第29話 セオとオリヴァーと侵入者
さかのぼること、昨晩。
『セオ殿下~っ! アイナ王女の護衛騎士が殿下に会いたいって言ってます~っ。どこにいらっしゃるのですか?!』
泣き声に近いセドリックの声が、セオの脳内に響き渡った。
リリアの寝顔を眺めていたセオが、大きな舌打ちをする。
『んなもん、明日にしろっ』
不機嫌なセオの声に、セドリックがますます泣きわめく。
『どうしても今、話したいことがあるそうです~っ』
『あ?』
面倒そうな返答が、セドリックに届いたのか、届かなかったのか。
『とりあえず、執務室に通したのでっ! 直接移動したら駄目ですよっ!』
と、セドリックは言い捨てた。
そして。
『あ、リリア様に関係することらしいですからっ』
「……」
セドリックの言葉に、セオは思い出したようにため息を落とす。
(そういえば、公爵家のネズミらしきものが一匹いたな。あいつが追い出したのか……)
皇子宮に入ってきた侵入者の気配を感じて警戒していたが、何かに怯えるように去って行ったのも確認していた。
「面倒だな……」
とぼやきながら、セオは隣で眠るリリアに目を向ける。
(目的はリリアか?)
すやすや眠るリリアの額にキスをする。
「手放すつもりもないが……」
(エヴァンがリリアを手に入れようとしても、周りが黙っていないだろうに……)
公爵夫妻と、エヴァンの婚約者の姿を思い浮かべ、セオは大きなため息をつく。
「本当に、お前あいつになにしたんだよ……」
穏やかに寝落ちしたリリアを見つめ、セオは名残り惜しい気持ちを遮るように息をつく。
そして、言われた通りに瞬間移動で執務室の扉の前に移動していた。
「で、主人の挨拶もまだなのに、護衛がわざわざ訪ねてくる理由は?」
不機嫌にズカズカと部屋に入り、席について足を組むセオの前で、護衛騎士のオリヴァーが跪いた。
「セオ皇子殿下にご挨拶いたします」
「……」
見下ろす視線に怯むこともなく、彼は淡々としている。
(ご丁寧なことだな、皇子宮の人間でもないのに)
侵入者のことを報告に来たのだろうと、セオは彼を見る。
彼から流れ出る感情から、侵入者の件を深刻にとらえているのが分かった。
(公爵家のネズミなど、今に始まったことでもないのにな)
「……手短にしろ」
と、言いつつも、手短にできない様子に、彼から話を聞く前にため息が出る。
立ち上がった護衛騎士は無表情に述べた。
「先ほど、アイナ王女とリリア様が会話されていた時、誰かが様子をうかがっておりました。その対象が王女なのかリリア様なのか、早急に確かめる必要があるのではないかと、ご相談に参りました」
「……相談、か」
言葉を繰り返して、セオはオリヴァーを眺めた。
(王女に害があっては困るから、早急にどうにかしろってことだな……)
「ネズミはまだ居るのか?」
自分の能力で確認済みなため、形式的な確認をセオは彼にした。
「いえ。私に気が付かれたと悟ったのか、あの後すぐ姿を消したようです」
オリヴァーは首を横に振って見せた。
それを見届けて、セオは呆れた大きなため息をつく。
「叔父上かエヴァンか。どのみち、皇子宮に刺客を送って来る様なのは身元が知れてる……」
「今回の婚姻の件でしょうか?」
「だろうな」
息を吐くセオに、オリヴァーが問う。
「確信がおありですか?」
「そんなものはない。だが、知っているだろ? うちは後継者を巡って争っている」
「……」
じっとまっすぐ向けられたセオの視線を、オリヴァーも真っ直ぐ受け止めている。
(アイナ王女さえ無事なら、関係ないって顔だな)
セオはふっと呆れるように表情を緩めた。
「とにかく、この婚姻がまとまるのか気になっているのだろう。まだ、手出しはしてこないと思うが、アイナ王女に手をかけることはない」
「……」
納得できない様子のオリヴァーを見て、セオは二ッと笑う。
「そんなに心配なら、その侵入者を捕まえる罠でも張るか?」
と、面白そうに言うのだった。
そして。
数時間前。
『セオ皇子、何者かが近づいてきます』
リリアを記憶の場所に連れて行ってそう時間が経たないうちに、オリヴァーが伝えて来た。
セオの本体は、オリヴァーに触れたままそこに残っている。
(行動に移すのは、日が暮れる頃だと思ったが……)
オリヴァーの意識が注視する対象がずれ、記憶の場所に姿を維持するのが難しくなってきた。
このまま完全にオリヴァーの意識が途切れたら戻れなくなる。
オリヴァーは、アイナ王女を護ることを優先するだろう。
「……」
「?」
腕の中に引き寄せた黒髪のリリアが、不思議そうにセオを見上げた。
「リリア、悪い」
「え……?」
腕の中のリリアの顔が不安に陰る。
(傍にいると、約束したのに)
守れない現状に苛立ちながら、薄れゆく意識を必死に保つ。
「緊急事態だ。……必ず、絶対に迎えに来るから心配するな」
と、言葉にするのがやっとだった。
リリアの、心もとない顔が胸に残った。
「!」
吐き出されるように戻った体が、押された反動で倒れそうになるのを踏み止まる。
サッと振り返ると、セオを護る様にオリヴァーが立ち。
アイナ王女にはセドリックとエースの二人が囲うように立ちはだかっている。
事態は思いのほか深刻だった。
「……人数が多いな」
目的がリリアの拉致だと感じ取るが、肝心なリリアを王女と勘違いしている事に気が付いた。
セオの前で剣を抜いているオリヴァーは、セオの動きに気が付いたようだったが、敵らしき人物と対峙しているため、振り返ることはない。
「セオ皇子、戻られましたか」
「……ああ」
セオはオリヴァーの肩に手を置き、事の成り行きを読み取った。
セオとリリアがこの地を離れてすぐ、彼らが現れ。
リリアと勘違いしたアイナ王女を拉致しようと囲まれている状態だった。
「まあ、現状は理解した」
ふと、自分たちを取り囲む輩に見覚えのある人物に気が付き、セオは二ッと笑う。
「これはまた、お前ら、自分らのトップに確認しなかったようだな」
不敵に笑うセオに、オリヴァーの前に立つ男が後退る。
「お前たち、皇子と隣国の王女を相手にした代償は、高くつくぞ」
「な……っ」
皇子と王女。
その言葉に、男たちの動揺が広がる。
「皇子と王女だって?! そんなこと聞いてないぞ?!」
「どうゆう事だ?!」
ざわつく男たちを横目に、
「セドリックっ!」
「はいっ!」
セオの声にセドリックが動いた。
「えっえ? 縄???」
セドリックは近くに居たエースに縄の端を手渡した。
意味が分からず混乱するエースが見たのは。
「っ! ……マジか?!」
数人の男たちが目に見えない力で抵抗もできず宙に浮き、セドリックとエースの前に一纏めにされる光景だった。
「エース!」
「あ、はいっ!」
セドリックの声に我に返ったエースは、一纏めにされた男たちが地に下されるのを見届けると、セドリックと共に慌ててロープでくくる。
「こいつらは、俺が対応する。お前とアイナ王女は、エースが乗ってきた馬で先に皇子宮に帰れ」
呆然としているオリヴァーに声をかけ、セオは馬車の中にロープでくくった男たちを能力で移動させる。
押し込められた男たちは、自分たちが置かれている状況を理解できずに目を白黒させるだけだった。
「……セオ皇子」
「え……、能力者? ……超能力かなんか?」
オリヴァーとアイナ王女から戸惑いの声が上がる。
「? ああ、リリアもそんなこと言ってたな。超能力、か……」
セオは思い出したように笑う。
「今回の件は、リリアを狙った公爵家の人間の仕業だと分かった。お前たちは安心して帰れ」
「あ、でも、リリア様は?」
オリヴァーの問いに、セオは静かに答える。
「……今すぐにでも迎えに行きたいが」
と、男たちを押し込めた馬車を見た。
「まずは黒幕に会ってくる」




