第45話 ルーカス公爵との対峙
ティーセットが用意された一角に座る先客。
その人物は手にしていたカップの紅茶を飲み干し、優雅な動きでカップをテーブルの上に戻すと、私を一瞥する。
その冷やなか表情が見えるくらいの位置に、私とエースは立ち止まった。
離れていてもわかる、その瞳に帯びた狂気。
「……」
震えそうな手を握り締めると、私は改めて、ルーカス公爵を見た。
(もっと恐怖に震えるかと思っていたけど……)
私を殺そうとしている人。
前世で私を殺した、人。
そんな人と面と向き合っているのに、冷静な自分が居ることに驚いた。
パニックになりそうな私を、外から見ている私が居る。
そのおかげで、隣のエースが剣を抜こうとする気配に気が付いて、私はその動きを制した。
「リリア様……っ?!」
その行動に、エースはどうして止めるのかと、驚いた声を上げる。
私は公爵を見て尋ねる。
「あなたの狙いは私でしょ? 何人忍ばせているのかわかりませんが、伯爵領の人たちに手出ししないでいただきたいのですが」
睨み上げる私を見て、公爵は不愉快そうに目を細める。
「冷静さを失わないのは、未来の皇妃として合格です。が。まあ、あなたにはもう関係のないことですね」
面白くないといった表情のままルーカス公爵は立ち上がると、私について来いと言うようにテラスから庭へと歩き出した。
「……」
(行きたくないな)
躊躇うものの、興味なさそうな公爵はもうこちらを見向きもしないで先を行く。
セオの寝顔が、脳裏を横切った。
薬を飲まされて眠っているセオの助けは期待できない……。
自分の判断と行動で、この先の私自身の未来が決まる。
一人でいることが、心細い。
「……」
もうすぐ、私は殺されるのだろうか……。
公爵の後姿を見ながら考える。
(でも、薬を飲まされるなんてセオらしくない…)
けど、公爵の催眠術ね。
大きなため息が漏れるも、隣でイライラしているエースが見えた。
(今にも飛びかかりそう…)
エースの様子に思わず苦笑いしてしまうが、エース一人では太刀打ちできない。
それがわかってるから、私もエースも無茶できない。
「……」
小さなため息をついて、私は公爵の後をゆっくりと追うことにした。
(セオに薬を盛ったのは、誰かな……)
歩き出した私の後を、エースも付いてきてくれる。
お兄様の話では、伯爵領の騎士たちが居るはずだけど、庭にもどこにも、人の姿は見えない。
そもそも、伯爵邸の庭を公爵様が一人で歩いていること自体、不自然。
公爵の息のかかった人物が、伯爵家に居る。
その人が公爵様を屋敷内へと導いてるはず。
その事実が、私に再び大きなため息をつかせた。
公爵は庭先のガゼボに足を運ぶと、準備されていたブランチの席に腰を下ろし、その様子を離れた場所でうかがっていた私を見て、前の席に座れ、と、促した。
「……」
セオの助けは望めない。
公爵の手下も、誰かわからない。
それに、この庭に公爵の手下が潜んでいるはず。周りを見てもさっぱり分からないけど。
どう考えても、私に不利な状況。
なら、セオが目覚めるまでの時間稼ぎに、ルーカス公爵に付き合うしかないか。
と、仕方なくその準備された席に向かおうと足を動かした時だった。
「っ!」
急に目の前を阻まれて、ぶつかりそうになるのをこらえた。
視界を遮ったのが何なのか確認しようと少し離れ、
視線を上げると。
「……セオ?」
私をかばうように立ちふさがっていたのは、ガウン姿のセオだった。
辛そうにゆがむ顔には、汗が流れている。
「叔父上……」
ルーカス公爵を鋭くにらみつけるセオの低い声が、庭先に響く。
そのすぐ近くに、剣をかざしたセドリックも居た。
二人とも、セオの瞬間移動で来たのだろう。
セオが現れたことに、私も公爵も驚きを隠せない。
しかし、薬で苦しそうな顔を見せるセオに、公爵は嫌な笑みを浮かべた。
「おや、セオ皇子。……もう薬の効果が消えたのですか?」
と、わざとらしい声を上げる。
「……」
公爵を見据えたままのセオの頬を流れる汗。
苦痛に耐える様子のセオに胸が痛んだ。
その痛みがセオに伝わったかのか、セオは心配ないと、私にテレパシーを送ってくる。
「睡眠薬か……。ずいぶんと強力なものを……」
と、セオは自嘲気味に笑った。
睡眠薬の効果が切れた訳では無い様子が、セオの荒い息遣いからも感じ取れる。
「俺の護衛は優秀でしてね。異変に気が付いて叩き起こされたのですよ」
そう言ったセオの言葉に、ピクッと公爵の頬が動いた。
ああ、と、ため息に近い声が漏れると。
「そうでしたね。そこの護衛にも盛るべきでしたね」
と、セドリックを無表情に見降ろした。
ゾクッとした悪寒が、背中を走り抜ける。
そんな私に気が付いて、セオの手が動き、私を自分の影に隠す様に動いた。
おかげで、私の視界から公爵の姿が消える。
「毒ではないと思ってはいましたが、まさかフロム卿直々に盛られるとは……。これは、俺も珍しく反省しましたよ」
苦笑するセオを見て、ルーカス公爵は冷ややかな瞳のまま笑う。
「念のため、私との接触した記憶を消しておいたのですよ。……どうやら、皇子は超能力者としての多数の能力をお持ちのようだ」
「……」
そう言ってお互いを見やる二人はしばらく言葉を止めた。
見合ったままの沈黙。
そして。
「……クロフォード伯爵邸で、事を起こすおつもりですか?」
先に声を上げたセオの問いに、公爵は顔を上げ、ニッと口を歪めた。
「ああ、ちょうどいい。観客が居ないのも寂しいと思っていたのでね。セオ皇子には、リリア嬢が亡くなるのをその目で見ていてもらいましょう」
と、立ち上がった公爵の横に人影が現れた。
私を庇っているセオに、緊張が走る。
「そうそう、私はすでに帝都領外ではぐれた身。今から起こるクロフォード伯爵領内での出来事には関与しておりません」
「……」
意味深に笑うルーカス公爵を、セオは言葉なく睨んでいる。
その瞳に答えるように、公爵は告げる。
「これから事を起こすのは私ではなく、伯爵領の騎士たちなのですから」
「なにを……」
「お兄様っ?!」
セオの声を遮った私の声が庭を突き抜けた。
一歩前に出かけた私を、セオの腕が阻む。
公爵の言葉と共に現れたのは、焦点が合わない、意思のないお兄様。
そして、私たち四人を取り囲んだのは、伯爵領の騎士団員。
「……そんな」
言葉を失う私たちに、公爵はさらに追い打ちをかける。
「ああ、ひとつ忠告しておきます。彼には、フロム卿には、セオ皇子が超能力を使うと自害するように催眠をかけました」
「な……っ!」
「……っ」
公爵の言葉は、私たちの動きを止めるのに十分だった。
その様子を満足げに見下ろす公爵はさらに言葉を続ける。
「さて。たった三人で。いや、動けない皇子を除いたその二人の護衛だけで、どこまで彼女を守ることができるのか……、見ものだな」
ルーカス公爵の手が上から下に薙ぎ払われると、私たちの周りを囲むように居た伯爵領の騎士たちがフラッと動き出す。皆、お兄様のように、意思のない人形のようだ。
「っ!」
「どうしたら……」
やり場のない想いが、私を襲う。
お兄様たちまで、巻き込んでしまうなんて……。
その時だった。
「ハ ロ ル ド っ!!!!!!」
セオが大声で呼ぶその名が、辺りに響き渡った。
気持ちが落ちかけていた私の瞳に、
どこからやってきたのか、
空から降りてくるハロルドの姿が飛び込んできた。
「あー、もう! 本当にっ! 面倒なことばっかりっ!」
と、不機嫌なハロルドの吐き捨てる声が前方で聞こえるかと思うと、周りで剣のぶつかり合う音がし始める。
「伯爵領の騎士たちは俺たち、黒バラに任せてもらっていいですよっ!」
バチッと片目を閉じるハロルドの顔が、驚いて動けない私に向けられている。
言葉を失っている私の代わりに、セオが口を開く。
「誰一人として、ケガさせるなよ」
「……無茶苦茶な」
セオに答えたハロルドの声が、ため息交じりに聞こえた気がした。




