第24話 王女の護衛騎士
(え……?)
聞き間違いかと思い、目の前のアイナ王女を見つめたまま、私は固まってしまった。
そんな私を気にすることもなく、王女はハッと気が付いたように声を上げる。
「ああ、違うわね」
彼女は動きを止めた私を改めて見ると、
「日本人だった、かな?」
と、再びそう口にしたのだ。
彼女の浮かべる笑顔はとても華やかだ。
でも、その奥にある感情が読み取れない。
伺うようにしながらも、どこか確信めいた王女の言葉は、私を動揺させる。
「どうして……?」
私からやっと出た言葉を遮ったのは。
「アイナ様っ!」
悲鳴にも近い、王女を呼ぶ声。
私と王女の視線がその声の主を見た。
隣国の騎士服の男性。
王女と共に皇子宮に来た彼女の護衛騎士は、ものすごい剣幕でアイナ王女に近づいて行く。
しかし、王女は驚いたように目を軽く見開いた後で、彼の名を呼ぶ声は穏やかだ。
「あら、オリヴァー」
「あら、じゃない! 勝手に一人で出歩くな! 敵国にいる自覚を持て!」
まくしたてるように、オリヴァーと呼ばれたその護衛は王女に言葉を浴びせかける。
が、
「だって、退屈だったし」
王女はその怒涛を受け流し、つまらなさそうに呟く。
「だからって……っ!」
カッと気が立ったはずのオリヴァーは、急に私に気が付き、顔を強張らせる。
そして。
「失礼いたしました、ご令嬢」
と、慌てて跪いた。
「……」
呆然と二人を眺めていた私は、当然跪いた彼に驚き、焦る。
「あの、私はそんな、王女様の護衛の方にそのように挨拶される立場では……」
「いえ。セオ皇子の婚約者でのちの皇妃様ですから、当然のこと」
「……」
引き攣った笑みを浮かべる私と、頑なに頭を下げたままのオリヴァーを見て、王女は呆れたようにため息をついた。
「オリヴァー、彼女が困ってますわ」
「誰のせいだと……っ!」
王女の言葉に触発されながらも、オリヴァーは慌てて言葉を飲み込んだ。
「私のせいですわね」
ふふっとふんわり微笑んで、王女は彼を立たせた。
「お部屋に戻りましょうか?」
と、彼女はオリヴァーに自分をエスコートするように手を伸ばす。
彼は言いたいことを飲み込むように、納得いかない顔をしながら、王女の手を取った。
(なんだか、この二人……)
ぼうっと二人を眺める私に、
「リリアさん」
「は、はい?」
急に、王女の視線が私に向けられた。
「また明日」
王女の瞳の奥が、含みを持たせるように光る。
「……」
言葉が出ない私に、彼女はニコッと微笑んだ。
「おやすみなさい」
王女様は護衛騎士の彼に手を引かれ、皇子宮へと向かって歩いて行く。
その二人の背中を見送りながら、私は先ほどよぎった考えが確信に変わる気がした。
(やっぱり……二人の関係って)
そう思った時。
ビクッと、自分の体が震えた。
王女に気が付かれないように、半分振り返ったオリヴァーの、横目で向けられる鋭い視線が私を貫く。
私の胸が、ひどく動揺し、痛む。
(今、睨まれた?)
敵意を向けられる理由がわからなくて、心がざわつき始めた。
不安と、脅威。
(何……? この感覚)
困惑した私の頭に、
『リリア』
急に、セオの私の名を呼ぶ甘い声がした。
その声色が、不思議と私の不安を消していく。
視線を上げた私の視界に、二階から舞い降りるようにセオが姿を現し、そのまま私の後ろにその身を下した。
「……挨拶は、済んだのか?」
セオはふわっと後ろから優しく私を抱きしめる。
「挨拶って、アイナ王女にですか?」
「ああ。話し声が聞えたから、こっちに来た」
私のお腹に回ったセオの手に、私はそっと自分の手を添えた。
「……仕事、終わったの?」
「ああ」
セオは私の肩に顔をうずめる。
「……」
疲れてる?
元気がない様子のセオが気になるが、体勢を変えようとしても、セオが私を抱きしめる腕に力を入れて、私に動くことを許してくれない。
(……顔も、見れない)
そんなセオから、言葉が漏れる。
「……彼女から、お前やスコットと同じ映像が見えた」
「え?」
セオの言葉がまた、私の思考を止める。
「少し、街並みは違ったが、同じ世界だろう」
「……」
(それって……)
「お前と同じ世界から来た転生者、だろうな」
セオの言葉に、どくりと胸が跳ねる。
(転生者……? アイナ王女が?)
そう思って、先ほどのアイナ王女の言葉が鮮明に思い出される。
「日本人……」
彼女は確かにそう言った。
なら、彼女自身も日本人だった可能性が高い……?
「ん?」
セオの不思議そうな声が上がったかと思うと、セオはそのまま私の耳元で尋ねる。
「……スコットの言っていた人物、だと思うか?」
「……」
セオの不安は、そこにあった。
スコットの残した言葉。
でも。
「んー……王女様が?」
首を傾げた私の首筋に、セオの温かい唇が触れる。
「んっ」
くすぐったくてビクンと揺れる私を、セオはさらに強く抱きしめた。
「冷たいな……、冷えたんじゃないのか?」
「そう、かな?」
曖昧に答えるも、どきどきする胸の鼓動がおさまらない。
「……部屋に戻るぞ」
セオは耳元で囁くと、私の返事も聞かずに私の部屋に移動していた。
冷えた体を温めるように、ベッドに潜り込んでいる。
セオはこつんと、私の額に自分の額をくっつけた。
そのとたん、目の前に広がる見慣れた懐かしい風景。
(あ、ここは……)
よく見る、日本の風景。
行ったことは無いけれど、テレビでよく見た都市のひとつだった。
「彼女が持っていた記憶の一部だ」
セオの声が響いて、私は現実に、ベッドの中に意識が戻った。
「……うん。確かに、彼女は私と同郷みたいだね」
小さな息をつく私を、セオは心配そうに見る。
「警戒する必要はないか?」
「彼女が私を、手にかけないかってこと?」
「……それは、ないな」
と、少しの間を置いて、セオが深いため息を落とした。
「考えすぎたようだ。彼女に、そんな行為を引き起こすような感情は存在しなかった」
「……でも、私たち以外に転生者がいる事実が分かった、ってことだよね?」
(何度も転生者と出くわすなんて……)
なにかの本で、同じ性質の者は引き合う運命だって言ってたのを思い出してしまう。
彼女の過去は、どんなものだったんだろう。
どういう経緯で、ここに来たんだろう。
そう思うと、ちょっと切なくなった。
少なくとも、日本人だと言った彼女に前世の記憶があるのは確かだし。
不意に、込み上げる疑問を、私は口にする。
「アイナ王女と、どんな密約をされたんですか?」
「……まだしていない。提案しただけだ」
私の問いに、セオは気まずそうに目を閉じる。
それを見て。
「あ、……私が絡んでるから、教えてくれなかったの?」
直感的に感じた私の出した答えに、セオはますます顔を歪めた。
「だから、王女はあんなこと言ったのね」
「……あんなことって?」
「私に、会いたかったみたいなこと」
「お前が転生者だとは、言わなかったぞ?」
「当たり前でしょ~。でも、気が付いたのは、セオと交わした会話の中に思うことがあったから。白状しなさい」
「……故郷に、帰りたくはないかと、聞いた」
「……」
(日本に、帰れるかもしれないってことを匂わせたのか……)
「ただ……」
「?」
セオの瞳が、少し揺らいだように見えた。
「まだ、俺を疑ってはいるが、彼女は他の転生者も知っているようだ」
「え?」
「彼女の近くにもう一人、転生者が居る」
「……」
セオの言葉に、ふと彼女の護衛騎士、オリヴァーの姿が浮かんだ。
彼女たちは、お互いに転生者だと知っているの?
昔からの、知り合い……だったとか?
「ああ、お前も気が付いているのだな」
セオはまた、ため息を漏らした。
「彼が犯人である可能性は?」
と、私をまっすぐ見る瞳が、明らかに揺らいでいた。




