三十四話 柳縁
「殿の首が取りたいならばまずは拙者の首を取ってもらおう」
巌忽と藤光の間に突如現れて刀を止めた者、それは柳縁だった。
ああ、現れたか。くるとは思っていたが、会議の場はルイナに任せたのか?
「某は己が獲物にこだわりはない、邪魔が入り取り逃したのならばそいつの運が良かったのだろう。代わりがいるのであればそれで良い」
柳縁の乱入に一切取り乱す様子なく、淡々と話し標的を移す藤光。そこに一切の執着は感じられない、兵としてきているはずなのに功を求める様子がない。
勇者であろうが戦争で駆り出された一兵だろうが得る功はデカければデカいほど良いはずだ、だというのに敵の大将を前に全く執着がない。なんなんだ、あの勇者は?
「おい、柳縁!なんのつもりだ、助けたと思っているならそれは勘違いも甚だしいぞ。吾は負けることはない、早とちりの不要な手助け。邪魔だ、下がれ!」
巌忽は間に割り込んできた柳縁に対し、怒鳴り始める。助けられたではなく邪魔された、その感情の方が強かったらしい。
まあ、魔族ってのもあるだろうが。しっかし、巌忽は捻くれてるな。これが一魔族なら別におかしいことじゃない、だが巌忽は一国を収める立場。それでこの偏った考え方、まだそれに気づいていないとは。
「そんなことを言っている場合ではありませぬぞ!あなたは今、首を取られかけたのです。信じないのはあなたの勝手ですが、あなたは我々の王であることを自覚していただきたい!」
「ーーーっ⁉︎ぬぅ.....」
およそ寡黙そうな柳縁からは出ることが予期できないほど大きな声、自国の王に向けるにはあまりにも強すぎる威圧。流石の巌忽もそれには気圧され、言葉を詰まらせている。
ほう、鬼の国にここまでの男がいるとは。鬼なんざ全員戦闘脳ばかりだと思ってだが、考えは改めるべきか。
「殿よ、あなた様はこれを持って急ぎ門の中へ」
言葉が出ない巌忽に向って柳縁はあるものを投げる、それは大樹の如き太さの腕だった。
「これは.....っ!吾の腕か、そういえば斬り落とされていたのだったな。柳縁よ、今はお前のいう通り退くとする。その女は吾を追い詰めた、身代わりとなるのなら死んでも知らんぞ」
「問題はありませぬ。この老骨、いつ逝っても悔いはない所存にて」
巌忽は自分の腕を受け取り、警告の言葉を残して戦場を離脱していく。柳縁はその言葉に覚悟のこもった言葉で返した。
驚いたな、魔族でこんな展開を見られるとは思わなかった。案外わからんもんだ、まぁ巌忽が自分の落ちた腕を忘れていたことの方が儂にとっては記憶に残りそうだが。頑丈すぎる奴は体の欠損を忘れるのか、それとも戦闘が楽しすぎてか?
「話は終わったか?では始めようか、鬼の剣士よ」
「待っていただきありがたい。では尋常に、参る!」
巌忽が離れて藤光が口を開いた、柳縁は向き直って感謝の言葉を告げる。そして静かに刀を構え、勢いよく声を上げ動きだす。数秒後、二本の刀がぶつかり合う。
「ほう、少し驚いた。やはり貴様、某と同じく剣術を使っているな?それに鬼の兵に剣を教えているのだろう、太刀筋が同じだ」
「鬼が剣術とは珍しいか?其方の言う通り、拙者は武士たちの剣の指南をしている」
「やはりな、なかなかに完成されている。力だけで押し切ろうとする連中の中にここまでの実力者がいるとは思いもしなかった、これは嬉しい誤算だ」
鬼と人間の鍔迫り合い、二人の刀は動かない。どちらも侵入を許さない、まごうことなき実力者同士の面構え。心なしか藤光の口角が上がっている気がする。
ま、まさかこの国に剣術の使い手がいるとは思わなかったぞ。いつだ、いつからだ?前はそんなのなかったはずだ、外交関係はルイナに一任してたから知らなかった。知っていれば見に行ったのに、こんな面白いことを今まで無視していたとはもったいない。鬼の剣術練習風景なんざ珍妙も珍妙、面白くないわけがない!
「.....はっ!拙者は楽しむ気はない、気が緩めばそれは隙となる」
「ーーーっ⁉︎某は楽しんでいるつもりはないのだがな」
柳縁は嫌悪感を感じているかのように顔を一瞬歪め、刀を一気に引いて体を横にずらして藤光の刀を避ける。押し合っていたところをいきなり引かれ、体勢を崩した藤光。そこへ即座に刀を入れる柳縁、しかしそれは受けられてしまう。
「止められたか、およそ人間の反射について来れるものではなかったはずだが」
「貴様の太刀筋は別の奴ですでに見ている、そしてある程度慣れた。完全に初めてであれば、某も危なかったであろうな」
二人はまた互いを目の前に刀を向け合う形で硬直する。お互いに下手に動けない、そんな状況。
うーん、そういうことは儂は分からんからな。どっちも強者で拮抗してるな、くらいの感想しか出てこん。
「だがしかし、ここまでで大体慣れてきた。某はもう、様子見は終わりとしよう」




