第38話 昔話と思い出
(なんでエマとエヴァンが……?!)
驚きを隠せない私とセオの横で、エマとエヴァンが皇太子と妃殿下に挨拶をする。
「今日はお声をかけていただき、ありがとうございます」
きらきらと嬉しそうなエマの横で、エヴァンも丁寧に頭を下げた。
そんな二人を見て、
「ああ」
と、皇太子は短く返事をすると、私たちを席へと促した。
その様子を見ながら、妃殿下が華やかな笑顔で声を上げる。
「今日は、私たちのお茶会に参加していただき、ありがとうございます。先日の、こちらの警備ミスで怖い思いをさせてしまったお詫びも兼ねてますのよ」
(……警備ミス、になるんだ)
アイナ王女の送別パーティーでの出来事を思い出し、気分が重くなる。
私は隣のセオをちらっと横目で盗み見る。
セオは少し緊張した面持ちで、私の隣に座っていた。
何も聞こえない安息の日である今日は、反対に、予測できない事態に警戒心も高まる日。
「……」
セオは不意に視線を上げ、扉近くに控えていたエースに何やら合図する。
エースは軽くうなずくと、部屋を出た。
それと入れ違いでセドリックが姿を現す。
彼は、セオの近くまで来ると近くに控えるように立ち止まった。
セドリックはセオが頷いたのを確認して、私たちに向かって丁寧に頭を下げた。
「先ほど、アイナ王女からその後の詳細を受けましたので、ここでご報告させていただきます」
私を襲った先日の出来事は、すべて隣国の者が計画し、実行したことだったことを告げ、すでにその黒幕である貴族を捕縛している、と述べた。
その、捕縛された貴族の名を聞いた、エヴァンのため息が聞こえる。
「その貴族は、父と面識がありますね」
「だろうな」
セオの冷たい声に、エヴァンは苦笑するしかない。
そこに、
「……アイナ王女は隣国に着いたばかりでは?」
皇太子の疑問が投げかけられた。
ああ、と、セオが答える。
「あの日、隣国が関わっていると分かった時点でハロルドを向かわせた。アイナ王女が着く頃には、ハロルドの組織がすべての証拠や物証、証人まで押さえていられるようにな。……帝国との交流関係を危うくしかねない事件を起こしたんだ、この貴族の末路は目に見えるようだ」
セオの、意味深な瞳がエヴァンへ向けられるが、エヴァンは小さく笑うだけ。
そんな重い空気の中を、申し訳なさそうにセドリックの声が突き抜けた。
「あの……、アーバン侯爵令嬢にお伺いしたいことがあるんですが」
と、急に声をかけられて、エマが驚いた反応をする。
「え? 私ですか???」
「はい、その……」
周りの様子を伺いながら、落ち着かない様子でセドリックはその言葉を口にした。
「超能力って、なんですか?」
「っ!」
びくっと肩が揺れた。
私やセオはもちろん、それ以上に、エマとエヴァンが驚いた様子だった。
「……え?」
エマはセドリックを凝視して固まっている。
「ちょうのうりょく?」
皇太子も訝し気な瞳をセドリックへと向けた。
その視線に、セドリックは説明する。
「ああ、あの、襲撃があった時、俺たちも駆け付けたじゃないですか? ハロルドさんが追って行かれたので、俺たちはその場の警護に当たったんですけど、その時アーバン侯爵令嬢がそうおっしゃったのが印象的で……」
「私、そう言ったのですか?」
驚いたように声を上げるエマはもちろん、そんな言葉を発した記憶はないはず。
(せっかくセオが二人の記憶を消したのに……)
ハラハラする私をよそに。
「ええ、間違いなく」
と、セドリックは言い切った。
「……」
エマとエヴァンが、困ったように顔を合わせる。
「そう、ですか。なんでその言葉を口走ったのかは覚えていませんが、超能力って言葉は昔、エヴァン様が私にお話ししてくださった物語に出てくる言葉です」
「え?」
戸惑う声を上げたのは私だけだった。セドリックは、
「……そんな物語、ありましたか?」
と、不思議そうに首をひねるばかり。
「実は、僕も幼い時に父から聞いた話なんですけど」
恥ずかしそうに、エヴァンが話し出す。
(ルーカス公爵?!)
驚きで言葉が出ない。
同時に、ぞわっと、全身が逆立った。
(公爵が、転生者……?)
そんな私を気にすることもなく、エヴァンは困ったように続ける。
「遠い昔のことではっきりしませんが、絵本や何かの類ではなかったので、父の作った話なのか、父も誰かから聞いた話なのか……」
エヴァンの横で、エマは穏やかに懐かしい思い出を語りだす。
「私はそのお話をエヴァン様から教えていただきました。聞いたことも見たこともないお話は、ものすごく強烈な印象を残しまして。今でも思い出せますわ。その中でも、その超能力って言う特殊能力を持った方が、世界を救っていくお話が面白くって」
「特殊能力ですか?」
エマの言葉を繰り返したセドリックは、興味深そうだ。
「ええ。超能力って言う特殊能力は、その物語の中で主人公だけが持ってる力のことなんですけど。突然別の場所に移動できたり、物を動かせたり、空を飛んだりできるんです」
ぱあっと、エマが楽しそうに話す前で、セドリックが凍り付く。
「え……? それって、人の心を読むことも含まれますか?」
「ええ! そうです! よくわかりましたね!」
と、エマが嬉しそうに声を上げる。
エマとエヴァンはお互いに顔を見合わせて、思い出話に花を咲かせ始めたが。
セドリックと皇太子は驚きを隠せないでいる様だった。
私は。
カタカタと震える手を、必死で押し殺す。
(ああ、間違いない。ルーカス公爵は転生者だ)
彼から感じる違和感も、そこからくるものだったのかもしれない。
(それも、公爵はきっと…)
グッと組んだ両手に力が入った時。
がたッと、セオが音を立てて席を立つ。
「……」
急に立ち上がったセオに、周りの視線が集まった。
皇太子殿下とセオが目を合わせて頷くと。
「悪いが、急用を思い出した。リリア、帰るぞ」
と、私の腕を引き上げ、部屋を後にする。
「……セオ?」
東宮を出るころ、セオに抱きすくめられた。
「震えている。何に気が付いた?」
「あ……」
セオの腕の中で、さっき感じた悪寒が再び私を襲う。
私がセオを見上げて声を出そうとした時だった。
「おや? セオ皇子も今日のお茶会に?」
「っ!」
ルーカス公爵の声に、私の身が震える。
セオは私をかばうように両手でさらに強く抱きしめ、公爵を見た。
そんなセオの敵意むき出しな態度に、
「相変わらず、お二人は仲がいいようで」
と、ルーカス公爵は呆れた笑みを浮かべている。
「どうして叔父上がここに?」
「……先日の事件の件で、息子がこちらに招かれたと聞いたので、迎えに来たのですよ」
その発起人だろうルーカス公爵は悪びれる様子もなく、肩をすくめる。
そして。
「そうそう、あの事件の後で、息子から面白い話を聞きましてね」
と、嫌な笑いを浮かべる。
「まさかこんなところに、私と同じ転生者がいるとはね」
ねっとりと、私の様子をうかがうように発せられた言葉は、私の全身の力を奪うかのように恐怖させる。
「何を……っ」
セオは私を公爵から見えないように自分の背にかばうが。
「ああ、どうして気が付いたのか不思議でしょう?」
ルーカス公爵はお構いなしに話を続けた。
「エヴァンに、催眠をかけていたんですよ。私のように、転生者がいるだろうと思っていたので。幼いころ、物語として前世の記憶を教え、そのような言動をする者が居れば私に教えるように」
フフッと愉快そうな笑いが漏れる。
「まさか、セオ皇子が超能力者で、あなたが転生者だったとはね」
「……っ!」
(セオのことまで……?!)
私とセオの反応に、ルーカス公爵は満足げに笑う。
「エヴァンとエマ嬢の記憶を消したようですが、エヴァンの深層部までは消せなかったようだ」
そして、何かに気が付いたような声を上げる。
「ああ、どうしてエヴァンがあなたに執着を見せるのか、どうにも解せなかったのですが、ようやくわかりました」
にやっと、ルーカス公爵に嫌な笑みが浮かんだ。
「あなた、前世で私に殺されていませんか?」
と。
言い返す言葉も、逃げる余裕もない私たちに、ルーカス公爵は吐き捨てるように言って、去っていく。
「気を付けてくださいね。今世でも、私に殺されることがないように」
と。




