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彼は厄介な皇子様  作者: 秋月みお
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第6話 月が輝く夜に


「ちょっとっ……、痛い……ですっ!」


 手を強く引っ張られるがままに、私はセオ皇子の足に追いつくのがやっとだった。

 謁見室を出た所で立ち止まったセオ皇子が、くるっと向きを変え、掴んでいた私の手を引き上げた。

 グイっと引き寄せられた私の体が、セオ皇子の胸に塞き止められる。


「逃がさないぞ」


 と、私の顔を覗き込むようにセオ皇子の顔が近づく。

「っ!」

(近い……っ!)

 目の前に迫るセオ皇子の顔に、鼓動が乱れ、顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。

 セオ皇子は私を見たまま、もう片方の手を私の腰に回す。

「殿下っ!」

 仮面舞踏会でも見た、あの騎士が駆け寄って来た。

 慌てる彼に耳を傾けることもなく、セオ皇子は、

「いつもの所に居る」

 と、告げた。

 それを聞いた騎士の彼が、顔を真っ青にして叫ぶ。


「殿下っ! 今日は―――――ッ!」


 彼の言葉が最後まで私たちに届くことはなかった。

「……え?」

 私はセオ皇子の腕の中で、ぐらッと足元が揺らぐ感覚がした気がする。

「……」

 でも、その感覚は一瞬。

 何が起こったのか分からず、呆然と立ちすくんでいる。

 肌に感じる空気が、変わった気がした。

「大丈夫か?」

 かけられる言葉の意味が分からず、私はセオ皇子を見上げた。

「この移動は、人によっては吐くほど気持ちが悪いらしい」

「……」

 心配そうに覗き込まれる瞳に、私はどこか納得する。

(瞬間、移動……したんだ、今)

 彼の離れない腕の中で、私は周りを確認する。

 皇宮でも、伯爵邸でもない、薄暗い部屋の中。

 大きな窓に半開きのカーテンから、外の光がキラキラ輝いて見える。

 どこかのお屋敷の部屋のようだ。

 大きなベッドにソファー、執務机に本棚。

 執務室と寝室を一緒にしたような感じだった。

 ベッドは乱れ、ソファーやテーブルの上には物が散らばっている。

(生活感、ありすぎ……)

 なのに、人の気配はしなかった。 

「あの……、状況を説明していただけますか?」

 再び見上げる私を。

「わっ!」

 セオ皇子は私の足をすくい上げ、お姫様だっこした。

 慌ててしがみつく私を丁寧に運ぶと、セオ皇子はソファーにゆっくりと下す。

(あ、セオ皇子の服……?)

 ソファーに脱ぎ捨てられるように掛けられている服が目に入った。

「大丈夫だな」

 と、セオ皇子は呟くと、そのまま私の真横に座る。

「!」

(え?! わざわざ私の隣に座らなくてもっ!)

 思わず身を避ける私の手を、再びセオ皇子に握られた。

 さっきから、胸の鼓動がおさまらなくて困る。

(なんなの? ……近すぎるっ)

 そんな私を気にするようでもなく、セオ皇子は私の手を擦る。

「あの……」

 戸惑い気味に声をかけると。

「ああ、悪い」

 セオ皇子は、困ったような、焦ったような、表情をした。

「ここは、俺が育った場所だ。皇宮の別荘みたいな所だな」

 息をつくように言葉が落ちた。

「今は誰も住んでいない。たまに手入れに来てもらってはいるが。それが今日だといいのだが」

「……?」

「麓に小さな街がある。行ってみるか? 昼も過ぎたし、腹が減った」

「あ、確かに……」

 小さく答えた私に、セオ皇子はようやく笑みを見せた。

「話しながら、出かけよう」

 と。

 皇宮の別荘みたいな所、と言われた屋敷を出ると、その建物がどれだけ大きかったかが分かる。

 その皇子の部屋だった一室に、今まで居たのだけれど。

「ここにはよく、いらっしゃるのですか?」

 私のペースに合わせて歩いてくれているらしい皇子を見上げた。

(謁見用のドレスで、下まで歩けるかな)

 そんな不安を抱きつつ。

「ああ、一人になりたい時にはちょうどいい。麓には、ここは皇室の所有ではなく、母の私有地で侯爵の別荘ってことになっている。俺は皇子ではなく、侯爵の息子として育った」

 淡々と話し出した皇子の顔が穏やかに見える。

 さっき謁見室で見た顔とは、ほど遠い。

「母が亡くなって皇室に戻ったが。ここでの生活は楽しかったよ」

「……」

(隔離されてたって、ひどい扱いだったって、聞いてたけど)

 私の言いたいことを察知したのか、セオ皇子は笑う。

「不遇の幼少期って噂だろ? あれは嘘だな」

「……」

「早くから俺の能力に気が付いた母が、早々に陛下に頼んでここに移った。最小限の人数でな」

「……その人たちは?」

「今は皇子宮で働いている。彼らは、俺の能力を知っている限りなく少ない、貴重な人たちだ」

 フッと温かな笑みに、私はまたドキッとした。

 それと共に、彼の不遇な幼少期の噂が事実ではないことに、どこかホッとしている。

「その、皇子の能力のことを知っている人のこと、聞いても良いですか? あ、仮面舞踏会の時の騎士様は知ってますね。さっきもいた」

「セドリックのことか? ああ、そうだな。あいつもここに居たからな」

 思い出したように笑う穏やかなセオ皇子。

「後は、執事と乳母と侍女長ぐらいか……」

「……」

「あ」

 思い出したように、セオ皇子の顔が嫌そうに歪む。

「?」

「もう一人いたな。乳母の娘だ」

「……乳兄弟ですか?」

「いや、あれは乳母の末っ子だから、ずいぶん年下だ」

 と、私をジッと見る。

「お前より下だな……」

「……」

(なんでそんなに嫌そうな顔を?)

「陛下と兄上も知ってる。まあ、それぐらいか。後はバレたら記憶を消している」

「え? 陛下たちも知ってるのですか?」

「……ああ、そうだが? 陛下は母から伝わって、ここに住むにあたっていろいろ協力してくれたし、兄上には、浮いてるところを見られたからな」

「……」

 あれ?

 えー……。

「噂って、本当に当てになりませんね」

 呆れる私を見て、セオ皇子は笑う。

「そうか? 的を得ているとは思うがな」

「だって、皇子はその目で人を殺すとか言われてるんですよ?」

「はは。まあ、記憶を消されたら、死んだような気にもなるかもな」

 二ッと、セオ皇子は私を見下ろして笑う。

「そんなことより、セオと、呼んでくれ」

 ドキッとした。

(え? 今、ときめいた? 私?)

「セオ?」

 ただ、反射的に言葉を繰り返しただけなのに。

「……ああ」

(な、なんて嬉しそうに笑うの?!)

「そう、呼んでくれ」

 セオ皇子は満足そうに穏やかに微笑むと、私の手を握ったまま歩いていた。

(なんなの? さっきから、私……っ)

 私は、鳴りやまない胸の鼓動を隠すのにあたふたしていたが。

「まず、この恰好では目立つな」

「……」

(あれ……、気が付かれてない?)

 セオ皇子の変わらない様子に、驚いた。

 私の気持ちが聞こえて、からかってきそうなのに……?

「そうですね」

 私は引っかかりはしたが、気にすることはないのかな。と、考えてしまう。

 確かに、私だけでなく皇子も、侯爵の令息には見えない。

 皇子様って、雰囲気丸出し。

「俺が皇子だって知っている奴がこの街に唯一いる。そこで着替えるぞ」

 と、セオ皇子は私を引き連れて、楽しそうに街を案内してくれた。



(本当に、楽しそうだった)

 日が暮れるまで、セオ皇子は久しぶりの再会に街の人たちと嬉しそうに語らっていた。

 そのたび、私の腰を引き寄せ、婚約者だと自慢して歩いた。

 あの部屋に来ることは多くても、こうして街に降りることはなかったみたいで。

 疲れたけど、悪い気はしない。

 そんな街からの、夜も更けた帰り道。

 見上げた夜空に、私は呟いた。

「……今日は、ふたつの月が昇る夜でしたね」

 セオ皇子に連れられて、麓が見える高台に居た。

 街のあかりと、夜空に浮かぶふたつの月が、綺麗だった。

「……」

 この世界が、前世と違う世界だと認めなきゃいけなかった理由のひとつ。

 黄色い月とピンクの月。

 年に四回、この二つの月が輝く夜がある。

(いつ見ても、ふしぎだなぁ……)

 何気に月を見上げながら、私はセオ皇子に尋ねた。

「ところで、いつ帝都に戻るんですか? もう、遅い時間ですよ?」

「あー……」

 セオ皇子がバツが悪そうに私から目を逸らす。

「?」

 そして、言いにくそうに言葉を告げた。


「悪いが、今日は帝都に戻れない」


「……」

(はい?)

 私はマジマジとセオ皇子を見つめ返していた。


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