二話 娘たち
儂の三人の娘、その末っ子のミロの部屋に来たわけだが.....
「.......」
「...........」
「ま、待て待て、何故儂だけが片付けてるんだ⁉︎」
静寂の中しばらく黙々と片付けていたが、よく考えたらおかしい。
「ん、ん〜?頼んでない、父が勝手に始めた。でしょ?むぐんぐ......」
ミロは儂の言葉に面倒くさそうに答える、美味しそうに菓子を貪りながら。
あれ、やっぱり儂どこかで育て方を間違えたのか?片付けているはずなのにどんどん汚れていくぞ、まるで魔法だな。
「おいおい、ミロ〜?もしかして儂が何してるのか分かってないのか?後、その服のまま菓子掴んでるが袖が汚れるぞ」
「もぐんぐ.....掃除、だと思ってた。違った?汚れた服は洗えば良い、父が」
ミロは至極当然かのごとく言い切った、まだ小さく幼いというのに肝だけは一丁前に据わっている。ん〜、そのもぐもぐしてる顔が可愛すぎるぞ、ミロよ。
「......駄目だ、それはミロがやりなさい。全て儂任せはいかんぞ」
.....おっと、もう少しで儂がミロの調子に呑まれ、甘やかしてしまうところであった。ギリギリで儂は父親としての威厳を保った。
「なら、良い。今日はこの服のまま過ごす」
そう答えるミロ、困ったことにミロは儂に甘えすぎな節がある。いや、甘えるのは良い。むしろもっと甘えて欲しい、だがミロのこれは『甘え』ではなく『舐め』だ、儂はミロに舐められている。
当たり前のように儂をコキ使おうとするミロのこの態度を断じて甘えとは認めんぞ。甘えられるというのは少なくとも儂は幸せな気分にならないと成立しないものだろう.....だよな?
「はぁ.....とりあえずミロ、儂はお前のお姉ちゃんに会いに行くが来るか?」
「いや、いい。父だけでいってらっしゃい」
儂の問いに一切の迷いも躊躇もなく即答するミロ、分かってはいたが心が痛い。
来ないと言うものを無理矢理連れて行くわけにも行かず、儂は一人寂しく次の娘がいる部屋へと移動する。
「う〜む、来てしまった」
薔薇の装飾が施された綺麗な扉、この先には次女がいる。正直あいつと会うのは気が引ける、なぜかと言うとーーー
「おい、前にも言ったよな?俺の部屋には入んな、って」
「お、お父さんだぞぉ.....?」
案の定今回も敵意剥き出しだ、まさか扉を開いた瞬間にはもう鼻先ギリギリに剣先があるとは予想外だった。薔薇の意匠が施された白く美しい剣、儂はその剣を向けている少女に目を向ける。
「あんだよ、何見てんだ」
こっわ!鋭すぎる眼光、どこで覚えたのか驚くほど乱暴な言葉遣い。それはもはや少女のものではない、綺麗なその顔をこれでもかと台無しにしている。次女のジェリエ、人間たちの言う不良娘とはこいつのことを言うのだろう。.....普通にしてれば可愛い顔をしてるんだがなぁ。
そしてさらに驚きなのが、そんなジェリエが着ているのはフリフリが多くついた可愛らしいデザインの純白のドレスなのだ。儂はそういった知識には疎いから詳細なことは分からんが、ゴスロリとかいう衣装らしい。そして輝く銀髪のツインテール、外見は人間でいうと14くらいだろう。
「な、何かお父さんに隠してることでもあるのか?」
「勝手に決めつけてんじゃねぇ!父さんを俺の部屋に入れたくねぇんだって何回言わせる、嫌なことに理由なんかあるわけないだろ!いちいち聞いてくんな、気持ち悪い」
ひ、ひどい言われようだ。一聞いたら十罵倒が返ってくる。儂、泣いて良いか?
だが、まぁ魔族として見るならジェリエは儂が出会った奴らの中でも一、二を争うくらいに素質があるだろう。なにせ魔王である儂の精神をこんなにも削ることが出来るんだからな。とは言え、儂が父親だからなのかジェリエのことが怖いながらもそれ以上に愛おしく感じる。
「用がないなら二度と開けんじゃねぇ!」
儂が黙っていたせいかジェリエはそう言うとバンッと勢いよく扉を閉めてしまった。これはもう駄目だ、最後の長女のところに行くか。今の儂の顔、最初の時のように笑みが漏れているか?.....自信がない、いざ娘に会いに行こうとしたあの時のえもいわれぬ高揚感がすっかり心の端っこで縮こまってしまっている。
それにしてもジェリエはあんなガサツそうなのにあの着るのがめんどくさそうな服を毎回着て、髪までキッチリとセットしてるのは何なんだ?
「よし、着いたな」
考え事をしていたらもう着いてしまった。紫色のシンプルな装飾、それが儂の娘たち、その長女の部屋。と、
「あら、お父様。いらっしゃ〜い」
儂が扉に触れようとしたその瞬間だった、扉が開いて中から長女が顔を出す。儂の顔を見るや否や笑顔で迎え入れてくれる。優しく落ち着いたその声に儂は安心感を覚える。
透き通った紫色の長い髪と薄紫色のドレスに身を包んだ少女、いやもう少女ではないか、女性としておこう。人間で言うと大体20くらいだろうか。こいつはちょっと大人びすぎていて年齢と雰囲気が結びつかんから儂でもたまに忘れそうになる。名はメルルナだ。
「どうぞ〜、お父様」
「すまんな、メルルナ」
メルルナは儂をテーブルに案内してくれる、多分もう儂が来ることは察していたのだろう。テーブルの上には出来立ての紅茶が用意されていた。