小学校、恋がすすむ5日前!
五日前。〜水曜日〜
あ〜寒い。
今日はなんて寒い日なのぉ!
てぶくろの上から思わず手をこすって、ランドセルをしょったまま、わたしは小学校の校門の前に立って待っている。
だれをって?
もちろん、大好きな親友の『みっちゃん』を待っているんだ。
わたしの学校では、朝、家が近い人たちと班になって登校するのがルールだから、好きな人と一緒に登校ができないの。
だから朝の校門前では、教室まで仲のいいお友達とおしゃべりしていこうと待ち合わせている人たちが、こんなにさむくてもあっちこっち立っているんだ。
あ、またひとつの班がむこうから来た!
あれは! もっもしかして『がっくん』の……。
わたしのむねがドキンとなって、緊張してきちゃった。
…………あ、なんだ違うじゃん。
どきどきがしゅ〜んっておさまったよ。
え? 『がっくん』ってだれ? 待っているのは『みっちゃん』じゃないのかって?
おっと〜! バレちゃあ、しょうがない。
何をかくそう、じつはね……。
わたし、一年生の時からずっと同い年の『がっくん』が大好きなの‼︎ 言っちゃった!
もう四年生にもなるのに、ずっと片思い中なんです〜。
でもね、こんなに長く恋をしているのにわたし、がっくんとふつうにおしゃべりすることができてないのぉ〜!
だってだって! がっくんってもうめっっちゃ、かっこいいんだもん!
いろんなクラスにライバルがたくさんいるくらいなんだよ!
だからさ、目が合うだけでドキドキして、体なんてカチンコチンになっちゃうんだって〜。
しかも去年は一緒のクラスだったけど、今年はクラスが違うというだい、だい、大不幸! も、さいあく〜。
あ、実はね。みんなにはナイショにしているんだけど、いつも朝、みっちゃんの班よりがっくんの班のほうが先に来るのをわたしは知っている!
とあるかくじつな情報もうからの話なのだ!
……ウソです、すみません。ただ、今まで見ていて知ってるだけです。探偵みたいにかっこつけてみました。はい。
それでさ、毎日がっくんの顔が見たいのと、あわよくば……あいさつでもして声をかけて見たい!
と思ってるんだけど、ぜんっぜん勇気がなくてすれ違っちゃうだけなんだよね。
それでも……がっくんが見られるだけでも、幸せ♡
あ〜『おはよう』って声かけてみたいわ〜。
それにしても、今日は雪が降りそうなくらい寒いな……あ、鼻水出てきた。
こんなみっともない顔をがっくんに見せられない!
えっと、ティッシュティッシュ……あ、先にてぶくろとって、あれ? スカートに付けてるポシェットにないぞ? おかしいな。朝ちゃんと入れたんだけど。だってママが持った? って聞いてきたからおぼえてる……あ、あった! スカートのポケットの方だった。えへへ——。
わたしが横を向いて鼻をかもうとした時だった。
「おは〜。さっつん。今日、激さむだね」
校門まできたみっちゃんが、いつも通りわたしを見つけてくれて——。
え⁉︎ みっちゃん⁉︎ しまった‼︎
わたしがバッと後ろをふり向いたら、いつの間にか通りすぎて、お友達と笑いながら校舎の方へ歩いていくがっくんのランドセルを見つけてしまったのだった。
「……おはよう、みっちゃん。ふん!」
くやしくて、めっちゃいきおいよく鼻かんでやったさ。
四日前。〜木曜日〜
やっぱりね、今朝は雪がふったよ。
だって昨日はあんなに寒かったんだもん、ふると思ったよ。
お気に入りの虹色のカサをさして、雪だろうが雨だろうが、今日もわたしは校門のまえで待ち合わせているよ。
他の子もおんなじ。
教室までのおしゃべりは楽しいから、みんな同じように長ぐつでカサをさして、だれかを待っている。
でも雪がふってるから、男の子たちが雪玉作っておたがい投げまくっているな。
寒いのによくやるなぁ。
教室にいく前にびたびたにぬれちゃうじゃん。
こないだ二年生の子が雨の日にでっかい水たまりであそんで、運動ぐつびちゃびちゃにしてたな。あれ、お母さんとかにおこられないのかな?
そんなこと考えてたら——。
「ぶえ! つめた‼︎」
「あ、すんませ〜ん」
男の子達が投げている流れ雪玉がわたしの顔をちょくげきしたよ!
あぁもうさいあく! 冷たい! 前髪がくずれちゃうじゃん! えっとハンカチハンカチ——おっと今日はがっくんを見のがさないぞ!
わたしがポシェットから片手でハンカチをとっていたら——。
「おは、さっつん。寒すぎるね。今日の体育まじかんべんだよね〜」
水色のカサをさしたみっちゃんがもうきちゃった!
え⁈ そんなバカなぁ⁈
「あれ⁉︎ みっちゃん⁉︎ 今日、来るの早くない?」
「班のみんながね、今日は雪だからって早めに集合できたんだって。奇跡じゃない?」
「……うん。奇跡だ」
今朝はがっくん見れなくて残念だけど、みっちゃんといっぱいおしゃべりできたから……ま、いっか♡
三日前。〜金曜日〜
事件が起こった。
いままでの自分歴史上、こんなにぎゃーー‼︎ ってなったことがあったかなって思ったくらいの!
それはね——。
掃除の時間になって今週、わたしは理科室の掃除当番だったから、一緒の当番のこっちゃんとゆゆちゃんとおしゃべりしながら廊下を歩いていたんだ。
その時にゆゆちゃんが、すごい情報を教えてくれたの。
「ねえねえ、明日みんなで深池神社にいかない?」
「え? いつも町内の盆踊りするトコ?」
「そうそう。知らなかったんだけど、あそこの神社。恋愛運が爆上がりになる神社なんだって!」
「ええ⁉︎ そうなの? 知らなかった」
「なんかね、隣のクラスの子がね、そこでお祈りしたら好きな子とソッコーで両思いになったんだって!」
「すっごいじゃん! おめでとうだね!」
「これ、ぜったい行くやつじゃん!」
ね、すごいでしょ。
そしてみんなで理科室の前に来たらなんとなんと!
入り口の前に——がっくんがいたの!
突然だったから、ドキ〜ン! って心臓が口からふっとんだよ!
「あれ? どうしたの」
こっちゃんが入り口の前で立っているがっくんを入れた三人の男の子に声をかけた。
「オレら理科室からブツをもってこなきゃいけねぇんだけど、ドアにカギ、かかってんだよ。はいれねぇ」
「え? カギが? 先生間違えたのかな? 私たちも掃除しないといけないのに」
男の子とこっちゃんがそんなはなしをしていたけど、わたしはがっくんがいるから、こっそりどきどきしていたんだ。
そしたらがっくんが、急に隣の図書室に入っていったと思ったら、すぐ戻ってきてみんなに言ったんだ。
「ベランダつながってるからそこから入っちゃえば? 理科室の出窓、開いてたし。早くしないと休み時間、始まるからさ」
私は、なるほど〜って思って、図書室にまた入っていったがっくんを追いかけて、がっくんがベランダから理科室に入っていったからわたしも一緒に入って、ロッカーからほうきを出して掃除を始めたの。
がっくんはと言うと……。
棚の方で先生から頼まれたものを探している。
そんな後ろ姿もカッコいいとかもう、意味分かんないよこの人〜。
そんな事を思いながらほうきで床をはいていたら、わたしはある事に気がついた。
そして、がっくんも、
「あれ? なんで他のみんな、来ないんだ?」
気がついた。
ん? て事は……。
あれ? じゃあ、いま理科室ではわたしとがっくんが二人っきり——。
ぎゃあああああーーーーーーーー‼︎
心の中でびっっっくりしちゃったわたしは、ほうきを持ったまま体が、かちんこちんになってしまった!
「みんなどうしたんだろうな」
がっくんが振り向いてわたしに話しかけてきてくれたのに——。
「う……うん……」
わたしってば、うつむいちゃってそんなお返事しかできてない!
はわわわ! なにか、なにかしゃべらないとわたし‼︎
がっくんが不思議そうな顔でこっち見てるよぉ〜。
はっはずかしい! でもぉ! しゃべりたいぃ!
ほんとだね〜、みんなこないね〜とか、言えばいいじゃん! わたしったらさぁ‼︎
向こうにいるがっくんとの間に、息ができないくらいの緊張感が出てきてしまった!
すると、ふいにがっくんが——。
「………………」
顔を出窓に向けたと思ったら……小走りに理科室を出て行ってしまった。
「ぶっはあぁぁぁぁーーーー‼︎」
一人で理科室に残ったわたしは、でっかく息をはいてがっかりした。
「あ〜、もぅイヤ……この性格」
わたしもこっちゃんみたいに、好きな人にはぐいぐい、いっちゃうタイプだったらよかったのに……。
むっちゃくちゃすんごい大チャンスがぁ〜。
わたしはあんまりにもショックで、ほうきを握ったまま動けないでいたら…………。
「——ねえ」
ドキン!
「さっつんも一回、戻った方がいいよ」
がっくんが理科室の出窓に戻ってきたぁ‼︎
わたしの体が緊張してまたカチンコチンになってしまった。
「うん……」
がんばってがっくんと目を合わせたけど、顔の筋肉が引きつってるよぉ〜。
どんな顔してんだわたし⁈ ヤバくない?
今度はがっくん、少し困った顔になっている。
そしてまた、図書室の方へ一歩踏み出した——と思ったら。
「…………」
体の向きを変えて、出窓から理科室にもう一度入ってくると、わたしの前まできて持っていたほうきをパッと取っちゃった。
「え?」
おどろいているわたしをよそに、がっくんはほうきを掃除ロッカーへポイッと放り込んで、バンッて扉を閉めた。
すると、片手でわたしの手首をつかんで——、
出窓まで引っ張っていったのだ!
きゃぁぁぁぁぁーーーーーーーー‼︎
わたし、今、がっくんと、手ぇつないでるぅーーーー‼︎
頭の中が真っ白になっちゃったわたしは、この後の事、ほとんど覚えてないんだ。
たしか……一緒に理科室の出窓からベランダに出て、図書室の出窓まで来た時には手がはなれたと思う。
だって図書室の中には、みんながいたからね。
二日前。〜土曜日〜
わたし、みっちゃん、こっちゃん、ゆゆちゃんの四人は、真剣な顔で横に並んでいる。
午後のわりとあったかい日差しが深池神社の鳥居を照らしていたよ。
おさいせんも、心も、準備はバッチリ!
「じゃあ、行くよ」
「うん!」
四人でおじぎをして鳥居をくぐると、手を洗って神様の前まできた。
「おさいせん、いくら入れる?」
「十円かな」
「ふふ〜ん、わたしは『ご縁がありますように』ってことで、五円玉♡」
「あ! わたしもそれに……うわっ五円玉ないじゃん」
「わたし、たくさんもってるから、かえてあげるよ」
「ありがと〜♡」
みんなで五円玉をにぎりしめたら、鈴をガランガラン鳴らして、おさいせんを入れて、おじぎして、手をパンパン鳴らしたら……。
がっくんとふつうにおしゃべりできますように! 両思いになりたいです‼︎
ぎゅっと目をつぶってわたし、真剣にお願いしたんだ。
みんな真剣になりすぎて、けっこう長くお祈りしちゃってさ、わたしが一番に終わって目を開けたら、横にいるみんなの顔、ヤバい事になってたよ。
向こうの方で神主さんがこっちを見て優しそうな顔で笑ってた。
ん? わたしのお願い、バレてないよね?
その日の夜。
ママとお兄ちゃんとわたしで、晩ごはんのカレーを食べていたよ。
そしたらママがね、
「今日はお友達と何して遊んだの?」
って、なんとなく聞いてきた。
だからわたしは、神社に行った事を話したんだ。
もちろん、お願いはぜったいナイショ♡
そしたら横で聞いてたお兄ちゃんが、大変な事を言ってきたんだ!
「午後に神社へ行っても無駄じゃん」
「ん? なんで?」
「だって、神様って午前中にしかいないんだろ?」
「え⁉︎ そうなの⁈」
「知らん」
「どっちよ⁉︎」
わたし、びっくりしちゃって思わずお兄ちゃんの腕をガシッとつかんで体をブンブンゆらしちゃった。
そしたらママが、
「こら、さっちゃんやめなさい。こぼれる。……そんな事ないんじゃない? まあ、心がこもっていれば大丈夫でしょ」
って言うんだけど、ママは大ざっぱな性格だからなんだか心配になってきちゃう。
とりあえずお兄ちゃんの腕をはなした時、廊下の向こうからドアの閉まる音が響いてきた。
「あれ? パパなの?」
「そうじゃない? お風呂入ってからご飯を食べるって、さっき言ってたから」
「あ〜、おふろ——」
言いかけたわたしは……ふと、とんでもない事を思い出してしまった!
そういえばさっきわたしがお風呂入ったんだけど、昨日の理科室での事を思い出しちゃって、うきうきしながら体を洗っていて……、チョーシにのってくもった鏡に『がっくん♡ 』 って書いた——。
「ぴぎゃーーーー‼︎ 消し忘れたぁ‼︎」
あ、あんなのパパに見られたら、わたし、死ぬぅーー‼︎
勢いよく立ち上がったせいで倒れたイスに気が付かないで、わたしは全力でお風呂場に走っていくと、急いでガチャって洗面所のドアをあけた。
すると——、
「おわぁ‼︎」
「ぎゃあ‼︎」
お風呂に入ろうとしてすっ裸になっていたパパがいて、思わずお互いに叫んでしまったよ。
だけど、わたしはひるまない!
あわてて服をひろって前を隠しているパパを押しのけると、お風呂場のドアをちょっとだけ開けて、中にシュバって入ったんだ。
やっぱり残ってた鏡の文字を、勢いよく手でゴシゴシゴシーー‼︎ って消すと……、
「ふ〜。あっぶな〜」
ホッとひと安心♡
「お〜い、寒くて死にそうなんだけどぉ〜」
あっ、そうだった。パパが凍ってしまう。
わたしはお風呂場を出て、後ろを向きながら洗面所のドアまで、よいしょよいしょと進んでいると、
「何だ。ひさびさにパパと一緒に風呂、入んの?」
とか言ってきたから、
「やだーーーー‼︎」
って叫んで逃げてやったんだ。
一日前。〜日曜日〜
「さっちゃん、買い物に出るから一緒に行こうよ」
「やだ。今、ゲーム中」
「でも、いい加減に次の服買わないと。もうあれ小さくなったんでしょ?」
「じゃあ後でネットで買うもん」
「もう! ……あ、やっぱり一緒に行かないと」
「ん?」
そう言ってママがわたしの部屋に入ってきて、机の上に置いてあった本を指さした。
「図書館の本、期限が今日まででしょ?」
「じゃあママがついでに返してきて」
「い、や、だ」
「え〜、いいじゃん! あ、じゃあ、こうしない?」
ベッドの上にいた私は、ゲーム機を横に置いて飛び降りると、床にうつぶせになって腕を立てた。
「わたしが腕ずもうでママに勝ったら、返してきてよ」
「……何言ってんの? この十年、あんた達を抱っこし続けてきたこの腕に、ゲームのコントローラーより重いものを持たないあなたのほそほその腕が勝てるとでも?」
ママが鼻で笑ってきたので、わたしもニヤッて笑ってやったんだ。
「ふふ〜ん、もうあの時のわたしじゃないもん。こないだ部活でみっちゃんに、『高速でバトンを回す女』って言われたんだよ。ママが勝ったらおとなしく図書館行って、買い物もついていってもいいよ」
「…………」
ママの顔から笑顔が消えて、ゆっくりとうつぶせに寝転がると、腕を立ててわたしの手をとった——。
ピッピッピッ——。
「はい、全て返却になりました」
図書館の受付で、お姉さんが返却した本のバーコードを通し終わったので、わたしは新しく本を借りようと、本棚に向かって歩き出した。
ママは奥の書庫に行くからって、先に行っちゃってる。
そう言えば、あの大人気の科学マンガ、続きないかな〜。
そう思いながら、横並びの棚と棚の間を通り抜けて横を向いたら——。
がっくんと目が合った。
——って、がっくん⁈ うそ⁉︎
わたし達はお互いにあっ……ってなって驚いちゃった。
そして、やっぱりわたしの体はカチンコチンに固まってしまったよぉ〜。
わああ! お休みの日のがっくんだぁ! いつでもカッコいい‼︎
話しかけたいけど、図書館の中は静かにしないと……もとより口、動かないけどね!
ど、どうしたらいいんだぁ! あ、あいさつぐらいしたい‼︎ あぁ〜、それならもっとおしゃれしてくるんだった〜、前髪、死んでない? でも、声かけるんだ自分! やってやれぇ‼︎
……でもやっぱりわたしの体は動かなくて、まばたきしながらうつむいてしまった。
するとがっくんが……、こっちに歩いてきた!
し、心臓が、ど、ドキドキだぁ!
そして、そのままがっくんは、わたしの横を通りすぎる——。
「…………よぉ」
すれ違う瞬間、わたしに小さな声であいさつしてくれた!
はっと顔をあげてわたしはふり向いたけど、もうがっくんは棚の向こうに行っちゃった。
え? これは、おいかけていいのか⁈ でも、変なやつとか思われるかな?
くぅ〜っ! どうしよう‼︎ あいさつ返したいよぉ‼︎
「……こんにちは」
結局、追いかける勇気のないわたしは、今さらだけど……その場でぼそっとあいさつしたんだよ。
そして、今日! 〜月曜日〜
ゆっくりとのぼっているお日さまがまぶしくなってきた朝。
わたしは自信にみちあふれた顔で、いつものように校門の前で立っている。
大丈夫だ。
今日は……大丈夫。
今日こそ…………大丈夫だ!
昨日の夜、寝る前にいつもの練習をめっちゃした。
最初は、大好きなぬいぐるみ。
次にりっちゃん人形。
そして最後に、そのボーイフレンドのれっくん人形を相手に、がっくんとのおしゃべり作戦を!
勉強ではまずやらない、『おさらい』をしよう。
まずは、『おはよう、がっくん』だね。
次は、『昨日、会ったね〜』って軽い感じで。
そして、『がっくんって、図書館ではどんな本を借りるの?』……だね。
よし、カンペキだ! バッチリだ!
今日こそはいける気がする!
神様! あとはわたしに勇気をください‼︎
緊張してきたら、なんだか暑くなってきたな。
わたしがつけていたてぶくろをぬいで、上着のポケットにねじこんでいると……。
あっ!
きたきたきたきたーーーーーー‼︎
がっくんが班のひと達と向こうから歩いてくるのが見える。
その班が近づいてくるに連れて、わたしの心臓がドキドキしてきた。
今日もなんてカッコいいんだ、がっくん!
もうすぐそこまで歩いてきた。
『おはよう、がっくん』だ!
うつむくな自分! 今、がんばるんでしょ!
がっくんがお友達と笑いながら私の横を歩く。
さあ! 言ってよーー‼︎ じぶーーーーん‼︎
「…………お……」
ちょっとだけ声が出たけど……。
気づくはずもないがっくんが、通りすぎていった……。
あぁ〜。やっぱり今日もダメだったぁ〜。
せっかく話すネタがあっても——って、ん?
わたしが後ろを振り向くと、校舎の方へ歩いていくがっくんが、てぶくろをぬいで、それをポケットに入れたんだけど——。
あっ! がっくん、てぶくろ片っぽ落としたぁ!
ポケットに入らなかった黒いてぶくろがポトッと地面に着地した。
こ、これは! まさかのチャンス‼︎ 神様がくれたやつだコレ‼︎
わたしはとっさにパッと走り出した。
わたしが拾う!
拾ってみせる!
そして……声をかけるんだぁ‼︎
ぱっと見、ワンちゃんの落とし物にも見えてしまうその黒い毛糸のかたまりに、周りの子達が気づき始めている!
ダメだ! わたしが拾うのぉ‼︎
落ちているてぶくろの横を通り過ぎようとした女の子が、それに気がついて手を伸ばそうとした。
うおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーー‼︎
わたしは手をのばした——。
「がっくん!」
背を向けて歩いていたがっくんがピタリと止まり、こちらをふりむいた。
わたしは近くまで歩いて行くと、
「はい、落としたよ」
拾った黒いてぶくろをさし出したんだ。
そしたらがっくんが、
「あっ、ありがと。さっつん」
そう言って、手袋をわたしの手からうけとって、
そしてそして——、
にっこり笑ったのぉぉーーーー‼︎
くぁっこいぃーーーーーー‼︎
だからわたしも、ここで今、最大の『勇気』を——使った。
これまでに、ひそかに練習し続けてきた。
鏡にむかって何千回も笑顔を作って、
ぬいぐるみ達に何万回も話しかけて手伝ってもらった!
お兄ちゃんにうっかり見られたときは、キモいとか言われてブチ切れてやったけど。
だから大丈夫。
わたし、うまくできる!
それにたとえ流されても落ち込んだりしないよ!
よし! 今だ‼︎
わたしはかるく息をすうと、
「おはよ、がっくん」
そう言って、
めいっっぱい! 笑ったよ‼︎
がっくんは、一瞬だけ驚いた顔になったけど、
「ああ。さっつん、おはよ」
わたしの目を見て、もう一度笑ってあいさつをかえしてくれたんだ‼︎
や…………たぁーーーーーーーー‼︎
頭の中のわたしは、お山のてっぺんで超叫んでしまったよ。
そしてがっくんは、そのまま背を向けて隣の男の子達とまたおしゃべりをしながら、げた箱へ歩いていっちゃった。
「やった……ついにやった……」
これで明日からふつうにおはよって言っても変じゃないよね。
わたしが胸をどきどきさせて、その場に立っていたら……、
「あれ? さっつん、がっくんの事、大丈夫になったの?」
いつの間にかとなりに来ていたみっちゃんが、そうふしぎそうに言ってきたの。
「大丈夫って?」
わたしもふしぎになって聞き返してみたら、
「だって、さっつんってがっくんが嫌いじゃないの?」
と、みっちゃんがとんでもない事、言い出したんだ!
「えぇ⁉︎ 何で⁉︎」
おどろいたわたしに、
「だってがっくん、よく言うもん。『おれ、さっつんに嫌われてんだよね〜。全然しゃべってくれないし』って。こないだの金曜日もそう言って、なんかしょんぼりしてたし」
って教えてくれたんだ。
「ち、ちがうちがう! ちが——」
もう、息が止まっちゃうぐらい、わたし、びっくりしちゃって!
それでね、うっかりみっちゃんを置いて全力で走りだしちゃったの、わたし。
がっくんのいる、げた箱に向かって——。
うわぁ! 神様! わたしにもっかい『勇気』をくださいぃーーーー‼︎ てね。