第31話 依頼人と黒幕と
(何でこんなことに……)
「……」
「……」
「……」
セオと私、そして、アーバン侯爵が無言で顔を合わせること数分。
「殿下、ご連絡もなくいらっしゃるとは、いささか……」
「それを侯爵が言うのか? 政治的立場のある侯爵家がアイナ王女を巻き込んだのに?」
アーバン侯爵の言葉を遮って、セオが威圧する視線を侯爵へと向ける。
「……っ!」
侯爵はグッとこらえるように自分の手を握りしめて、何も言い返せないままセオに怒りを向けていた。
その数十分前。
「ここって……」
セオは私とハロルドを一緒に瞬間移動させ、あるお屋敷の門前まで連れて行った。
その貴族の屋敷を見上げ、私は息をのむ。
「はい。ルーカス公爵のご令息、エヴァン様の婚約者のエマ・アーバン嬢がいらっしゃる、アーバン侯爵邸、ですよ」
と、答えてくれたのは、私の隣に立つハロルドだ。
反対隣りに居るセオは、黙っている。
「……」
アーバン侯爵。
と言えば、彼はこの帝国の宰相でルーカス公爵の腹心だ。
早々に気が付いていたのか、ハロルドに聞いたのか記憶を読んだのか。
セオはすでに事の顛末を理解しているようだった。
(でも、私には教えてくれないんだよな……)
無表情で無言のまま、侯爵邸を眺めているセオを見上げ、私は小さくため息をつく。
今、教えてくれそうなのは、なんでも屋さんのハロルドだ。
「……どうゆう事ですか?」
説明を求める私の視線に、ハロルドが苦笑する。
「もともとのご依頼は、リリア様に会ってみたいとの、エマ嬢のほんの小さなお願いだったんですけどね」
「わたしに、ですか?」
驚きの声を上げる私に、ハロルドは困ったように微笑んだ。
「ええ。アーバン侯爵家とルーカス公爵家のご婚姻がいつ結ばれたものか、ご存じですか?」
確認するように問われて、私はハロルドに頷いて見せる。
「はい。確か、私との婚約騒動があった直後だったと思います。私との噂を打ち消すためにも、大々的に公表されてましたよね?」
思い出すように首をかしげながら答える私に、ハロルドもアーバン侯爵邸を見た。
「そうです。宰相であられるアーバン侯爵様は、ルーカス公爵様にとっても手放したくない腹心。二年前のご令息とご令嬢のご婚約で、さらに両家門の関係は深まり、安泰。そして」
と、再びハロルドは私を見る。
「セオ殿下を邪魔する厄介な、敵、ですね」
「……」
そんな立ち位置のご令嬢が、私と会いたいって。
(どんな想いで私に会いたいって言ってるんだろう……?)
頭を悩ませる私に、ハロルドは苦笑する。
「まあ、俺たちはセオ殿下に大変お世話になっているので、セオ殿下の手下として見られているようですし。今回、こんな変な形で依頼を受けることになったのも、いろいろ面倒なことの責任を俺たちに押し付けて、組織ごと排除するつもりだったんでしょうけど……」
と、大きなため息が漏れた。
(……? 責任を押し付ける?)
ハロルドの言葉が気にかかったものの、ハロルドはそんな私に気が付かずに言葉を続ける。
「相手が悪かったですね~。セオ殿下は普通の人じゃないですし。それに……」
ハロルドは再び私を見る。
「エマ嬢は純粋に、リリア様にお会いしたかっただけですから。しかし、侯爵様が難色を示しておられる間に、リリア様はセオ殿下の婚約者になられてしまいました。そのため、伯爵令嬢であった時よりもさらにリリア様と接触することが難しくなったため、エマ嬢もこのような組織に依頼するまでになったのですが……」
その残念そうな瞳が、彼が令嬢から直接依頼を受けていれば……と、言っているようだった。
「俺は、その想いに答えたいと思ったわけで……」
困った笑いを浮かべているハロルドに、私はふとした疑問を口にする。
「……ハロルドさんは彼女にお会いしたことが?」
「え? ……まあ、その、ついさっき」
私の質問にハロルドの目が泳ぎ、私から視線を逸らされた。
「? さっき?」
「う~ん……、俺があそこに居たのは、慌てたエマ嬢が店に駆けこんで来たからで……」
「駆けこんできた?」
「まあ、さっき、うちの新人部下が身分の良い方からの依頼に舞い上がって空回りした、と、言いましたけど。本当の所、その新人が勘違いするように仕向けてたのが、侯爵様で。それに気が付いたエマ嬢が慌てて教えに来てくれたんです。もしかしたら、リリア様が危害を受けるんじゃないかって」
「……」
「あなたをここに、無傷で連れてくるのが、俺が直接受けた依頼です」
そう言ったハロルドが何かに気が付いた素振りを見せた。
「じゃあ、そう言うことで。俺は先にエマ嬢を尋ねてきますっ」
と、瞬く間にアーバン侯爵邸へと消えていった。
「……」
私がポカンと消えていった場所を眺めていると。
「リリア」
不意にセオの顔が近づいていた。
「セオ……。エマ嬢が私に会いたい理由って?」
(もう、全部お見通しなんでしょ?)
と、見上げる私の瞳に、
「……、エヴァンの想い人、だからだそうだ」
「想い人って……」
面白くなさそうに答えるセオに、私は顔を引き攣らせる。
「それより」
「?」
「ずいぶんと長い事、ハロルドばかりを……」
「……は?」
唐突に告げられた内容に、私は驚きを隠せない。
ジッと、不機嫌に向けられる瞳に惹きつけられるように逸らせないでいると。
「お、皇子っ! お待たせしましたっ」
ずいぶんと慌てた様子で、アーバン侯爵の使用人がやって来た。
その奥には、簡易的な馬車も用意してくれている。
(……お屋敷まで、距離があるだろうから助かるけど)
視線を外した私がチラッとセオを再び確認すると。
「ッチ」
セオの舌打ちがして、セオは不機嫌にその使用人を見下ろした。
「アーバン侯爵、またはエマ嬢に会いたいんだが」
「は、はぃいっ……、旦那様がお待ちですので、ど、どうぞっ」
と、ビクつきまくる使用人に案内され。
私たちを迎え入れてくれたのは、不快な様子を隠そうともしない宰相、アーバン侯爵本人だった。
で。
「……」
現在に至るのだけれど。
私を連れてきたのが依頼した組織の人物ではなく、セオ皇子だということに相当イラついていて。
さらには、そのセオ皇子に、手出しできない状況を歯がゆく思い、アーバン侯爵の身体が小刻みに震えているのが私からも分かった。
「……」
そんなアーバン侯爵の心の内も聞えているセオは、それでも感情を押し殺すように静かにしている。
「……」
(威圧はしてるんだけど……)
結局のところ。
(公爵様たちは私をどうしたいんだろう……)
セオの未来をつぶしたいのは分かるんだけど……。
(私がいなくなれば、セオとアイナ王女の婚約がまとまる、と……?)
ふっと浮かんだ考えに、セオと視線が重なった。
その瞳が、微かに揺れた気がして。
(ああ……、そうなんだ)
やりきれない気持ちになる。
そんな時。
「リリア様がいらっしゃったのですか?!」
驚きと華やいだ声の主が、アーバン侯爵の後ろから姿を現した。
10代そこそこのその少女は、緊張した赴きながら、私の姿を見てホッとするのが分かる。
(あ、彼女がエマ嬢……?)
エヴァンの婚約者。
アーバン侯爵令嬢、エマ・アーバン。
ふわっふわの綺麗な髪がいかにもお姫様の様な、可愛らしい女の子、だ。
「お前の仕業だな」
(……え?)
低く唸るような声に驚いて、私の肩がビクッと震えた。
そんな私に気が付いて、傍にいたセオが私を引き寄せた。
小さな短いため息がセオからこぼれる。
「?」
不思議に思う私の顔を、セオは自分の胸に押し付けた直後。
バチーンッ
と、鈍い音が響いていた。




