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彼は厄介な皇子様  作者: 秋月みお
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第39話 不安と決意


「……」


 無言のまま、どのくらいの時間が過ぎただろう。

 公爵と別れ、馬車に乗った私たちはお互い口を開くことなく、皇子宮に向かっていた。

 東宮と皇子宮の距離はそう遠くない。

 それなのに。

 ものすごく長く感じる。

 セオは私を膝の上に乗せ、ギュッと抱きしめたまま離さない。

 私に不安な顔を見せたくないセオは私が自分から離れることを許さず、セオの顔を見ることができないまま、私はそんなセオを抱きしめ返すしかできない。

 その私を抱きしめる腕が、時々確認するようにきつく締められる。

(今、何を考えているの……?)

 セオの背を撫でながら、かける言葉も思い浮かばない自分が情けなくなる。

 だって……。

 セオはこんな時、私に心配させないように私をかまってくれるから。

 私を溺愛して、安心させてくれる。

 セオに甘えているだけの自分を、痛感させれらた。

(私がセオにしてあげられることって、何だろう?)

 結局私は、いつもセオの足を引っ張ってばかり。

 そんなことを考えてると、セオは怒るんだろうけど。

(でも、今日は……)

 浅紅の月の日。

「……」

 私の気持ちも、セオには届かない。

 いつの間にか、心の内を読まれることに甘えて、不安や心配を埋められて。

(ああ私って、本当にセオに愛されてるんだな……)

 と。

 なら私も、セオを甘えさせたいのに。

 どうしたらいいのかわからない。

 ルーカス公爵の考えが読めなくて、イライラしているセオ。

 その気持ちを、別方向に持っていきたい。

 いつもセオが私にしてくれるように。

「セオ」

 私の声に気が付いて、セオの腕が緩んだ。

 その隙に、私はセオの頬を両手で挟むと、そのままキスをする。

 だんだんと深くなるキスは、私たちから吐息を漏らさせた。

 名残惜しそうに離れたセオから、穏やかな声がする。

「珍しいな、リリアから迫ってくるとは」

 フッと緩むセオの顔に、安堵する私の笑みが漏れる。

「セオが独りで考えこんじゃうからでしょ? 駄目だよ?」

「……ああ。悪かった」

 セオは少し目を伏せると、私を膝の上に乗せたまま尋ねた。

「リリアたちの言う超能力者は、俺みたいに多数の能力を持っているのが普通なのか?」

 と。

「……」

 不安が言葉になると、一気にセオの気持ちが身近に感じる。

 セオのか細い声が私の胸を苦しくして、私は思わずセオの頭を抱きしめた。

「今日が浅紅の月の日でなければ、叔父上がどこまで気が付いたのかわかったんだがな」

「……」

 いつもなら、手に取るように相手の意図が読めるのに。

 今日が浅紅の月の日でなければ、……?

(……あれ?)

 何かが私の頭を過った。

 セオの能力が抑制される浅紅の月の日でなければ、ルーカス公爵の記憶を消すことはできなくても、何かしらの対応ができた。

(ハズ……? 本当に……?)

 セオの頭を抱きしめながら考えつつも、私がセオにしてあげられること。

 私にできることがあるとすれば。

(少しでも、セオの不安を消してあげることっ)

 私はセオの問いの答えを考えるように上を向く。

 前世の、日本の記憶を思い出すに。

 物語的には、いろいろだったよな……。

 実際に、超能力者なんて存在しなかったんだから。

「えっと……、公爵がエヴァンの話を聞いたとしても、エヴァンが把握してるのはエマが言った瞬間移動と記憶を消す力。の二つだから、他の能力まで把握できてるとは言えない。と、思う」

 それに。

「さっき、私たちと対面した時に、何らかの罠? は、仕掛けてきたと思うのよね」

 あの公爵のことだから、と、私はセオを見る。

「ワナ?」

 不思議そうなセオに、私は頷いた。

「うん。私と同じ時代の日本での記憶を持っているのなら、超能力者の知識は同じだと思うの。だとしたら、真っ先にすること」

「?」

 私の腕の中で見上げるセオを見て、にっこり微笑んだ。

「今日が、浅紅の月の日で良かったのかも」

「……」

 私の言葉で、セオの瞳が何かに気が付いたように大きくなった。

「まず、その能力に心を読む力があるか確認する。人の考えを読める能力は一番怖いし、手の内を明かすことになりかねないから、公爵としては最も好ましくない能力でしょ?」

「……そうか。考えが読めているか確認するのは対面するのが一番手っ取り早い」

「そうなんだよね。なんでわざわざ公爵が東宮にエヴァンを迎えに来たのか不思議だったけど、セオの能力を確かめに来たと思えば……」

「俺に会いに来る口実か」

「うん。だからあの時、公爵はセオに考えを読まれているかを確認するために、いろんなことを呼び掛けてセオの反応をうかがっていたはず」

「だが今日は浅紅の月の日。叔父上が何を訴えているのか、俺にはわからなかった」

 セオの言葉に、私はうんうんと頷いた。

「公爵はそんなセオを見て思ったはず。セオには心を読む能力は無い、ってね」

「……」

 どことなく、セオの顔から緊張が抜ける。

「だから公爵は、セオの能力として瞬間移動と記憶操作の能力以外は認知してないだろうし、これから、記憶操作される可能性がある以上、セオに接触してくることは避けると思うんだよね」

「だとしたら」

 再び、セオの私を見る瞳が不安にゆがむ。

「今まで以上にお前に危険が迫るな」

「ああ、でもね」

 不安がるセオに対して、私は少し違った。

「私、犯人の名前、知ってるんだよ?」

「……っ」

 私が言いたい意図を理解して、セオがハッとした顔を見せる。

「私が戻っていた間の日本では、犯人死亡で事件は終わっちゃってたけど。私が彼の名前を呼んで、彼が日本に戻る可能性はあると思うの。いざとなったら呼べるんだよ、名前」

「……」

「公爵はそれを知らない。それは、私にとって一番の防御だよ」

 と、小さく笑う私に、セオは黙っていた。

「ただ」

 と、不安に零れる私の想いを察して、セオが頷く。

「エヴァンだな」

「うん。名前を呼ばれた公爵が、日本に戻って行ったあの二人のように存在そのものがこの世界から消え去ってしまったら、公爵の子であるエヴァンはどうなってしまうんだろう」

 私たちの間に、重い空気が落ちてきた。

「もし、エヴァンも消えてしまったら……、もう二度と、エマとエヴァンの二人が仲良くしている姿が見られないかもしれない」

 不安に思う私を、今度はセオが優しく抱きしめる。


「だが俺は、他の誰よりも、お前に無事でいてほしい」


 そうつぶやいた言葉が、私の胸を熱くする。

 その思いを後押しするように、私はいつかの大森くんの言葉を思い出していた。

 偶然ではなく、必然。

 犯人の名前を呼ぶにしても、呼ばないにしても。

 その結果でエヴァンの存在がどうなろうと。

 それは決められた運命。

「……」

 私は私を心配してくれるセオのために、躊躇うことなく公爵の、犯人の名前を口にする。

 それでも。

 消すことのできない不安は、二人で埋めあう必要がある。

 少しづつ。

 それでも、確実に。

 でないと、不安と罪悪感で押しつぶされてしまうから。

 いつか対立するであろう、ルーカス公爵との決戦の、その日まで。


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