第30話 事の真相…?
「リリア様っ」
草陰から囁くように呼ばれ、私は反射的に声のする方へと振り返る。
目を向ける私の視界に入って来たのは……。
「あなたがどうしてここに……?!」
見覚えのある人物だった。
彼は草木をかきわけるようにして、道ではない場所からやってくる。
(びっくりした……。確か、彼は侯爵領地内の……なんでも屋さん)
私の前に現れたのは、以前、セオのお母様の侯爵領でお世話になった、ハロルドだった。
知っている人物にホッと胸をなで下ろして、私は近づいてくる彼を見守る。
セオが皇子であることを知っていて、あちらでセオが困ることなくいろいろ手配してくれる、人。
私の服を準備してくれたのも、彼だった。
そして。
帝都をはじめとして、多くの場所で名を馳せる、「暗黒のバラ」という諜報組織の長。
だったはず。
(黒バラって……また、恥ずかしい名前なんだよな。なんかの漫画に出てきそうな……)
そんなことを思いながら、近づいてくる彼を眺めていると……。
「リリアっ!」
突如セオの私の名を呼ぶ声が聞こえて、私の胸の鼓動が跳びはねた。
目の前に瞬間移動で現れたセオの悲痛な顔が飛び込んでくる。
「セオ?」
セオに会えた喜びと、セオの切ない表情に戸惑っている間に、私はすっぽりとセオの腕に包まれていた。
私の背に回るセオの腕が強く私を抱きしめる。
「良かった……」
『一人置いて行ってしまって、すまない』
セオの呟きと心の声が、私の胸をギュッと苦しめた。
けど、その感情に浸っている場合ではないし、傷心しているセオに優しい言葉をかける余裕も、ない。
だって……っ!
「待って! 今、ハロルドさんの前……」
そんな私の言葉を遮るように、セオは見上げる私の唇を塞いだ。
『リリア……っ!』
名前を呼ばれ、余裕なく落とされるキスがだんだん深まっていく。
『セオっ! ハロルドさんがいるんだよっ!』
セオの腕から逃れることもできず、繰り返されるキスに抗うこともできず、私は必死に訴える。
けど。
『気にしなくていい』
と、セオは興味なさそうな返事をした。
『気にしなくていいって……急にセオが現れたとこ絶対見られて……』
セオの返答に戸惑う私から、セオはそっと離れて私の顔を覗き込む。
「……は…ぁっ」
離れた口から甘い吐息が漏れる。
「もしかして、……知ってる、の? セオの能力の、こと……」
とぎれとぎれ尋ねる私に、セオがムッと顔を歪ませた。
「……あいつのことはどうでもいい」
「え……、どうでもいいって……」
(心配してるだけなのにっ)
セオが答えようとしないので、私はセオの腕の隙間からハロルドを見る。
彼は私の視線に気が付いて、肩をすくめて見せた。
「知って、るんだ……?」
私の確認するような問いに、ハロルドはコクコク頷く。
呆然としている私の顎をすくい上げ、セオは私を強引に自分の視界に戻した。
「よそ見、するな」
と、セオの顔が間近に迫る。
(な……っ)
艶っぽく乞うセオ瞳が、私の頭を真っ白にした。
「はは……。しばらく後ろ向いてまーす」
ハロルドが小さく呆れたように呟いて背を向けたとたん。
「……んっ!」
セオが再び私の唇を塞いだ。
先ほどの急かすキスではなく、甘くて優しくて深いキスが重ねられる。
吐息が漏れる間も惜しむほどに落ちるキスが、切なくてもどかしい。
涙が滲む私の瞳を親指の腹で拭いながら離れるセオは、小さく息をついた私を見て、
『まだだ、足りない』
と、再び顔を近づける。
「へ……?」
私の驚きあがる変な声が漏れた後すぐ、セオの手が私の後頭部に回される。
(た、足りないって……っ?!)
がっちりと逃げられない様に支えられ、身動きが取れない私に、セオは再び強引なキスを繰り返した。
(は……激しい……)
何度目かの深いキスが終わると、切ない表情のまま、セオは私から離れる。
ふらつく私をセオの腕がしっかりと支えてくれていた。
小さく息をついた私は、心配そうに覗くセオに気が付いた。
(あ……、セオ、気にしてるんだ……)
ようやく、セオが私をどんなに心配していたのか。
一人置いてきてしまった私に対する気持ちを感じ取った。
そんな私に、セオは穏やかに微笑みながら、
「激しいの、好きだろ?」
と、その優しく微笑んだ顔に似合わない言葉が降ってきて、私は目を見開く。
「は……っ」
言葉にならない声を上げて真っ赤になった私を見て、セオはようやく安心したように私を抱きしめた。
「無事に帰って来られたのは、オオモリのおかげなんだな」
あっちでの私の記憶を覗いているらしいセオに、私は静かに頷いて、そっとその胸に顔をうずめる。
「……ただいま」
小さく言う私に、セオの小さな安堵の息が聞えた。
「……、ああ、おかえり」
二人して、無事に会えた事を噛みしめながら、その温もりにしばらく時間を忘れていると。
「あの~……、そろそろ、俺のとこ思い出してもらえると……」
私たちに背を向けたままのハロルドの、オズオズと上がる声が聞えて来た。
(あ……ハロルドさんのこと忘れてた)
私がセオの腕の中でもぞもぞし出すきっかけを作ったハロルドに、セオは明らかに不機嫌な声で、
「ッチ、まだ居たのか。お前、よく俺の前に顔を出せるな」
と、ハロルドを睨む。
ハロルドはゆっくり振り返りながら、
「まあ……、突然現れたのはセオ殿下の方なんですけどね」
苦笑を浮かべる顔を私たちに向けた。
セオは私を自分の腕の中に留めたまま、ハロルドを睨み続けている。
「……何があったの?」
状況を理解できない私は、そっとセオを見上げながら尋ねた。
「あ~、それは俺の方から言っていいですか?」
不機嫌を隠そうとしないセオの代わりに、ハロルドが引き攣った顔のまま話し出す。
「入ったばかりの新人部下が、ちょっと身分が良い方から依頼を受けて舞い上がったようで。良いところを見せようとして空回りしたようです。しかも、依頼内容をかなり捻じ曲げて?」
「……結局、どうゆう事ですか?」
「依頼を受けたこいつの部下が、リリアと間違えてアイナ王女を拉致するところだった」
「あ……やっぱり」
セオの話を受けて、ハロルドの困ったように引き攣らせた笑顔が青ざめる。
「拉致……?! アイナ王女は?」
ぞわッとする単語に、私はセオを見上げると。
セオは私を見下ろして優しく微笑んだ。
「問題ない。オリヴァーと先に皇子宮へ帰らせた」
「あ……、良かった」
安堵する様子を見せる私に、セオも安心したようだ。
「えっと……、殿下に捕まったんですか? あいつら」
反対に、顔を強張らせ、ハロルドがセオに問う。
「ああ。馬車に詰め込んで、お前の店の前に置いてきた」
セオの呆れた声に、ハロルドは大きなため息をこぼした。
「はぁ~……。すみません。俺が帝都を長い事離れていたせいで、こっちの部下がご迷惑をおかけしましたっ」
と、勢いよく頭を下げる。
「で、言いにくいんですけど……」
数秒下がっていた頭が、そっと私たちを伺い見る為に上げられた。
特に、その瞳が私に向けられているようで。
「リリア様に、ご同行をお願いしたいのですが……」
セオの反論を覚悟したかのように身をすくめるハロルドだったが。
「……」
予想に反して、セオの声が上がらない。
不思議そうに見上げられるハロルドの瞳。
「あの……、依頼内容を伺っても? 拉致しようとするくらいの、ハードな内容だったのですか?」
真意を尋ねる私に、ハロルドは小さく息を付く。
「ああ、もともとの依頼は……」
「俺も行くぞ」
「え……っ?」
セオがハロルドの言葉を遮って声を上げた。
その言葉に、ハロルドが驚いたように顔をしかめる。
「え~……殿下もですか?」
困ったように情けない声を出すハロルドに、セオはムッとした表情のまま。
「当然だろ」
と、睨みを利かす。
「まぁ……、リリア様がご一緒してくださるなら、願ったり叶ったりではありますが」
頬をかき、ハロルドは観念したように頷いた。
「わかりました」
と。




