざザラだったな、つってもやっぱりこのままは駄目だろ!


「同じ立場だからってさぁ、調子乗ってるよね。ほんとそれうざい、邪魔なのよ!」


「調子に乗っている、か。それはお前の方だ、蹴鬼よ。八鬼衆だからと何をしても良い訳ではない、それが分からぬたわけ者が!それだから不満を唱える者が後を絶たぬのだ!」


 戦場の奥の方で斧と脚が何度もぶつかり合う、その度に巻き込まれて舞い散る人間が見える。さらに信じがたいことに今までで最も敵を減らせている、信じがたいことに!


 ーーーと、


「ええい、落ち着かぬか!」


 混乱する戦場にある人物の声が響く。儂の意識がその声の主の元へと引っ張られる、そこには自分の位を誇示するが如く上から下まで黄金に輝く鎧を纏った男。


 この声は確か.....やはりそうか。あいつは確か篭煙とかいう敵軍の指揮官、っぽいやつ。あの男の声でほとんどの兵が意識を向けたな、指揮能力はかなり高いな。


「能無しどもが、ちょっとやそっとのことで簡単に腰を引きおって。甲斐樹郎のやつは勝手に突っ込み恥を晒しおって、どいつもこいつも無能ばかり。兵ども、何人たりとも逃げることは許さん。逃げたやつは戦勝後に即刻死刑だ、問答無用でな!」


 無理難題を強要するかのような号令、それを平気でする篭煙。


 おっと、これは訂正だな。混乱する戦場でほとんどの兵を振り返らせる声、指揮官の適性は間違いなく高い。だがあいつは戦況判断よりも自分の主張が勝っている、とんだポンコツだな。いやあいつにとってはそれが最良の判断なのか?


「失礼、其方が此の軍の指揮官か?」


「何だ、話しかけるな。見て忙しいのがーーーっ⁉︎」


 そんな篭煙に背後から話しかける人物がいた、当たり前だがこういった奴が気が立っている時に話しかけられたなら不機嫌になる。篭煙も当然のように怒の詰まった声色で振り返ろうとした時だった、最後まで回り切る前にその首は地面に落ちた。


 ーーーは?


「しまった、また悪い癖が出てしまったようだ。回答を聞く前に斬ってしまった、其方が遅いのも悪いのだぞ?」


 地に転がる首にそう話しかける、当たり前だが返答は得られない。首を落としたその人物、長い黒髪を後ろで一つに束ており、顔には刃物傷か右目の上から下まで一直線の傷跡。裸の上からシンプルな青色の羽織を着ていて下は袴。片手にキセル、もう片方には血の滴る刀が握られている。デコの真ん中から真っ直ぐな角が一本、考えるまでもなく鬼だ。


 い、今ので終わり?なんて呆気ない、無能指揮官だと思ってはいたがこんなに早く死ぬか。兵が露骨に慌ただしくなっとるところを見るにやっぱり相手軍の大将、そして指揮官はあいつか。まあ、相手の指揮官が殺されるのはこっちにとっては利しかないから特に言うこともないが.....呆気ないなぁ、おい。ところであいつは誰だ、八鬼衆か?


「あれは斬鬼(ざんき)だな、八鬼衆一の剣士だ」


 儂の心を読んだのか、隣でそう話す巌忽。


 この流れ的に八鬼衆だろうな、違ったら逆に驚くわ。ていうか蹴鬼ときて斧鬼、ここまでならまだたまたまかと思ったがこりゃもうわざとじゃないか?


「ところで巌忽、三人とも鬼で終わっとるんだが。まさかとは思うがーーー」


「おお、気づいたか!名付けたのは吾だ、分かりやすいだろう?八鬼衆は単純に八の鬼、最後に鬼と付けているのがこだわりだ」


 儂の言葉が終わるより早く、巌忽は食い気味に話だし言葉が遮られた。


 すごい気迫、どこまで自信があるんだ。これ本気で言ってんのか?だとしたら、言っちゃあ悪いがアホだな。


「いや、分かりにくいだろ。そりゃ名前とそれぞれの奴を見たら見分けるのは簡単だろうが、ただ名前を羅列されたらややこしいことこの上ないだろ」


「うむ、それは考えていなかったな」


 儂は思わずツッコんでしまった、これは仕方ないとも言える。返ってきたのはこれまた気の抜ける言葉、もはや何も言う気が起きない。


 はぁ.....もう何も言うまい、本人が良いなら.....ん?


「藤光殿、豊羽様が殺されました。軍はさらに混乱が広がるでしょう、この状況早く治める必要があるかと。指揮系統が消えた今、次に権限を行使できるのは」


 儂が巌忽と言い合っていたら何やら下の方からそんな声が聞こえてきた。片方は藤光、もう片方は康弘だ。


「勇者である某、分かっておる。今の某は勇者の前に一介の兵、指揮を失った軍に戦い続ける必要もよもや攻めを続行させる意味もない。であれば選択肢はひとつ、全軍撤退だ」


「了解いたしました、では!」


 藤光の答えを聞いた康弘はカッと目を見開くと懐から紋様が刻まれた長方形の紙を取り出し、地面に向かって叩きつける。すると、戦場全体に巨大な魔法陣が浮かび上がる。


 なっ⁉︎これは.....いや、転移か。かなり大規模な、こんなものを用意してたのか。


「康弘、これは?」


「こんなこともあろうかと用意しておりました、転移場所はここから少し離れた場所です。使うつもりはなかったのですがこの状況では撤退すら危うい、どうぞお逃げくだされ。.....後は頼みますぞ」


 藤光の問いに返答しつつ、魔法陣から一歩外に出る。そして最後にボソッと不穏なことを呟いた。


「なっ⁉︎待て、まさかこのーーー」


 それに気づいた藤光が即座に口を開いたが、言い終わるより早くその姿が消えた。あれだけいた軍勢が綺麗さっぱりいなくなった、康弘と康弘が率いていた軽装の集団こと陰陽師部隊を除いて。


「このまま皆で逃げれば必ず追いつかれ軍の崩壊は必至、誰かが残り時間を稼がねばならない。覚悟はとうにできている、皆ここで私と散ることに相成ってしまいすまない。だがただでは死なぬ、皆ゆくぞ!」


「「「ーーーはっ!」」」


 康弘の言葉に陰陽師たちが同じような紙を取り出す、もちろん康弘自身も。そして全員が同時に紙を地面に叩きつける。それと同時に転移魔法陣の形が変わってゆく。


 ーーーこれは!


「怪異召喚、餓者髑髏(がしゃどくろ)!」


 康弘が叫んだ次の瞬間、魔法陣から最初に骨の腕から始まりさほどと経たずその尋常じゃないほどの全体像があらわに成っていく。

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