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彼は厄介な皇子様  作者: 秋月みお
33/46

第33話 公爵様のご令息


「……」

(エヴァンって、こんな雰囲気だったかなぁ……)

 エマが出してくれた紅茶を飲みながら、伺うようにエヴァンを盗み見る私。

 それに気が付いて、エヴァンはにっこり微笑んだ。

「っ!」

 思わず紅茶を吹き出しそうになって、私は咳き込んだ。

「……」

(この笑顔は、変わらないんだけどな)

 私の隣で、私の心の声を聞いているだろうセオの大きな手が、私の背中を優しくさすってくれる。

 が。

「……」

 優しい手とは違って、私を覗き込むセオの顔が、

(……目が)

 とっても不機嫌だった。

 はあっと、小さな息が漏れてしまう。

(だって、先日会った時と、今の目の前に居るエヴァンが別人みたいなんだよ……)

 私は再びエヴァンに視線を向けた。

 そんな私の横で、セオは大きなため息を漏らす。

「お前、よく化けたな」

「?」

 セオの言葉の意味がわからなくて、私はセオを見る。そのセオのまっすぐな視線が、エヴァンに向けられていた。

 エヴァンはセオに向かってにっこり笑うと。

「放蕩息子の仮面、被れてますか?」

 と、悪びれることなく言い切った。

「……」

「……」

 私もセオも、呆然としてしまう。

「否定しないんだな」

 と、セオの小さな声が聞こえた気がした。

(放蕩息子? どうしてそんなフリをする必要が……?)

「え? ん? じゃあ、私に婚約を申し込んだのは……」

(演技の一環?)

 ふと浮かんだ疑問を口にするが、エヴァンは首を横に振って否定する。

「あれは、本気でしたよ。父に邪魔される前にまとめてしまいたかったんですけどね。準備不足でした」

 と、笑う。

「そう?」

 頬を引き攣らせた私の横で、セオが再び大きなため息をつく。

「放蕩息子、ねえ」

「……あの父、ですからね。血がつながっていても、目障りだと思えばいつでも切り捨てられる。馬鹿な息子ほどかわいいのでしょう、あの人は」

 苦笑するエヴァンを言葉なく見てしまう。

「僕にも一応、皇位継承権はあるので」

(自分の子供でもか……)

 気分が落ち込む私に。

『お前、今まで興味なかったエヴァンに同情か?』

「……?」

 セオの声が聞こえて隣を見ると、セオの怪訝な瞳が向けられている。

『同情ってわけでも……』

 苦笑する私に、セオの何度目かのため息が落とされる。

「あんな宰相より、お前の方がよっぽどましだな」

「……」

 セオの嫌味に、エヴァンは驚いた顔をしたものの、すぐ微笑みに戻った。

 そんなエヴァンが気に入らないのか。

「ああ、……お飾りの宰相の方が、お前の父親も都合がいいんだったな」

 と、エヴァンを無表情に見返した。

「……次は、お前が宰相にでもなるか? その方演技力と知恵があれば可能だな」

 セオ視線がエヴァンの出方を待っている。

 しかし。

「ご冗談を。皇族は宰相にはなれませんよ」

 エヴァンはその表情をピクリともさせず、張り付いたような素敵な微笑みでセオに言い返した。

「……」

「……」

 二人のしばらく見合った沈黙が落ちると。

 先に視線を逸らしたのはセオだった。

「それは、……残念だな」

 と、小さく笑い、出された紅茶を口にする。

「……」

『何、エヴァンと喧嘩でもしようとしてるの?』

 二人の会話に冷や冷やしながら、私はセオに心の中で話しかける。

『別に、そんなつもりはない』

 と、不機嫌なセオの返答が頭に返ってきた。

『喧嘩売ってるように見えたけど?』

『それは……、お前のせいだ』

『え? なんで?』

『お前が、こいつなんかに関心を寄せるから』

『関心? え? 何? やきもち?』

「ぶは……っ!」

 と、今度はセオがお茶を吹き出した。

「わっ! ちょっと」

 吹き出たお茶に驚きながら、私は慌てて手巾で紅茶を拭う。

「……お前なあっ」

 私に何か言い返そうとしたが、エヴァンを気にしてセオは口をつぐんだ。

「……」

 悔しそうな視線を送られるも、私はそれを受け流す。

 セオは諦めたように大きなため息をこぼした。

 そして、心の会話は話題が変えられる。

『ハロルドの奴、逃げたな』

(あ……)

 そんなセオのつぶやきが聞えて、苦笑する。

(ハロルドさんも部屋にいるって言ってたっけ。そう言えば、居ないな)

「……」

 ハロルドの姿を探してみようと視線を上げると、エマの姿が目に入った。

 お茶の準備をし終えたエマが私の前の、エヴァンの隣に座ったのを見届けると、エヴァンが口を開く。

「今回の件は、僕にも責任があります。改めて、お詫びします」

 と、頭を下げた。

「……」

 その様子を、セオは無言で眺めている。

「エマがリリア様にお会いしたがっているのは知っていました。僕が協力していれば、侯爵がこんな安易な手を使うことも無かったでしょうし、アイナ王女を巻き込むことも無かったでしょう」

 エヴァンの隣で、エマは目を伏せ、話だす。

「……本当に、申し訳ありません。私の軽率な行動がこのような事態を招いてしまって。私はただ、クロフォード伯爵令嬢とお会いしたいと頼んだだけのはずだったのですが……」

 落ち込むエマを、エヴァンがそっと慰める。

「君のせいじゃないよ」

 そんなエヴァンに答えるようにしながらも、エマは私たちに頭を下げた。

「……お二人には、ご迷惑をおかけしました。それに、アイナ王女様にも……」

 責任を感じているエマの手を、エヴァンが優しく包み込む。

「まあ、そっちはハロルドの責任が大きい。あいつにきっちり支払わせるとして……。アイナ王女の件は国が絡む。どうするつもりだ?」

「……」

 セオの試すような視線に、エヴァンも伺い見るようにセオに目をやる。

 そして、すでに考えてきたような返答をした。

「アイナ王女との婚約の件は、父をたきつけて僕が進めたことです。王女との婚約の件も、白紙に戻すように僕から父に話します」

「……それが、可能か?」

「ええ、もちろん」

 エヴァンの揺るぎない瞳に、セオは頷く。

「……今回は、お前を信用してみよう」

「ありがとうございます」

 素直なエヴァンに何を感じたのか、セオは納得いかない様子でため息をついた。

「本当に……、お前は叔父上の息子だな」

「それは少しも、嬉しくないですね」

「……」

 セオの視線が鋭くエヴァンに注がれる。

「お前がリリアではなくエマ嬢に惚れていることも、今回の件の失態やお前が隠していた能力も、全部ばれるぞ」

 と、セオが探りを入れるも、エヴァンは動じない。

「その時はぜひ、セオ殿下にお力をお借りに伺います」

「……」

「……」

 再び、お互いの目を見たまま、お互い探っているようだった。

「そういう事なら、後は任せた。リリア」

「え? あ、うん」

 突然立ち上がったセオに促されて、私も立ち上がる。

「俺たちはこれで失礼する」

 と、部屋を出ていくセオを追う途中で。

「あ、エマさん」

「は、ハイっ」

 振り返った私に呼ばれたエマが、驚いたように声を上げる。

「近々、お茶会にお誘いしますね」

「……っ! はいっ!」

 少し驚いたように目を見張っていたものの、エマはとんでもなく華やかな笑顔で返事をしたのだった。



 アーバン侯爵邸の前には、皇室の馬車が待っていた。

「……エース?」

 が、私たちを出迎える。

「ハロルドさんからお二人がここにきていると伺ったので、お迎えに」

「……ハロルドは?」

「えっと……。自分の部下の管理かと」

 セオの問いに、エースは明後日の方向を見た。

 セオは呆れるものの。

「やっと帰れるな」

 と、私に手を差し伸べる。

 私たちが乗り込むと、馬車はゆっくり皇宮に向かって動き出した。

 しばらくすると。

 ザッ

 と、急に馬車のカーテンが閉まった。

「っ!」

(びっくりしたっ! セオが超能力で閉めたの?)

 突然視界が遮られて驚いていると。

「ひゃっ!」

 急にセオの腕が伸びてきて、後ろからセオの唇が私の首筋を食んだ。

 生暖かい感触に、ぞわっと全身が身震いする。

 セオの腕が、私を逃がさないようにギュッときつく締められた。

「拒むなよ」

 と、セオの熱っぽい声が耳元でささやかれ、振り返ると熱のこもった瞳が私に向けられた。

 思いがけず、ドキッと胸が高鳴る。

 甘い予感が全身を駆け巡って、ゾクゾクする。

 その予感を肯定するように、セオが私を押し倒した。

「……っ?!」

「俺の前で、他の男に関心を寄せるお前が悪い」

「なっ! ん…っ!」

(……関心って?!)

 抵抗できないまま、セオが私の唇を塞いだ。

『俺は、他に目を向けられないぐらいお前に一途なのに』

「っ!」

(何言ってるの……?!)

 深く激しくぶつけられるセオの想いに戸惑いながらも、甘い言葉やセオの嫉妬がまっすぐ私の胸に囁かれながら、馬車は皇宮への道のりをゆっくり進んでいった。

 そして、

 いつものごとく、

 皇子宮に到着した馬車の中に、私たちが居ないことに気が付いたエースが大きなため息をつきながら佇んでいる姿も、もう見慣れた景色になっていた。


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