第36話 震える腕の中で
『……超能力者だと、言ったのか?』
凍り付いたように固まっていた私は、セオの声が頭に響いてハッと我に返った。
(セオにも聞こえたんだね……)
不安に襲われる私を、セオは安心させるように腕に力を込めて抱き寄せる。
こちらの世界で存在しない言葉を口にしたエマへのざわつきを、抑えることができない。
じわじわと込み上げる不安が、私たちに纏わりつくようだった。
エマが転生者かもしれない。
でも、こんなにも転生者が多いものなの?
エヴァンの腕につかまる、かわいらしいだけの少女が、一転して不安の対象になる。
アイナ王女たちと同じ、被害者の転生者?
それとも……。
(エマは私と同じ、単なる転生者……? それとも……?!)
「何があった?」
私の思考を遮るように、聞きなれない声がテラスに響く。
その声の主は、テラスの入り口で立ち止まり、私たちを無表情に見ていた。
「皇太子殿下」
と、その人物にセドリックやエースが跪く。
エヴァンもエマを支えながら挨拶をしようとしたのを見て、皇太子がそれを止める。視線は、セオに向けられていた。
「……リリアが襲われた」
「……」
セオが答えたのを受けて、皇太子の視線が私に向けられる。
「相手は?」
厳しい口調に変化した皇太子の鋭い視線が、再びセオに向けられた。
「ハロルドに追わせた。そろそろ戻るだろう」
「……」
皇太子は少し考えるように目を伏せたものの。
「そうか」
と、小さくつぶやくと、再度私を見た。
「リリア嬢」
「……は、はいっ」
声を掛けられるとは思っていなくて、思わず声が上ずってしまう。
「君は、問題ないか?」
「……」
(イアン皇子が私の心配をしてる……?)
ことに驚いて言葉を失っている私を呆れるように見下ろしていたセオが、私をその腕から離した。
「あ……」
自由になった身体にセオの意図が伝わって、私はゆっくりとスカートを両手で持ち上げながら皇太子に頭を下げた。
「はい。大丈夫です。ご心配おかけしました」
「……」
何か言いたげな瞳が、わずかに揺れているように見えた。
しばらくの間、無言で私を見ていた皇太子は、
「そうか」
と、一言だけつぶやく。
(確かに、……私が襲われたみたいだけど)
セオの腕に押し込められていて、気が付いたらハロルドが影を追って行く後姿を確認しただけ。
だからなのか、襲われた感覚はない。
ただ、エマの言葉に驚いただけ。
(それに! ここで逃げ帰ってしまえば、それこそルーカス公爵の思惑通りになっちゃう)
ギュッとセオの脇腹にしがみついた私を見て、セオは私の腰を抱いて引き寄せる。
「兄さん、俺もいる。リリアは大丈夫だ」
「……わかった。セドリックとエースはこのまま二人の護衛を。ハロルドは皇室の警備に迎えに行かせる」
「御意っ!」
皇太子の言葉に、護衛騎士の二人が返事をしたのを見届けて、皇太子はセオと私を見た。
「もうすぐアイナ王女が見える」
と、告げると、皇太子は私たちに背を向け、先にホールへと戻って行った。
その後。
セオは自然にエマとエヴァンの記憶を操作して、瞬間移動は見てないことになった。
とはいっても、エヴァンもいち早く刺客に気が付いてエマをかばっていたから、セオのことは見てなかったみたいだけど。
二人はアイナ王女が来る前に、帰っていったし。
送別パーティーもつつがなく、終わった。
(……セオにダンスを申し込んでいた令嬢たちも、あの後私にべったりなセオを見て、あきらめたようだったし)
「……はぁ」
小さなため息が口からこぼれる。
(疲れた……)
パーティーが終わって皇子宮に戻ってくると、ユイにされるがままに寝支度を終え。
ベッドにダイブ。
目を閉じて、そのまま眠ってしまいたい。
体はものすごく疲れてる。
でも。
頭はずっと、考えていて休めない。
私たち。
私が出会った転生者は皆、同じ人物に殺されていた。
犯人の名前は、ナガサキ カオル。
名前を聞いても、私はこの人物が男性なのか女性なのかわからない。
日本に戻っていた時も、病院内では事件に関する情報は遮断されていたように思うし。
警察の人と話す前に、こっちに戻ってきてしまったからその名前だけが、私の知る犯人の情報。
あの通り魔事件と、高校生の事件。
その被害者は、私たち達三人とアイナ王女とオリヴァーだけ。
他にいるとは聞いてない。
まだ、明らかになっていない事件があってもおかしく無いのかもしれない。
けど。
ただなんとなく、犯人は男性な気がしていた。
だから、エマかもしれない、と思う事実が、ショックだった。
もしエマが犯人の転生者なら……?
「……」
私は、どうしたらいいんだろう。
答えはでない。
気持ちが沈むばかり。
エマが犯罪者の転生者なんて思えない。
でも。
(超能力だなんて言葉、この世界には存在しないから。彼女が自身が転生者か、そうでなくとも、転生者と関わりがあるのは確かなんだもの……)
大きなため息が静かな部屋に響く。
(それに……)
と、きっかけになったバルコニーでの出来事を思い出す。
(あれは、誰の手先……?)
考えられるのは、ルーカス公爵とアーバン侯爵。
他に、セオをよく思っていない人物?
私を、セオに嫁がせたくない人……?
(……考えても、答えはわからないよね)
不意に、目を閉じていても、目の前が陰るのに気が付いた。
それと同時に、ベッドがさらに沈み込む。
「そう、悩むな」
と、セオの優しくて甘いささやきが耳に届いて、ドキッと胸が高鳴った。
セオが来てくれた。
それがどんなにうれしくて、安心するのか。
「……」
ゆっくりと目を開けると、私に覆いかぶさる困り顔のセオが目の前で私を見ていた。
「お前の助けになるかどうかわからんが、聞くか?」
お互いの額が近づく距離で問うセオに、私は無言で頷く。
セオは軽く息をつくと、私の横にその身をうずめ、甘えるように胸にすがりつく私の背を優しく撫でる。
ベッドの上で二人横になったまま、セオはぽつりぽつりと話し出した。
「まず、お前を襲ったやつだが、あれは隣国の刺客だった」
「え?」
「あっちでも、俺とアイナ王女の婚姻が結ばれることを願った貴族がいたらしい」
「……私、隣国でも邪魔な存在になっちゃったのね」
こぼれるため息に、セオの大きな手が私の頬に触れた。
「俺に、愛されている証拠だろ?」
「……そうなるの?」
当たり前だと言うように、フっと、セオの小さな笑いが漏れる。
「この件は、アイナ王女に任せることにした。ハロルドが捕まえてきた刺客とともに、明日、帰国すると言ってきた」
「……ハロルドさん、ケガしてなかった?」
「ああ、心配ない。あいつはセドリックより使えるかもしれんな」
そう言った後で、セオは私を抱き寄せ、その胸に閉じ込めた。
「……エマとエヴァン、あの二人の記憶の中に、お前やアイナ王女のようなあっちの気配があるのものはなかった」
「……」
「転生者とのかかわりも、だ」
「……」
「だからと言って、彼女の疑惑が消えるわけでもないがな」
言いようのない不安に、セオの口からため息が漏れる。
「記憶を消してはいるが、当分、彼女には一人で会うな。何かあれば、俺を呼べ」
そう言ったセオの腕が少しだけ、震えた。




