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彼は厄介な皇子様  作者: 秋月みお
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第40話 浅紅の月の約束

 冷静さを取り戻したセオは、皇子宮に着くと颯爽と馬車を降りた。

 その後ろ姿から、いつものセオが戻ってきたのように感じる。

 ほんの少しでも不安を取り除くことができたなら、いいのだけれど。

 セオは、お出迎えしてくれたエドワードさんに関係者を集めるように指示すると、馬車を降りようとする私をエスコートする。

(いつもながら、所作がスマートなんだよね)

 と、感心しながら差し出されたセオの手を取った。

 馬車から降りセオの様子を伺う私と目があうと、セオがフッとその表情を緩めた。

 その穏やかな表情に、思わず胸がキュンとする。

 セオは私の耳元まで顔を近づけると、

「もう少し付き合え」

 と、甘く囁いた。

「?」

 キョトンとしている私に、面白そうに笑うセオ。

「さっきの続きはこの後だ」

「さっき?」

 って……?!

 セオの意図に気が付き目を見開く私は、そのまま顔が赤くなるのが分かるほど火照ってしまう。

「誘ってきたのはそっちだろ?」

 セオはそう言いながら、私の唇を親指でなぞった。

「そんなつもりは……」

 セオの熱っぽい視線に当てられてうつむく私の手を取り、セオは手の甲にキスをする。

 そこから見上げるセオの眼差しが、やけに艶っぽい。

 俺にドキドキしているんだろ? と言わんばかりに見透かした瞳で、セオはその顔にニッと笑みを浮かべた。

「お前から誘われるのも悪くない」

「だから、誘ってなんか……っ!」

 私の言葉を遮り、セオは握っていた私の手をグイッと引いた。

 よろける私を抱き留めながら、セオは満足そうに機嫌がいい。

 そのまま寄り添うように、二人で執務室に向かって歩いた。

「やはり、俺の隣りはお前がいい」

 と、セオの手が私の腰に回る。

「叔父上に、手出しはさせない」

 そう言って前を見るセオは、もう微笑んではいなかった。

 決意を新たにしたセオに、私も答えたい。

「うん、私もセオの隣りがいい。私もしっかりしなくちゃね」

 セオにすり寄りながら、甘えながら、私も気持ちを強くした。


 それからしばらくして。

 セオの執務室に呼ばれたメンバーが集まった。

 セオの超能力のことを知っている、面々。

 彼らを見て、セオは静かに一言告げる。


「叔父上に、超能力のことが知られた」


 と。

 しかし、その言葉を上手く飲み込めず、戸惑う声が漏れた。

 動揺する彼らの中で真っ先に声を上げたのは、セドリック。

「……では、リリア様の護衛を今まで以上に強化する必要がありますね」

 東宮から共に戻ってきた彼が一番早く状況を理解したようで、考えるように呟いていた。

「え…?」

 思わず声を上げてしまったのは、ちょっとした動揺からだった。

 そんな私に、

「あっ、すみません! リリア様を不安にさせたいわけではないのですが……」

 と、セドリックは慌てるが、言葉を違えることはなかった。

「セオ殿下に手を出しにくくなったとはいえ、あの公爵様が皇帝の座を諦めるとも思えませんので。セオ殿下を遠ざけるには、リリア様を亡き者にさせて喪失感を味合わせるのが一番かと……」

 困ったように息を吐くセドリックに気が付かれないように、私はホッと胸をなでおろしていた。

「……そうね」

(亡き者……か)

 緊迫した空気が流れている中で、ストレートに告げられる言葉が心を重くする。

「手っ取り早いのは、リリアを狙って俺も一緒に葬り去ることだな」

「……それは、可能ですか?」

 セドリックの問いに、セオの眼光が鋭くなった。

「ああ。()()()()()()なら、可能だろう」

 セオの答えには、ルーカス公爵が転生者だからこそ持ち得る知識で可能、との意味が含まれている。

 でも、セオはルーカス公爵が転生者であることは明かさなかった。

 と、同時に、私が転生者であるということを黙っていることに決めたみたいだった。

 私はまだ、自分が転生者であることを明かすのに抵抗がある。

 人は自分と違うものを排除したがるから。

 私はセオの婚約者にふさわしくない。と、言われたくない。

 皇子宮のみんな、私に良くしてくれるけど。

 それはまだ、セオの婚約者のリリア(わたし)、に対してだってわかっているから。

 それに。

(セドリックさんやエースには悪いけど、公爵様が私を狙う理由は、セオの婚約者だからってわけじゃなくなったんだよね……)

 先ほどの公爵様との会話を思い出し、ゾクッとした悪寒が背中に走る。

 あの目は、興味深く私を見ていたあの目は、

(公爵様なら、その好奇心だけで私を殺しかねない)

 そう思わせる瞳だった。

 そして、セオは私を守るためにその身を盾にしかねない。

 それが、公爵様の思惑だったとしても、セオは迷うことなく私を助けてしまう。

 だから私は、公爵様の名前を呼ばなくてはいけない。

 手遅れになる前に……。

「しかし、……催眠とは困りましたね」

 と、次に声を上げたのはエドワードさんだった。

「これまで以上に気に掛けるはもちろんですが、相手が催眠がかかった状態であれば、公爵様の関係者であるかの判断が困難になりますね」

「あ」

 エドワードさんの言葉に誘発されたように、エースが声を上げたので、自然とそちらに視線が集まった。

 その視線を受けて、エースはおもむろに声を上げる。

「あの、以前の侵入者って、その公爵様の催眠にかかった暗殺者だったのでは?」

「あ、あー…」

 と、今度はセドリックが唸り声のような声を上げた。

「以前って?」

 妙な胸騒ぎがして、私は二人に尋ねる。

「……リリア様がいらっしゃるずいぶん前のことですが、無の状態の暗殺者が皇子宮に忍び込んだことがありまして」

「む?」

「ある程度、人には感情に起因した気配と言うものがあるのですが。この場合、殺気ですね」

 セドリックが私に向き直る。

「この殺気がない、気配のない暗殺者が侵入したことがありました。感情がないので、心の声も聞こえません」

「え…」

「セオ殿下の能力さえすり抜けてしまい、皇子宮内に侵入されました」

 驚く私に頷いて見せたセドリックは、小さなため息を零した。

「あの時は本当にギリギリのところで殿下自身が気が付かれ、事なきを得たのですが。複数名送られて、それもリリア様を狙われたらと考えると……」

 対処できない、そんな言葉が聞こえる気がする。

「……」

 重たい空気が執務室に充満した。

(催眠って、何処まで人を支配できるんだろう。感情がない、心の声が聞こえない、気配のない暗殺者、か……)

 厄介だな、と、思いながら、私のそばにいたセオの表情が再び険しく歪んでいる。

(あ、また何か考え込んでる)

 私はそっと、セオの手に手を重ねた。

 セオは私の手を握り返すと。

「とにかく、今後、叔父上が狙うのはリリアだろう。皆、全力でリリアを守れ」

 と、強く言い放っていた。

 

 皆が後にした執務室には、私とセオの二人。

 暗くなった部屋に、窓から見える、二つの月。

 浅紅の月明かりが、微かに部屋を照らしている。

「……」

 セオは浅紅の月を見上げたまま、黙っていた。

 今日はセオにとってとても静かで、不安な夜。

 私はそっと、セオの背中を抱きしめる。

 セオの腹部に回った手を、セオは優しく撫でてくれた。

「リリア……」

「ん?」

「お前は俺を選んでくれた。だから俺は、お前を全力で守る」

 セオは私の手を握ったまま、私に向き合った。

「お前と安心して暮らせる未来のために、俺は最大限の努力をするから。お前も、最後まであきらめるな」

 セオの唇に、私の指先が触れた。

「叔父上はきっと、リリアは自分で手を下すだろうからな。でないと、本当に危ないんだ」

 セドリックの言葉が私たちを不安にさせるけど。

「うん、私には、セオがいるから。呼んだらすぐに、助けに来てね」

「ああ、指輪、外すなよ?」

 ちゅうっと、音を立ててセオが指輪に口づけた。

 そして。

「さあ、待たせたな」

 と、私の手と腰を引き寄せ、囁く。

 甘い疼きが、私の体を刺激する。

 ピンクの淡い月明かりの下で、

 今日も甘い長い夜の予感に、

 私はゆっくりと瞳を閉じた。


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