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彼は厄介な皇子様  作者: 秋月みお
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第5話 淡い過去の記憶


 翌朝。

 ベッドに届く朝日と、鳥の鳴き声で、自然と目が覚めた。


「……」


 めずらしく、過去の夢を見た。

 前世と今のはざまに居た時の記憶。

(昨日のせいね……)

 私はゆっくりベッドから抜け出した。

「……はぁ」

 思わずため息がこぼれる。

 もうすぐ23歳。

 前世の私が亡くなった歳。

 結局は同じ魂。

 どこかで同じ歳に死んでしまうのではないかと、幾度も思った。

 私の脳裏に、幼い頃の記憶が巡る。


(そういえば、彼は元気にしているのかな……)


「……」

 朝の忙しい時間を終えた頃。

 皇宮からの使者が伯爵邸にやって来た。

 事前に指示があったように、私とお父様は皇宮へと招待される。

「……皇室の馬車だね」

 呆然と見上げる馬車を見て、隣にいるお父様の顔が引き攣る。

(逃げるなよ、と、言われている……)

 ただでさえ、皇室と縁遠い伯爵なのに。

(……脅威だわ)

 豪華な馬車に詰め込まれ、私とお父様は無言で皇宮への道のりを進んでいた。

 声を出すのも恐れ多いのか。

 私の前に座るお父様は、難しい顔をしている。

 私は馬車の内装を見ながら、ため息を小さくついた。

(わざわざ目立つことを……)

 今日の午後には、大きな噂になるのかな。

 伯爵邸に、皇室の馬車が迎えに来た、と。

 変な憶測も、飛び交うに違いない。

 なんせ、セオ皇子の妃候補の舞踏会が行われたばかり。

「……」

(間違いでは、ないのか……)

 クロフォード伯爵のご令嬢が選ばれた……。

(お父様は気がついてないのかしら? そもそも、先日の仮面舞踏会に招待された令嬢たちが、セオ皇子のお妃候補だったとは、知らないのかな……)

 知っていたら、ランから聞く前に、私に教えてくれているはず。

「……」

 私は諦めたように、馬車の外の景色を眺めていた。


「皇帝陛下にお初にお目にかかります。リリア・クロフォードがご挨拶いたします」


 謁見室の高いところに座る皇帝陛下へ、お父様の後に私もお辞儀をする。

 緊張感漂う中で、

「うむ、顔を上げよ」

 皇帝陛下に許可され、私とお父様は顔を上げた。

「……」

 皇室主催の舞踏会には何回か参加したことはあるけど、実は私、陛下のお顔を見るのは初めて。

(セオ皇子に似ている……)

 まあ、親子だもんね。

「……」

 今、セオ皇子の鼻で笑う声が聞こえた気がする。

(えー……、見られてるの?)

 引き攣る私の顔と、緊張しっぱなしのお父様の顔を交互にみて、陛下は笑う。

「そう、緊張する必要はない」

「……」

 極度の緊張で震えあがるお父様を見て、思わず私は苦笑する。

 辺鄙の伯爵が、皇帝陛下に謁見する機会なんて、そうない。

「さて、本題に入ろう」

 陛下の言葉に私もお父様も、改めて息をのむ。

「第二皇子であるセオが、クロフォード伯爵の娘であるリリア嬢の事が気に入ったようでな」

「……」

(やっぱり、その件だよね)

「……はあ?」

 突然の思いも寄らない言葉に、お父様は絶句し、私は無言で目をつぶる。


「リリア嬢を、ぜひとも皇妃として迎えたいらしい」


「っ!」


 さらに追い打ちをかけるように放たれた言葉に、お父様は衝撃を受ける。

「もちろん、今すぐではない。まずは婚約からだ。妃になる以上、教育も必要だろう」

「……」

 あまりにも急で、あまりのも突拍子もないことに、お父様はしばらく言葉を失っていた。

 けど。

 お父様が何かはじかれた様に声を上げる。


「しかし、皇帝陛下! リリアには婚約したばかりの相手が居ります!」


「……え!?」

 それに驚いたのは、私だった。

「婚約者がいるなんて、聞いてません!」

「……」

 あ、と、お父様の顔が青ざめる。

「……じつは、なかなか決まらないんで、同じ辺境伯である友人に話を持ちかけたんだ。そこの三男と、話がまとまりそうでな」

 困ったように呟くお父様に、今度は私の言葉が出ない。

「……」

 それって、もしかして。

 お兄様のお友達のスコット様のこと?

 グリーン伯爵のご令息の……?

「……勝手に、話を進めていたのですか?」

「彼とは昔から交流がある。お前たちは仲も良かっただろ。本人も乗り気だったし」

「え……」

 思わず高鳴る胸に、淡い気持ちが滲んだ。

 懐かしい、記憶。

 淡い栗色の髪のキラキラ輝く爽やか少年の、スコット様。

 そんな私の頭に、


『なんだ、今の感情は?!』


 突如、セオ皇子の驚いた声が響いた。

「あ……」

 私は小さな声をもらす。

(気のせいじゃなかった、セオ皇子に見られてる……っ!)

 陛下は、

「ほう?」

 と、顎に手をやり、驚いた様子だった。

「それは、調査不足だったようだ。だが、まだ婚約だろ?」

 陛下はフッと、悪い笑みを浮かべる。

 この笑い方……。

(親子ね。皇子にそっくり……っ!)

 陛下の言葉の意味を理解できず、お父様から変な声が上がる。

「え?」

「クロフォード伯爵の令嬢、リリア・クロフォードは、本日この時よりこの帝国の第二皇子セオの婚約者となったっ! その婚約は破棄とする旨、通達する。用意させよっ」

 ばっと、陛下が手を放り出したのを見て、周りの人たちが速やかに動き出す。

「あの……陛下?」

 何が起こったのか分からずに、お父様の顔に冷汗が流れた。

「クロフォード伯爵。お前たちに選択の余地はない」

 陛下の冷たい視線がお父様に注がれた。

「……」

 要するに、この婚約、私たちクロフォードは受け入れざるを得ない。

 断る理由など、ないって言われてる。

(セオ皇子がお屋敷に来た時からわかってたことだけど……、お父様には悪いことしたな)

 私の隣で立ちすくむお父様を見て、心が痛む。

「……」

 それに、スコット様にも。

 まさか、お父様があのスコット様にそんなお願いをしているなんて、思ってもなかった。

 そのくらい、焦ってたのね。

 ああ、心が揺らぐ。

 今朝、彼を思い出したばかりなのに。

 幼い頃の唯一の理解者。

 スコット・グリーン様。

 リリアの姿での、私の初恋の人。


「リリア、僕でよかったら、いつでも君を迎えに行くから」


 そう言って別れたあの日(10年前)が、ついこないだの様。


「皇子っ! お待ちくださいっ! 陛下は今、謁見中ですっ!」


 突如上がる声に、私もお父様も、そして陛下も、後方を振り返り見た。


「皇子っ!」


 護衛騎士に引き留められながらも、無表情の、

 イヤ、むしろ不機嫌満載の顔で、

 セオ皇子が謁見室にヅカヅカと足を踏み入れていた。

「うむ」

 陛下の小さな声が漏れる。

「皇帝陛下に、ご挨拶いたします。突然の訪問、申し訳ありません。この、リリア・クロフォードを連れて行ってもよろしいでしょうか」

 流れるような所作でセオ皇子は陛下に頭を下げる。

「ああ、お前の耳にも入ったか。話は今終わった。好きにするといい」

 陛下は面白いと笑みを浮かべ、

「今後のことはお前に任せる」

 と、席を立つ。

「ありがとうございます」

 セオ皇子は礼を述べると立ち上がり、私を見下ろした。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ……


 まるで、そんな周りの効果音が聞えそうな険しい顔をして。

「行くぞ」

 と、低い声と共に手を取られ、私はセオ皇子に引きづられて謁見室を後にしたのだった。


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