第37話 お茶会の思惑
「ぜっっっっっっったいにっ! 遊びに来てねっっっ!」
と、帰国するアイナ王女の熱い抱擁を受けた数日後。
の。
昼下がり。
エドワードさんが用意してくれた馬車に、エースの補助を受けて乗り込もうとした時だった。
「リリアっ!」
「……?」
急に名前を呼ばれて馬車に乗り込むのをやめた私は、そのセオの声がする方を振り返った。
テレパシーでもなく、
瞬間移動するのでもなく、
珍しく、焦った様子でセオが駆けてくる姿が見える。
何気に振り返ったものの、見慣れない光景に驚いた。
「……セオ? どうしたの?」
(走ってくるなんて珍しい)
と、私が首を傾げるも、セオは走ってきた勢いのまま私の肩を掴んだ。
「え? なに?」
その勢いに気圧されて、私は思わず身を引いてしまう。
しかし、セオはそんな私を逃がさないとでも言うかのように肩を掴んでいる手に力を込めた。
「なぜ、今更伯爵邸に帰る必要があるっ?!」
と、声を大に必死なセオの姿に驚き、私は目を瞬いた。
「……、え?」
セオの言葉の意味を理解できず戸惑うも。
「なぜ、俺から離れようとするんだっ!」
と、ガシッと両肩をつかまれたまま、軽く揺さぶられる。
揺さぶられている私に、唖然としていたエースも気が付いて、
「で……殿下……?」
慌ててセオを止めようとしてくれていたが、セオはエースの存在など忘れたように私に迫る。
「そんなに俺が信じられないのか……」
「……」
小さくなる声とともに、セオは俯いた。
(……えーっと。どういう状況?)
「離れるって? 伯爵邸に帰る? セオが信じられないって、何の話?」
はてながたくさん浮かぶ私。
「……」
今度は、セオがキョトンとした顔を上げた。
「……え?」
「うん?」
お互いの間に、たくさんのはてなマークが通り過ぎていった後。
「エドワードさんから聞いてない? 今日、皇太子妃殿下にお茶会に誘われたから、これから東宮に伺うところだけど?」
「……え?」
セオの間の抜けた声が上がる。
(ああ、これは、何も聞かされてないって顔だ)
「東宮は少し距離があるからって、エドワードさんが馬車を手配してくれたんだけど」
「……」
私の言葉に、セオの動きが止まる。そこまで聞いてやっと、何か考えが及んだのだろう。
「なんで、伯爵邸に戻るってことになってるの?」
不思議そうにする私の前で、セオの顔が赤くなっていくのがわかる。
「……義姉さんにお茶会に誘われていたことは知ってる。今日だったのか?」
「うん、急だったけど、ついさっきお誘いが……、セオ?」
「……れた」
「え?」
ぼそっとつぶやかれる言葉が聞こえなくて、私はセオを覗き込む。
「……やられた。エドワードのやつ」
「……」
ワナワナと震えるセオの口ぶりから、エドワードさんがセオに何かを吹き込んだのは間違いないみたいだけど。
(そんな勘違い、セオには無縁じゃ……?)
と、考えて、ハッとする。
瞬間移動で来なかったのも、
勘違いしたのも、
みんな。
「今日って、もしかして……?」
私の問いに、セオは困ったように頷いた。
「ああ、浅紅の月の日だ。なにも、聞こえない」
力なくうなだれるセオに、私はふっと表情を緩ませた。
「エドワードさんも、やるなぁ」
クスクス笑う私に、その顔がムッとする。
「俺も行く」
「へ?」
「今日は、お前のそばにずっといる」
と、セオは私を持ち上げて一緒に馬車に乗り込んだ。
「そんな……っ! 仕事はいいの?」
「一日ぐらい問題ない。……兄さんも、今日は能力が使えない日だってわかっているはずなのに、わざわざリリアを呼び出すとはな」
不機嫌に腰を下ろしたセオは、私をそのまま自分の太ももに乗せる。
「……お茶に誘ってくれたのは妃殿下だよ?」
「……」
不思議そうな私に、セオはため息をついた。
「あの人は、義姉さんの行動に干渉しないはずがない」
「え?」
「だからきっと、リリアを今日お茶に誘うように誘導したはず」
「……なんで?」
「それはわからないが、そばに居れば対処ができる。それに、お前、この前襲われたばかりだろ」
(あ……、心配してくれてる?)
じっと、まっすぐな瞳が飛び込んできた。
(さっきの照れた感じもいいんだけど、これはこれで、ドキドキする)
「でも、皇宮はしっかり警備されてるし、エースだっているし」
「エースなんかが頼りになるわけないだろ……っ!」
「……」
(え~……、本人の前で言う?)
馬車の扉を閉めようとしてくれていたエースと、思わず目が合った。
彼は困ったような、落ち込んだような、複雑な表情で苦笑し、馬車の扉を閉める。
二人っきりになった馬車内で、私はわざと大きなため息をついた。
その、あからさまな態度が気に入らなかったのか、セオは私を引き寄せて、額をこつんと合わせた。
「他の日はいい。でも、浅紅の月の日だけはダメだ」
と、その顔を苦しそうにゆがめた。
「お前は、狙われすぎだ……」
俺のせいだけど。
と、小さな呟きはわざと聞こえないようにしたのか、そのまま私の胸に自分の顔をうずめた。
「でも、どんな状況になろうと、セオが助けに来てくれるでしょ?」
ぽんぽんとセオの背を撫でる。
「当たり前だ」
と、瞳だけが私を見上げた。
「突発的なものであろうと、計画的なものであろうと、物理的な攻撃は何らかの殺意が生まれるから察知しやすい。けど、離れてしまえば、それだけリリアを取り巻く情報も得にくくなる。特に、能力がなくなる浅紅の月の日は」
と、静かに呟いたあと、再び私の胸の中に顔をうずめる。
「……目の届く、近くにいてほしい」
そうこぼれた言葉が本音であることが、痛いほどわかった。
東宮に到着後、案内されたお茶会会場には。
「ほらやっぱり、兄さんもいる。本当に、性格が悪い」
と、早々と皇太子殿下の姿を見つけたセオが嫌そうに声を上げる。
「……お前は、招待されてないのでは?」
同じく、セオに気が付いた皇太子が顔をしかめた。
「何企んでるんだ?」
セオが軽く皇太子を睨むと、殿下は呆れたようにため息を漏らす。
「……こんな日でもないと、お前に対するリリア嬢の本音が聞けないだろ?」
と、言った皇太子にセオが不機嫌な顔を向けたままでいると、遅れて別の参加者が部屋に入ってきた。
「あ、リリア様ぁ」
嬉しそうに上がる声に、私もセオも、緊張が走った。
私たちが振り返った先に、きらきらと輝く笑顔のエマと、エマをエスコートしてきたエヴァンが立っていた。




