第33話 公爵様のご令息
「……」
(エヴァンって、こんな雰囲気だったかなぁ……)
エマが出してくれた紅茶を飲みながら、伺うようにエヴァンを盗み見る私。
それに気が付いて、エヴァンはにっこり微笑んだ。
「っ!」
思わず紅茶を吹き出しそうになって、私は咳き込んだ。
「……」
(この笑顔は、変わらないんだけどな)
私の隣で、私の心の声を聞いているだろうセオの大きな手が、私の背中を優しくさすってくれる。
が。
「……」
優しい手とは違って、私を覗き込むセオの顔が、
(……目が)
とっても不機嫌だった。
はあっと、小さな息が漏れてしまう。
(だって、先日会った時と、今の目の前に居るエヴァンが別人みたいなんだよ……)
私は再びエヴァンに視線を向けた。
そんな私の横で、セオは大きなため息を漏らす。
「お前、よく化けたな」
「?」
セオの言葉の意味がわからなくて、私はセオを見る。そのセオのまっすぐな視線が、エヴァンに向けられていた。
エヴァンはセオに向かってにっこり笑うと。
「放蕩息子の仮面、被れてますか?」
と、悪びれることなく言い切った。
「……」
「……」
私もセオも、呆然としてしまう。
「否定しないんだな」
と、セオの小さな声が聞こえた気がした。
(放蕩息子? どうしてそんなフリをする必要が……?)
「え? ん? じゃあ、私に婚約を申し込んだのは……」
(演技の一環?)
ふと浮かんだ疑問を口にするが、エヴァンは首を横に振って否定する。
「あれは、本気でしたよ。父に邪魔される前にまとめてしまいたかったんですけどね。準備不足でした」
と、笑う。
「そう?」
頬を引き攣らせた私の横で、セオが再び大きなため息をつく。
「放蕩息子、ねえ」
「……あの父、ですからね。血がつながっていても、目障りだと思えばいつでも切り捨てられる。馬鹿な息子ほどかわいいのでしょう、あの人は」
苦笑するエヴァンを言葉なく見てしまう。
「僕にも一応、皇位継承権はあるので」
(自分の子供でもか……)
気分が落ち込む私に。
『お前、今まで興味なかったエヴァンに同情か?』
「……?」
セオの声が聞こえて隣を見ると、セオの怪訝な瞳が向けられている。
『同情ってわけでも……』
苦笑する私に、セオの何度目かのため息が落とされる。
「あんな宰相より、お前の方がよっぽどましだな」
「……」
セオの嫌味に、エヴァンは驚いた顔をしたものの、すぐ微笑みに戻った。
そんなエヴァンが気に入らないのか。
「ああ、……お飾りの宰相の方が、お前の父親も都合がいいんだったな」
と、エヴァンを無表情に見返した。
「……次は、お前が宰相にでもなるか? その方演技力と知恵があれば可能だな」
セオ視線がエヴァンの出方を待っている。
しかし。
「ご冗談を。皇族は宰相にはなれませんよ」
エヴァンはその表情をピクリともさせず、張り付いたような素敵な微笑みでセオに言い返した。
「……」
「……」
二人のしばらく見合った沈黙が落ちると。
先に視線を逸らしたのはセオだった。
「それは、……残念だな」
と、小さく笑い、出された紅茶を口にする。
「……」
『何、エヴァンと喧嘩でもしようとしてるの?』
二人の会話に冷や冷やしながら、私はセオに心の中で話しかける。
『別に、そんなつもりはない』
と、不機嫌なセオの返答が頭に返ってきた。
『喧嘩売ってるように見えたけど?』
『それは……、お前のせいだ』
『え? なんで?』
『お前が、こいつなんかに関心を寄せるから』
『関心? え? 何? やきもち?』
「ぶは……っ!」
と、今度はセオがお茶を吹き出した。
「わっ! ちょっと」
吹き出たお茶に驚きながら、私は慌てて手巾で紅茶を拭う。
「……お前なあっ」
私に何か言い返そうとしたが、エヴァンを気にしてセオは口をつぐんだ。
「……」
悔しそうな視線を送られるも、私はそれを受け流す。
セオは諦めたように大きなため息をこぼした。
そして、心の会話は話題が変えられる。
『ハロルドの奴、逃げたな』
(あ……)
そんなセオのつぶやきが聞えて、苦笑する。
(ハロルドさんも部屋にいるって言ってたっけ。そう言えば、居ないな)
「……」
ハロルドの姿を探してみようと視線を上げると、エマの姿が目に入った。
お茶の準備をし終えたエマが私の前の、エヴァンの隣に座ったのを見届けると、エヴァンが口を開く。
「今回の件は、僕にも責任があります。改めて、お詫びします」
と、頭を下げた。
「……」
その様子を、セオは無言で眺めている。
「エマがリリア様にお会いしたがっているのは知っていました。僕が協力していれば、侯爵がこんな安易な手を使うことも無かったでしょうし、アイナ王女を巻き込むことも無かったでしょう」
エヴァンの隣で、エマは目を伏せ、話だす。
「……本当に、申し訳ありません。私の軽率な行動がこのような事態を招いてしまって。私はただ、クロフォード伯爵令嬢とお会いしたいと頼んだだけのはずだったのですが……」
落ち込むエマを、エヴァンがそっと慰める。
「君のせいじゃないよ」
そんなエヴァンに答えるようにしながらも、エマは私たちに頭を下げた。
「……お二人には、ご迷惑をおかけしました。それに、アイナ王女様にも……」
責任を感じているエマの手を、エヴァンが優しく包み込む。
「まあ、そっちはハロルドの責任が大きい。あいつにきっちり支払わせるとして……。アイナ王女の件は国が絡む。どうするつもりだ?」
「……」
セオの試すような視線に、エヴァンも伺い見るようにセオに目をやる。
そして、すでに考えてきたような返答をした。
「アイナ王女との婚約の件は、父をたきつけて僕が進めたことです。王女との婚約の件も、白紙に戻すように僕から父に話します」
「……それが、可能か?」
「ええ、もちろん」
エヴァンの揺るぎない瞳に、セオは頷く。
「……今回は、お前を信用してみよう」
「ありがとうございます」
素直なエヴァンに何を感じたのか、セオは納得いかない様子でため息をついた。
「本当に……、お前は叔父上の息子だな」
「それは少しも、嬉しくないですね」
「……」
セオの視線が鋭くエヴァンに注がれる。
「お前がリリアではなくエマ嬢に惚れていることも、今回の件の失態やお前が隠していた能力も、全部ばれるぞ」
と、セオが探りを入れるも、エヴァンは動じない。
「その時はぜひ、セオ殿下にお力をお借りに伺います」
「……」
「……」
再び、お互いの目を見たまま、お互い探っているようだった。
「そういう事なら、後は任せた。リリア」
「え? あ、うん」
突然立ち上がったセオに促されて、私も立ち上がる。
「俺たちはこれで失礼する」
と、部屋を出ていくセオを追う途中で。
「あ、エマさん」
「は、ハイっ」
振り返った私に呼ばれたエマが、驚いたように声を上げる。
「近々、お茶会にお誘いしますね」
「……っ! はいっ!」
少し驚いたように目を見張っていたものの、エマはとんでもなく華やかな笑顔で返事をしたのだった。
アーバン侯爵邸の前には、皇室の馬車が待っていた。
「……エース?」
が、私たちを出迎える。
「ハロルドさんからお二人がここにきていると伺ったので、お迎えに」
「……ハロルドは?」
「えっと……。自分の部下の管理かと」
セオの問いに、エースは明後日の方向を見た。
セオは呆れるものの。
「やっと帰れるな」
と、私に手を差し伸べる。
私たちが乗り込むと、馬車はゆっくり皇宮に向かって動き出した。
しばらくすると。
ザッ
と、急に馬車のカーテンが閉まった。
「っ!」
(びっくりしたっ! セオが超能力で閉めたの?)
突然視界が遮られて驚いていると。
「ひゃっ!」
急にセオの腕が伸びてきて、後ろからセオの唇が私の首筋を食んだ。
生暖かい感触に、ぞわっと全身が身震いする。
セオの腕が、私を逃がさないようにギュッときつく締められた。
「拒むなよ」
と、セオの熱っぽい声が耳元でささやかれ、振り返ると熱のこもった瞳が私に向けられた。
思いがけず、ドキッと胸が高鳴る。
甘い予感が全身を駆け巡って、ゾクゾクする。
その予感を肯定するように、セオが私を押し倒した。
「……っ?!」
「俺の前で、他の男に関心を寄せるお前が悪い」
「なっ! ん…っ!」
(……関心って?!)
抵抗できないまま、セオが私の唇を塞いだ。
『俺は、他に目を向けられないぐらいお前に一途なのに』
「っ!」
(何言ってるの……?!)
深く激しくぶつけられるセオの想いに戸惑いながらも、甘い言葉やセオの嫉妬がまっすぐ私の胸に囁かれながら、馬車は皇宮への道のりをゆっくり進んでいった。
そして、
いつものごとく、
皇子宮に到着した馬車の中に、私たちが居ないことに気が付いたエースが大きなため息をつきながら佇んでいる姿も、もう見慣れた景色になっていた。




