チート持ち転生者にハブられました。結局「親ガチャ」しかないのかな。
「もうお前、いらないわ」
冷徹な声はプロ意識からだと信じたい。俯きがちの俺の頭の上から、断罪するような響きが降ってくる。
「俺たちはチートと呼ばれるだけの実力を持っている。残存するすべての魔法を無制限に使える魔法戦士、かつて魔王軍十万人を相手に殿を務め、これを滅ぼした不死身の騎士、戦局をチェスのように読み解く生まれながらの将軍。だが、お前はどうだ? 勇者の血を引くというのに、お前には何の才能もないだろ」
屈辱に、震える。チートと呼ばれる実力。リーダーのカケルはそう言った。だが実際、真実チートなのだ。
この世界とは異なる場所からなだれ込んでくる連中は、その世界の神から特別なギフトをもらってここにやって来る。そして何の経験も努力も積まずにあっという間に即戦力となる。
今では異世界からやって来る人間たちの方が勇者だと叫ばれ、万の騎士団はたかだか十名の、異世界出身者によって取って替わられ、解体された。王都では今、長年の経験よりもチートによる即戦力こそが尊ばれていると聞く。
要するに、彼らは何の努力もせずに得られた力を実力と呼んで憚らない。みな傲慢さを当たり前のように振りかざし、努力では到底太刀打ちできない限界を、当たり前のように引き伸ばしていく。
それはいわゆる、インフレーションというやつだ。あるいはノルマという、異世界の人間が持ち込んできた概念だ。達成困難な目標を掲げ、何とかそれをクリアすると、さらに高い要求を行う。
だが、そのチート持ちの『転生者』が続々と出現するなかで、魔王が討伐されたという話は、まったくといっていいほど聞かない。
異世界の人間は、何処まで言っても異世界の人間にすぎず、この世界に対して何の敬意も持ち合わせていないのだ。
ただ自分達が楽しむために、人ならざる力を振るい、気まぐれに世界のパワーバランスを破壊していく。それだけの人々だ。
俯いている俺に、話はすんだとばかりにさっさと行ってしまい、ただひとり、宿の前に取り残された。
「頼むよ、仕事をくれ!」
叫ぶのは、ついこの間まで騎士だった男だろう。立派な身なりでもボロは隠せず、己の剣だけが丁寧に手入れをされている。ギルドの受付嬢は歯切れも悪く、
「そうは言われても、もう異世界の方々がほとんど良い依頼を持っていってしまったんです。あとに残ったものも、早い者勝ちという状況でして……!」
「チクショウ! あいつら、俺たちを飢え死にさせるつもりかよ!?」
騎士としての仕事だけではない。長年の経験、プライド、忠誠心までも否定され、なにも知らない世間に放り出された彼は、天を呪わんばかりに叫ぶ。
ギルドの壁際に、一昔前なら最強の騎士と呼ばれた人々が力なくもたれ掛かっている。どこか卑屈な笑みを浮かべて、どんな難易度のクエストもかっさらおうと最後の力を振り絞っている。
大量の無職。実力を否定された人々。明らかにバランスが崩壊した歪な世界の一片が、ここに表れている。
ここでは新人教育など行われない。とてもそんな余裕もないし、今のチート持ちたちは、自分の力ではないものを、次の世代に教え、授けることができない。
「なあ聞いたか。……先日も、テロが行われたらしい」
「主犯は元近衛騎士だったんだろう? チート持ちを否定する、秘密結社に所属していたとか聞いたが……」
「何処まで真実だかわかりゃしねえよ。最近は政治の方にも、チート持ちが口を挟んでるって話だぜ」
人々の口調は暗い。何が起きてもおかしくないという嫌な確信、諦めが、空気に当然顔で溶け込んでいる。
そこへ、チート持ちとして華々しい戦果を上げたパーティーが、ギルドへ凱旋してきた。討伐対象のモンスターの部位を差し出し、ギルド職員が慌てて対応を始める。討伐不可能と囁かれていた難易度のクエストをあっさりと片付けたらしい転生者はぐるっとギルドを見回して、
「何だよこの空気。辛気くさいなぁ」
「私たちに嫉妬してるんでしょ」
「努力が足りねえんだよ! 人を僻むくらいなら、自分を高める努力をしろってんだ」
「でも結局? 人間って生まれた瞬間がすべてでしょ」
空気の読めない男とは違うものをみている口ぶりで、転生者の少女が笑う。
「この世界だって、スラムに生まれればそこから這い上がることもできないし、貴族の子供は貴族だし、要するに生まれたときから勝ち負けってのは決まってんのよ。平等だのなんだの、あんなの、心を慰めるための戯言」
「親ガチャってやつ? じゃあ俺らは、少なくとも『神ガチャ』には成功したって訳だな!」
意気揚々とギルドを後にした二人。残されたのは言葉にならない怨嗟の声だった。
「なあ、最近教会に駆け込む人間が多いってのは本当か?」
「らしいな。……そんな即物的な願いを、神様が叶えてくれるとも思えないんだがな」
「……世も末だな」
何の打開策もない、重苦しい空気だけがそこにある。だが、俺も、勇者の血を受け継いだものとして、どちらかといえば『チート側』だったはずなのだ。この空気に浸り、チート持ちを批判することが、許されるのか。
いたたまれない気持ちになって、ギルドを出た。当てらしい当てもなく、ただ足を動かすためだけに、歩き続けた。