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彼は厄介な皇子様  作者: 秋月みお
32/46

第32話 …憧れのひと


(……何の音?)


 セオの胸で視界を遮られた後、聞えて来た鈍い音にざわッとした胸騒ぎを感じる。

 けど。

 セオの腕にしっかりと抱きしめられ、身じろぎできないままでいた。

「ちょ……っ、セオ?!」

 セオの胸を押し返そうにも、セオはさらに私を強く抱きしめる。

「セオってば!」

 状況を把握しようと必死になる私の耳元に、セオの顔が近づいたのを感じると。

『このまま、ベッドに移動してしまいたい』

 と、セオの声が頭に響いた。

「……?」

(疲れたってこと……?)

 セオの言動が理解できず、セオの腕の中で首をかしげていると。

『お前を早く、抱きつぶしてしまいたい……』

「な……っ!」

『離れていただけ、可愛がりたい……』

 思いもしない言葉が聞えてきて、私の身が固まる。

(そ、そうゆう意味だったのっ?!)

 内心焦る私の耳元で、はぁ~、とセオの大きなため息が漏れ、思わずビクッと体が揺れた。

 そんな私に気が付いて、クっと笑うセオの肩が微妙に動く。

(耳にかかった息がくすぐったかっただけなのに……笑うことないじゃない)

 思わずムッとしてセオの胸の中でそっぽ向く。

 セオが笑いをこらえるのに必死で声を掛けてこなくなると、ふと聞えた声に私は耳を澄ました。

「……?」

 何が起こっているのかまったく見えない中で、戸惑うアーバン侯爵の声がする。


「どうしてあなたが……っ」


 微かに声が震えているアーバン侯爵。

(……セオに対しても横柄だった人が、怖がってる?)

『誰か来たの?』

 不思議そうにセオに尋ねるが、セオは無言の返事をくれる。

 セオの視線がアーバン侯爵が居た方向を向いたのは、抱きしめられている私からも分かる。

(言うつもりがないってこと……?)

 セオに不満いっぱいの私の耳に、次に聞えて来たのは。


「不穏な報告を受けたので」


 と、冷ややかに響く青年の声だった。

「……」

(この声って……)

 その、聞き覚えのある声に、私は反射的にその身を強張らせていると。

『はぁー……、こいつにお前を会わせたくないんだがなぁ』

 面倒そうなセオのつぶやきがした。

 セオのその反応に、私の中で確信に変わってゆく。


「エマは、あなたの娘であると同時に僕の婚約者です。守って当然では?」

 

 そう、ハッキリと伝えられる言葉は、普段の印象とは違うエヴァンの声。

(エヴァンが居る……?)

 その言葉の通り、エマ嬢はエヴァンの婚約者だから居てもおかしくないんだけど。

(なんていうタイミング……)

 見えないながらに想像で周りの様子をうかがっていると。

「僕からも、今回の件は父に口を聞きましょう。心配する必要はないですよ」

 エヴァンの声色に、思わず背筋が寒くなる。

 私の知っているエヴァンに、こんな声色を出すエヴァンはいない。

 公爵のご令息。

 その地位は、侯爵邸でももちろん健在で。

 これ以上の失態は許さない。

 とでも言わんばかりの威圧する力強さを、その声色から感じられたし。

 なにより。

(……ちゃんと、エマ嬢を婚約者として思う気持ちはあるんだな)

 と、心の中でホッとする自分がいた。

 政略結婚とは言え、本人たちの望まない結婚ほど寂しいものはない。

「……では、この場は失礼します」

 アーバン侯爵はバツの悪さを隠すことなく足早に去って行った。様だった。

 しかしながら。

「せ、セオっ」

 なかなか私を離そうとしないセオにしびれをきらせて、私はその身をよじる。

『ああ……、離れたくない』

『も、もう……っ! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!』

 動き始めた私に気が付いて、セオは緩んでいた腕の力を少しだけ戻し、私の肩に自分の額をスリスリした。

『エヴァンが来てるなら、アイナ王女の件、交渉すべきじゃないのっ?!』

 呆れ焦る私を胸に、渋々セオは抱きしめていた腕を緩める。

 名残り惜しそうに覗き見られ、私は呆れた顔を向けるしかできない。

「状況を、説明してもらえますか?」

 目を細めたままセオを見上げると、セオは諦めたように口を開いた。

「アーバン侯爵に打たれそうになっていたエマ嬢を庇って、エヴァンが叩かれた」

「え?」

 驚く私を包んでいた腕を、セオはゆっくり離してくれる。

「しかし、驚くほどのタイミングで現れたな」

 ぼそっと呟くセオの視界には、

「大丈夫ですか?」

 と、侯爵に打たれたエヴァンの様子を心配そうに覗くエマ嬢がいる。

「ああ、心配ない。口の中が少し切れたぐらいだよ」

 エマ嬢の今にも傷口に触れそうな手をエヴァンが握って、ニコッと笑う。

「君は? 大丈夫?」

 そんなやり取りを見れば、先ほどの対応が嘘みたいな十代の青年だ。

 エヴァンに手を握られて、エマ嬢の顔がボンっと真っ赤になって爆発する。

「だ、大丈夫です……っ」

 上ずったエマ嬢の声が玄関ホールに響いた。

 初々しい二人のやり取りをほほえましく思いながらも。

「……」

「……」

 私とセオは忘れられたようにたたずんでいる。

『あれ、お前のことが好きだったエヴァンと同一人物だよな?』

『……』

『なんだ、今はエマ嬢にその感情は向けられているのか?』

『……』

 セオの独り言のような問いに、私は思わず笑ってしまう。

『憧れと、恋愛は違うから』

『……憧れ、だったのか?』

『じゃないですか? 私の何が気になったのかは知らないけど。私はエヴァンにとって憧れの、人だったとか?』

(……)

 自分で言ってなんだけど、恥ずかしくなって呆れてしまう。

(あこがれの人って、なんだよ)

 と、自分で突っ込みながら、乾いた笑いが口からもれた。

『けど、先日までお前のこと熱っぽい目で見つめてたじゃないか』

『……、ほら、あれですよ。憧れてたアイドルに実際に会えると感激で気持ちが高揚しちゃうような』

『……アイドル?』

『あ……』

 不思議そうなセオに私の顔が引き攣る。

(アイドルって、こっちには居ないのか)

『まあ、なんにせよ』

 と、セオがため息と共に言葉をこぼす。

「?」

『残念なことしたな……。今からでも、俺たちのイチャイチャ見せつけ返すか?』

「……」

 二人を真顔で眺めているセオから何気にかけられた言葉に、呆れる。

「セオは限度を知らないからお断りします」

 思わず、声に出して答えてしまった。

「あ……」

 私の声に気が付いて、エマ嬢が慌てて私たちの前に移動して来ると。

「お見苦しいところを……っ」

 と、丁寧に頭を下げ、改めて挨拶をする。


「エマ・アーバンです」


 小さな体の彼女が、ニコッと微笑んだ。

「初めまして、クロフォード伯爵令嬢。お会いできて光栄ですっ! エマとお呼びくださいっ」

 ぽっと赤く染まる頬が愛らしく。

「私の部屋でハロルド様もお待ちです。あ、もちろん、皇子殿下もぜひご一緒にっ。お茶でもしていかれませんか?」

 と、屈託のない笑顔が私たちの前で無邪気に花開いた。

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