十話 やっとの出発
「よし、馬車の準備は出来たな」
さて、後は待つだけか。それにしても、娘は本当に来るのか?ルイナを信じていないわけじゃあないが、あいつらが来る未来が全く想像できない。
「魔王様、お連れいたしました」
そんなネガティブな思考が頭をよぎったその時だった、背後からルイナの声が。
「おお、そうか。で、結局はメルルナだけだろう?まぁ、仕方ない。ちょっと悲しい家族旅行にはなるが、儂もーーーえ?」
儂はそう言いながら後ろを振り返る、すると思いがけないことに言葉が途中で途切れる。
「あんだよ、俺がいるのがおかしいみたいな顔してんな。勝手に決めつけんな、そういうのが腹立つんだよ!」
「ジェリねぇ、うるさい。旅の初めからテンション落ちた」
鋭い目つきと気怠そうな表情が目に入ってくる。
ま、まさかこの二人が来てくれるとは。天地がひっくり返ってもないと思っていた。
「あら、お父様が動かなくなってるわ〜」
次に口を開いたのはメルルナだった、いつも通りのおおらかな笑顔で。
ああ、そうか。無意識のうちにすら二人が来ないことが当たり前かのように思ってしまっていたのかもしれない。メルルナの言葉で気づいたが、ここまで思考が停止するとは儂自身も予想外だった。
「え、パパ、固まっちゃったの⁉︎」
メルルナの次に口を開いたのはニュイ、メルルナの言葉を無邪気にも鵜呑みにしている。
全く、何と可愛いことか。
「いや、驚いた。メルルナはともかく二人も来てくれるとは」
まさか、あそこまで反抗的だったジェリエと何に対しても面倒くさがって興味をあまり示してこなかったミロが。この事実だけでも今まで生きてきて良かったと思ってしまいそうになったぞ。
.....それにしても、この二人を部屋から出すとは。ルイナは一体何をしたんだ?
「.....?魔王様、私に何か?」
「ああ、いやそういうわけじゃあないが。というか、お前も着替えたのか」
真っ先にジェリエとミロの方に目がいっていたから気づかなかったが、意識が向いたことでルイナも着替えてきていたことに気づいた。
普通は当たり前、触れる必要はない。そんなことだが、ルイナに関してはちと違うからなぁ。こいつ、儂と初めて会った時からずっとローブを着込んで別の服装をしていた記憶がない。
「当たり前ではないでしょうか?旅行に着ていく服といえば、で選んだのですがおかしいでしょうか?」
ルイナは儂の質問にキョトンとした様子でそう言う。服装はもちろんローブではなく、紫を基調としたワンピースにロングスカート。美しく輝く綺麗な銀髪は後ろ手に括られている。
まぁ、だろうとは思っていたが相当な美人だな。確か種族はサキュバスと言っていたんだったか、その装いは間違いなく素晴らしいの一言だ。だが、こいつが御者には.....見えんな。
「いや、よく似合っている。むしろ儂らがお前の存在に埋もれてる気がする」
「そうですか、おかしくないのであればそれで十分です」
儂の言葉にルイナは静かに納得する。うーむ、本当にこいつがサキュバスなのか毎度のことだが疑問に思う。サキュバスというのは多種族の性気とかいうのを糧とする種族、それゆえに自然と相手を絆す術を身につけていく。
だが、こいつは先も言ったが魔王城ではローブを纏って身体のほとんどを隠し、さらには暗器を主な武器として暗殺を得意とする。前儂が聞いたら「生き抜くための術として身につけた」みたいなことを言っていた。普通のサキュバスはそういう時は美貌だったりオスを堕とすテクニックだったりを極めるはずなんだが。
「いきなりおしゃれをしてくるとは、お前のことは正直一番分からん気がする」
儂は半ば呆れた様子で呟く。と、
「おー、来たのか。娘が来んかった時に沈んだガー.....いや間違えた間違えた、主が落ち込む様を酒の肴に大笑いするつもりじゃったのに。全くもって残念じゃのう」
そんなこんな話していたら白衣の集団に突っ込んでいったレンセツが帰ってきた、身体中から湯気のような煙を発しながら。
ん、一体何が起こった?ついに頭がおかしくなってマグマにでも飛び込んできたか?いや、よく見たら服は一切焦げてすらおらんな。
「その身体から発してる煙は何だ?」
「ん?はは、心配は無用じゃ。サキとかいうやつは斬ってきたぞ、殺すつもりじゃったが逃げられてしもうたがな」
儂の言葉に笑いながら答えるレンセツ。
全く答えになってないな、儂の問いをちゃんと聞いたのか?
「そうか、どうだったんだ?」
「命名が珍妙なやつじゃっだぞ、後は目がおかしくなるくらい眩しい剣を使ってきたな。この煙はそのせいじゃ」
そいつの印象は聞いてないが、光る剣か。煙が出てる辺り聖属性でも付けてたか。まあ、今はどうでも良い。
「さて、時間がかかったがこれで整った。やっと出発だ」




