第25話 不安を抱えて
「……」
あの、護衛騎士が犯人の可能性?
そう考えて、ゾクッと悪寒が走る。
先ほどの鋭い視線が思い出されて怖くなるけど。
「……今の段階では、否定も肯定もできない、かな」
ぼそっと答える私を、セオはジーっと見つめる。
その瞳に気が付いて、私はゴソゴソ動くと、セオの胸に顔をうずめ、その背中に腕を回す。
「リリア?」
「セオがいてくれるから、大丈夫だよ。彼……、彼女達のことは、明日にでも確認しよ?」
温まってきた体が、セオの温もりでさらに眠気を誘う。
あんなに目が冴えていたのに。
「……今日も、傍にいてね?」
ウトウトする私の額に、セオの優しいキスが落ちた。
「ああ、このまま抱きしめていてやる」
そう囁くセオの甘い声色に導かれるように、その日はすぐに眠りに落ちた。
「!」
ハッと、目が覚めた時。
やけに響く心臓の鼓動が苦しかった。
目の前にセオの寝顔が見えて、ホッとする。
夢の中で、私は前世の世界、日本に居た。
セオが見せてくれた、王女の記憶の場所。
私には見知らぬ土地をさ迷い歩き、一人だった。
「……」
(大丈夫、……私はちゃんと、ここにいる)
グッと、自分の体を確認する様に抱きしめる。
不安に高鳴る胸の鼓動を押さえ、私は自分に言い聞かせた。
何とか落ち着いた胸を押さえながら上半身を起こした私の腕が急に後ろに引っ張られて、
「うわ?!」
気が付けば、私の体は横で寝ていたセオの上に乗せられ、抱きしめられていた。
「セオ……?!」
驚きあがる私の声に、セオは大きなため息を付く。
「何度でも迎えに行ってやる。だから、心配するな」
強く抱きしめられて、ここにいる感覚が強くなった。
セオの胸の上に寄り添う私の耳から、セオの鼓動が聞こえてホッとする。
「……夢まで、覗けるの?」
「いや、お前が起きてからだ」
「……ゴメン、寝てたのに」
(私の声がうるさかったんだ……)
落ち込む私の髪を、セオは優しく撫でる。
「はぁ。本当に、邪魔が入るな」
と、セオはため息をこぼしたかと思うと、顔を上げた私に口づけをした。
深く交わるキスを少しだけすると、私から離れたセオの名残り惜しそうな瞳が見えた。
「きゃっ」
急に、セオが私と位置を入れ替えると、私に覆いかぶさる体勢のセオが私の耳元で囁く。
「迎えが来たようだ。またな」
と、セオは穏やかな笑顔を私に見せたかと思えば、瞬間移動で去って行った。
それとほぼ同時だった。
「リリアさんっ!」
慌てるユイを背に、アイナ王女が部屋に飛び込んでくる。
「……え?」
シーツを手繰り寄せて包まったままベッドに座る私の元に、アイナ王女は部屋着のままの姿で私のベッドに腰を下ろす。
「おはよう、リリアさん。今日一日、お付き合いしてもらえるかしら?」
「……」
突然の訪問に驚いて言葉を失っている私にかまわず、彼女はニコニコ告げる。
「せっかく帝国まで来たので、見て回りたいの。服も、貸していただける?」
呆然とする私の返事を聞くこともなく、王女はユイたちを追い出してしまった。
そして、私と出かける身支度を整え始める。
「……私ね、日本では美容学校の学生だったのよ」
髪を結わせてほしいとお願いされて、私は大人しく鏡の前に座っていた。
(なんでこんな状況になってるんだろ……)
そんな疑問に答えはなく。
「残念ながら、美容師にはなれなかったんだけどね」
私の髪を触りながら、アイナ王女はポツリポツリと話し出す。
「……」
彼女の寂しそうな笑顔が、前世への心残りを感じさせた。
「私ね、オリヴァーと出会った時に思い出したの。前世の記憶」
「……オリヴァーさんと?」
その言葉が、オリヴァーも転生者だと認めたようだった。
「そう、護衛騎士を選ぶときに初めてこっちでオリヴァーと出会ったんだけどね。一目でお互いに気が付いたのよ」
くすぐったそうに笑う王女の笑顔が、昨日の二人を見て感じた思いを確信させる。
「……知り合いだったんですか?」
「うん。恋人だった」
(やっぱり…)
「オリヴァーってば、まるで私に会うために護衛騎士目指してたみたいじゃない? なんか、運命感じちゃって」
クスクス笑う王女は、恥ずかしそうにしながらも幸せそうだった。
「だから私、セオ皇子と結婚するつもりはないのよね」
「……」
きっぱりと告げられて、ドキッとした。
「正直、セオ皇子との密約は私にとってもありがたい」
「……」
鏡越しの王女は、そう言いながらどこか寂しそうに小さな笑みを浮かべていた。
「でも、まあ、一国の王女として生まれ変わってしまった時点で、それなりの覚悟はしてきたつもりだったけど。実際、婚姻の話が出たら、やっぱり私、オリヴァー以外とは考えられなくて」
「……」
「前世の記憶まで、彼との思い出があるしね、余計にね」
苦笑する王女の顔が、切なく歪む。
「王女と騎士に転生なんて、漫画みたいよね」
「……王女様と騎士様の結婚は、認められないんですか?」
「んー……。そんなことはないとは思うんだけど。まあ、セオ皇子が味方になってくれた方が、心強いかなとは、思った」
自嘲気味に笑った王女からは、前世の自分に帰りたいという様子はうかがえない。
でも。
「日本に、……帰りたい、ですか?」
「……」
私の問いに、王女から小さなため息が漏れる。
「私……一人娘なのよね。それはそれで、気が引けるわね。結局のところ、私はどうしたいかわからない。突然、日本に帰れるかもしれないと言われて、心が揺らいでるのは事実よ」
「……」
アイナ王女の真剣な瞳が、鏡越しの私に向けられる。
でも、それはほんの一瞬で。
「できたよ」
と、笑顔を向けられた。
「お城ではなかなかさせてもらえないから、張りきっちゃった」
丁寧に結われた髪を確認しようとしたところに。
「あ、ちょうどいい時に来たわ」
「……?」
「二人とも、準備はいいですか?」
「オリヴァーさん?!」
アイナ王女が開けた窓から、オリヴァーが姿を現した。
騎士の姿ではなく、平民の服装で。
驚く私をさらに驚かせたのは。
「……セオ?!」
まで、一緒にベランダに居たからだ。
しかも、セオも平民の服を着ている。
「え? 何? どうゆう事?」
戸惑う私に、アイナ王女はオリヴァーに抱きかかえられながら、私に告げる。
「ダブルデートよ、リリアさん」
オリヴァーはアイナ王女をお姫様抱っこしたまま、器用に近くの木を使って庭に降りて行った。
そしてようやく。
なぜ彼女が私の服を借りに来て、とってもらしくないラフなワンピースを選んだ理由を理解したのだった。




