第27話 束の間の再会
「名を覚えていないとなると、ちょっと面倒だな」
私の隣のセオがぼそっと呟いたので、王女は首をさらに傾げる。
「前世の名前が重要ですか?」
「ああ」
セオは顔を上げ、王女を見た。
「前世の名を、同じ前世の記憶を持った人間が呼ぶと、お前たちは前世の世界に帰れる」
「……」
「なんだそれは」
私たちの前で驚くアイナ王女とオリヴァーは、複雑そうに顔を歪ませた。
「覚えていないのは、帰れない理由があるとか?」
そう呟いて、私は黙り込んだ。
それは、前世の世界で二人の体が無いという事だろうか……?
私が病院に居た時とは違って……?
「いや、思い出せないのなら、調べに行けばいい」
「え?」
セオのいきなりの言葉に、私たちが驚きの声を漏らした。
「リリアが調べに行けばいいだろ?」
「そんな簡単に……」
唖然とする私に、セオは問題ないと話を続ける。
「リリアなら俺がこっちに呼び戻せるし、問題ない。一度経験済みなことだ。スコットの代わりにこの二人がいれば、簡単だろう」
そういえば、スコット様が戻った時に様子を見に行こうって、言ってたな。
そんなことを思い出しながらぼんやりしている私に対して。
今まで動揺していたオリヴァーが、平静を取り戻して言う。
「なら、俺たちが亡くなった理由の事件を調べたら、名前がわかるんじゃないか?」
「え? 事件?」
ドキッとした私は、思わずオリヴァーを見上げた。
それに答えたのは、アイナ王女だった。
「私たち、事件に巻き込まれて一緒に亡くなってるの。確か……」
この日だった。
と、アイナ王女に告げられた日付は、私たちが巻き込まれた事件の二年ほど前の出来事だった。
「……」
過去の事件を調べるとなると、ネットが一番手っ取り早いけど。
戻っても私の手元には、スマホもお金もない。
だからって、知り合いを訪ねたとしても、誰も覚えていないはず。
じゃあ、新聞?
図書館とかに行ったら、過去の閲覧ができるのかな?
でも、それよりも……。
ぶるっと身震いする私の肩を、セオが引き寄せた。
「心配するな。今回は俺も一緒に行く」
「……うん」
そう言われても、不安は消えない。
前世に戻った時のあの感覚は、気分が悪い。
「でも、私たちはまだ戻るとは……」
戸惑う王女に、セオは言う。
「選択肢は、無いよりはあった方がいいだろう」
「まあ、そうだけど……」
オリヴァーが複雑そうに呟く中で。
「なら、早い方がいいですね。王女様たちが国に戻られる前に調べておかないと」
それに、と、私は二人を見た。
「本当に日本に戻れるのかの、証明にもなると思うので」
セドリックが馬車を止めたのは、帝都にある一番大きな公園だった。
馬車を降り、私たちは湖の近くに足を運ぶ。
「準備はいいか?」
セオが私の手を強く握った。
緊張気味に頷く私を、セオは引き寄せて、腰を抱く。
「俺にしがみついてろ」
息がかかる距離でセオは言うと、反対側の手でオリヴァーの肩に触れた。
「行くぞ」
と、セオに耳元で囁かれ、私は強く目をつぶる。
頷くセオを見て、先ほど教えた私の名を、オリヴァーが呼んだ。
「櫻木 綾乃さん」
半信半疑な彼の声が、私の足元をぐらつかせる。
気が付けば。
「……」
私はセオに抱きしめられたまま、日本のどこかに足を下ろしていた。
セオに抱きしめられていたからなのか、思いのほか、受けた衝撃は少ない。
「大丈夫か?」
と、覗かれる顔に、思わずドキッとした。
「え? セオ……?」
「ん?」
戸惑い揺れる瞳に、セオが不思議そうな顔をした。
そして。
「ああ、姿が戻っているな。その黒髪も黒い瞳も、キレイだ」
「っ!」
サラっと告げられる言葉にドキドキする。
思えば、セオも黒髪で黒い瞳。
姿が変わらなくても、日本に馴染む外見。
こっちの世界でちゃんとセオも実体化してる……?
「あの二人、恋人同士かな?」
「男の人、かっこいいね」
不意に耳に聞こえた言葉が、日本に戻って来たんだと認識させる。
「セオって、日本でもイケメンなんだ」
「は?」
「皇子の時と変わらず目立ってるなんて」
ため息をつく私に、セオは理解できないと顔をしかめる。
「別に目立つつもりはないが?」
「……」
「なんだよ」
ジトっと視線を向けられて、セオはその身を軽く引く。
私は小さなため息をつくと、改めてこの現状を不思議に思った。
「なんか変な感じ。この世界でセオと一緒に居ることも、セオがこの世界に馴染んでることも」
くすくす笑う私に、セオはフッと笑みを浮かべる。
「ああ、そうだな」
どこにいても、セオはセオだな。
そんなことを思いながら、私はゆっくり辺りを見渡した。
見たこともない、場所。
どこだろう、ここ。
「……オリヴァーの記憶から飛んだ世界だ。あいつらの故郷に近いんだろう」
「そっか。んー、図書館に行ってみたいんだけど。ここは知らない土地だな」
同じ様に、セオも辺りを見渡している。
「ネットカフェとかに行けたらすぐわかるんだけど……」
「ねっとかふぇ?」
「あ、うん。手持ちがないから、誰でも利用できる図書館に行くしかないよね」
「図書館か……。まず、ここがどこか確認する必要があるな」
唸る様に声を上げたセオの体が、ビクッと揺れた。
「セオ……?」
不思議に思い見上げる私を、セオは強く抱きしめた。
セオのその険しい表情に、不安が走る。
「……」
セオは何かを確認するように顔を歪ませると、私を見下ろした。
「リリア、悪い」
「え……?」
「緊急事態だ。……必ず、絶対に迎えに来るから心配するな」
と、切なく顔を歪めたまま、
私の前から、
消えた。
「……」
セオを見上げた体勢のまま、しばらく止まってしまう。
その視界にセオは居らず、周りの風景が映るだけ。
(え? 嘘? 置いて行かれた……?!)
慌てて周りを見渡すが、セオの姿はどこにもない。
急に一人になった私に押し寄せる不安。
何が起こったの?
あっちのセオの身に、何かあったってこと?
そんな考えが頭をよぎって、体が震える。
待って。
私、このままどうしたら……。
「え? もしかして……」
パニックになりかけた私に、声をかけてくれる人がいた。
「櫻木……?」
名前を呼ばれて、私は驚き振り返る。
「あ、やっぱり」
私に声をかけた人物は、私の姿を見てにっこり微笑んだ。
「大森君……」
どうしようもなく、ホッとした。
知り合いがいるだけで、こんなにも安心するなんて、思わなかった。
しかも、彼は私のことを覚えていてくれていた。
私に笑顔を向けてくれている。
「短いお別れだったね」
と。




