第41話 二つの招待状
皇子宮に引きこもるようになって一か月。
私は鏡の前でホッと小さく息をついた。
引きこもるきっかけになった浅紅の月の日の夜、セオに激しく求められ、体中に付けられた痣も消えかけている。
(これならもう隠さなくても大丈夫かな)
鏡を見ながら肩甲骨の辺りをそっとなぞった。
「……」
不安な気持ちをぶつけるように過ごしたあの夜を思い出して、うずく体を抱きしめる。
あの日以来、セオはずっと気を張っている。
そばに居ない時はもう酷くって。
いつ狙われるかわからない。
その不安が、セオを攻めたてている。
あれからルーカス公爵とはもちろん、エマとエヴァンとさえ顔を合わせることはなかった。
ルーカス公爵はセオが超能力者だと分かってから、セオを警戒して近づいてこないみたいだけど。
そのせいで、ルーカス公爵の心のうち、動向が読めないと、セオは苛立っている。
そしてまた、この静寂が不安と緊張を膨らませ、もどかしい。
セオが今まで以上に過保護になるもの無理はないのだけれど。
トントン
衣装室をノックする音が響いたかと思うと、セオのソワソワした声が聴こえる。
「準備できたか?」
「あ、ちょっと待って。あと少し」
(セオが待ってるんだった)
私は手にしていたドレスに着替えると、セオが待っている部屋に戻った。
ドアを開けて入ってきた私を見てホッとしたものの、セオはばつが悪そうに視線を逸らせた。
その頬が、ほんのり色づいている。
(衣装室で考えてたこと、全部聞いてたな)
顔を引きつらせる私に、セオは顔を逸したまま目をつぶっている。
(気まずいと思うなら、やたらめったら痣付けるのやめなさいよね)
聞こえてるんでしょっ! と、眼力で訴える私。
しかし。
「行こう」
と、セオはなぜかその表情を緩め、私を見下ろした。
(なんか、嬉しそうなのはどうして……?)
その優しく笑うセオに思わずときめいてしまった自分を悔しく思いながら、差し出されたセオの手を取った。
私がムッとした表情を浮かべる耳元に、セオは楽しそうに囁く。
「今日にでも、俺のしるしを付けてやる」
と、私の耳を優しく食んだ。
「~~~……っ!」
言葉にならない声を上げてのけ反る私を抱きかかえ、セオは私の部屋を出た。
ここ数日、四六時中セオと一緒に行動し、過ごしている。
エドワードさんとセドリックから出された妥協案。
外に出ないで過ごしてはいたけれど、姿が見えないと不安と心配で仕事にならず、隙があれば瞬間移動で私の元に来てしまうセオを見かねての結果。
朝食を私の部屋で済ませた後、セオと一緒に執務室に出勤する。
それがここ最近の私たちの日課になっていた。
「……」
セオの執務室のソファーで、本を読んだりしながら時間を過ごしている私は、時々、エドワードさんと書類を片手に言葉を交わしているセオを盗み見る。
本当は、仕事の邪魔になりたくないのだけれど。
セオと一緒に居るのは、私自身も安心する。
本当はすごく、怖い。
日本に戻って存在が無くなってしまうのとは違う。
ここで生まれたからには、ここで生涯を終えると覚悟したんだから。
私は最後までセオの近くにいる。
死が訪れるその日まで。
できればそれは、私たちが平穏無事に長い年月を共にした結果がいい。
それに。
(仕事中のセオ、真剣な顔がまたかっこいいっていうのか……新鮮)
ふふっと頬がゆるんでしまってからハッとした。
ボボボボっ
と、セオの顔が赤く染まったのが横目に見える。
「あ……」
私の声と、
「殿下…」
エドワードさんの呆れた声が同時に上がっていた。
恥ずかしいやら慣れないやらで、私は素知らぬ顔で紅茶を飲み干した。
今まで、ずっと同じ空間で言葉を交わすことなく過ごしたことなんてなかった。
だからこの時間のこの想いは、セオには私の独り言の様に私の心の声が全部聞こえてるんだろう。
「あー……」
セオは気を取り直すように咳払いをし、声を上げようとしていたところを何かに気が付いて押し黙った。
「?」
考え込んでしまったセオの代わりに、エドワードさんが私に手紙を手渡してくれる。
「え……?」
そこに書かれた内容に、私は声を上げずにはいられない。
「これって……」
手紙から顔を上げた私にセオが気が付き、声を上げる。
「ああ、アイナ王女からの招待状だ。俺の婚約者として、お前にも生誕パーティーに出席してほしいらしい」
「……」
驚いて、声が出ない。
「どうした?」
反応がない私に、セオの不思議そうな瞳が向けられる。
「お前なら、飛び跳ねて喜ぶと思ったが……?」
「わ」
「?」
呆然としていた私は小さく声を上げると、胸に上がる疑問をそのままぶつける。
「私も、一緒に行ってもいいの?」
やや前のめり気味な私を見ながら、
「ああ?」
セオが怪訝そうに声を上げたときだった。
執務室のドアを叩く音がした。
エドワードさんはセオが重々しく頷くのを確認すると、その扉を開ける。
そこには、セドリックが見慣れない侍女らしい女性と立っていた。
「皇太子妃から招待状が届きました」
と、セドリックの言葉に合わせて彼女は手紙を突き出した。
エドワードさんがそれを受け取り、セオが中身を確認する。
確認する前から、セオは不機嫌だった。
用件をすでに知っていたからだろう。
「わかった」
と告げるセオの声が、とても不愉快そうだ。
彼女はその答えを受け、セドリックと共に下がった。
「………」
「……?」
不満そうなセオが私を見たまま動かない。
「行きたいのか?」
と、言葉が漏れる。
妃殿下からの招待状は、まさに今開かれているお茶会の案内だった。
「そうだね。最近引きこもりがちの私を心配してくれてるみたいだし」
セオから回ってきた招待状を見て素直な気持ちを述べると、セオはますます不機嫌になる。
「義姉さんは事情を知らないからな」
ムスッとした顔を逸らせて、セオはため息をこぼした。
(事情を言うこともできない、って顔してる)
もともと今までも、東宮に行くのにいい顔しない。
東宮はセオの監視下ではない分、動きにくい。からだとセドリックが言ってたけど。
「……本当に行くのか?」
念を押す様に私を見たセオに苦笑する。
(頭に垂れ耳が見えそうな顔してるよ)
「妃殿下の気持ちを無下にはできないから、断れないよね? それに、何かあるんじゃないかと探られたらセオも困るでしょ?」
「……」
(俺も行くって言い出さないあたり、仕事が溜まっているんだろうな)
言い返せないセオは不機嫌な顔のまま、窓から外を見下ろした。
「?」
私もセオの居る窓際に移動した。
そこから、エースが私を迎えに来た馬車を確認しているところが見える。
「迎えが来てるの?」
にも関わらず、呼びに来ないユイたちを不思議に思いながらも、私はセオを見上げた。
「……心配?」
「……」
私の問いに答えないセオの横顔が不安に満ちている。それを安心させるように、私は微笑んで見せる。
「護衛騎士が二人も付いてるのに?」
「……あいつらより、俺と一緒に皇子宮にいる方が安心だろ」
と、拗ねたような切ない顔をして、セオはようやく私を見下ろした。そのセオの瞳が私の胸を大きく跳びはねさせた。
「そ、そんな目で見られても………」
(なんでそんなに艶っぽいの…?!)
揺らいでしまう気持ちを押し隠すように、視線が宙に舞う。
(そんな顔されたら、離れたくなくなる)
うずく胸を抑えている私を、セオは自分の近くに引き寄せ抱きしめる。
「心配するのは当たり前だろ」
「それは、そうだけど。私だって、……セオと一緒に居たいよ」
「なら……っ!」
「でも、これ以上妃殿下を心配させるのは、やっぱり得策じゃないよ」
イライラしているセオに苦笑してしまう。
「……それに。何かあったらセオが助けてくれるでしょ?」
セオの腕の中で上目遣いににっこり微笑む私に、
「……まあな」
と答えつつ、セオは諦めたように小さなため息を落とした。
「叔父上の動向がわからない以上、手遅れになりかねない事だって起こり得るってことを忘れるなよ」
釘を打つセオに、
「もちろん」
と、私は答えるが、再びセオの大きなため息が落ちる。
「まったく……」
不安が拭えない顔をしたまま、セオは私を手放した。
セオはそのまま私を見ようともせず、執務室から追い出そうとする。
『お前を見たら引き止めそうだから、早くいけ』
と、頭にセオの声が響いた。
「………」
突き放されたようで、なんだか胸が痛む。
(あれ…、セオと一緒に行動しないなんて何日ぶり………?)
寂しい気持ちと不安な気持ちが私を襲う。
開けられた執務室の扉の外には、セドリックに引き止められていたらしいユイが心配そうに待っていた。
「………」
私は執務室を出る前にセオを振り返ったが、セオは視線を合わせてくれない。
(……行かないほうがいいの? でも、いつまでも皇子宮に引きこもってるわけにはいかないし)
ぎゅっと胸元の手を握りしめ、私は不安を押し殺して執務室を後にする。
東宮から用意された馬車に乗り、それぞれ騎乗したエースとセドリックに護衛される形で私は東宮へ向かった。




