第22話 晩餐会と策略
「……」
せっかく、皇帝陛下と皇后陛下の心遣いで和やかに進んでいた会食が。
公爵様の一言で崩れ落ちた。
重く苦しい沈黙が私をさらに苦しくさせる。
私はその発言に衝撃を受けて、胸が苦しく、身動きが取れないし。
隣に座るセオは、ただ、不機嫌に公爵様を見ている。
「……」
言葉を失ったのは私だけでなく、皇后陛下、皇太子妃殿下も同じだった。
皇帝陛下と皇太子殿下、セオは、公爵様の発言を予想していたのか、あまり驚いた様子には見えなかった。
公爵様は、それも見越してか……。
堂々としたその立ち振る舞いは変わることはない。
不意に目に留まった私の前に座るエヴァンの微笑みが、さらに深まる。
ぞわッと、全身に嫌な感覚が私を襲っていた。
本当につい先ほどまで、厳かな雰囲気の中でも、和やかな会食が進んでいた。
私は、セオとは少し毛色の違うイケメン、イアン皇太子殿下をつい観察してしまう。
皇帝陛下の威厳漂う雰囲気と、皇后陛下のキリッとした美形がよく似ている。
に、しても。
「……」
感情のない無表情な皇子、そのものだ。
(兄弟そろって……笑わない。しかも、イアン皇子もイケメン……)
と、何気なく思った感想も、隣のセオがムッとするのが分かる。
「……」
そんなセオは無視して、今度はその皇太子殿下の隣に座る皇太子妃殿下に目が行った。
柔らかい笑顔を浮かべる愛らしい妃殿下は、私の視線に気が付くと、その顔にさらに優しい微笑みを浮かべてくれる。
思わず照れてしまい、私の頬がピンクに染まった。
そして。
エヴァンは私の真向かいに座り、私と目が合うたび、ニコッと微笑んだ。
「……」
その度、私の頬が引き攣る。
(彼はいったい、何を考えているの……?)
そして、突如訪れた衝撃は、公爵様の一言。
「せっかくの皇妃の顔合わせですが、私からセオ殿下へ、別の婚姻のご提案をしたいと思います」
「!」
驚いた私は、勢いよく公爵様を見た。
(セオに、別の婚姻……?)
心の中で復唱して、ぞわッと、血の気が引いた。
(え……、私、セオの傍に居られないって、こと……?)
状況が理解できず、不安だけが駆け巡る。
グッと、私は自分の胸を押さえる。
「……」
私の不安に見上げる視界の中で、セオは黙って、公爵様を見ていた。
公爵様はセオの視線に答えるように、その顔に余裕の笑みを浮かべる。
「……」
(私のことは、眼中にすらない……)
分かり切っていたことだけど、公爵様の攻撃は、セオに絞られている。
私はただ、込み上げる不安を押さえることができず、ズキズキと痛む胸を押さえるのがやっとだった。
「詳しく、聞こうか」
セオはそう告げて、公爵様を見る。
その表情に感情はなく、ただ、鋭い眼差しが公爵様を捉えていた。
もちろん、と、頷いた公爵様が、話を進める。
「お相手は、隣国の一人娘、アイナ王女です」
「……」
私は静かに、目を見開いた。
驚きを隠せず、動揺しているのは私だけ。
皇帝陛下は事前に聞いていたようだし、セオはただ、黙って公爵様を見ていた。
(王女様……)
突然告げられたセオの相手に、自分の身分を思い出す。
この世界は、格差社会。
前世の世とは、違うことを嫌でも思い知らされる。
隣国のアイナ王女は、唯一の継承者。
その夫ともなれば、それなりの身分も必要だ。
その点、セオなら申し分ない。
公爵様にとって邪魔なセオを、隣国へ追いやる事もできる。
婚姻関係で、隣国との絆もできる。
「……」
不安になる私に、公爵様はさらに見下した視線を向ける。
「そこの伯爵令嬢との婚約は、まだ帝国内に周知されたものではありません。婚姻後の離婚でもあるまい。今から破棄しても、問題ないのでは?」
みんなが押し黙っていることをいいことに、ニヤッと嫌な笑みが、公爵様の顔に浮かぶ。
「婚約破棄なんてよくあること。ご令嬢もご経験されたことがあるでしょう?」
「……」
ふと、エヴァンと目があった。
彼は私を見て、ふんわりと微笑む。
その、優しい雰囲気と違い、ゾクッと背筋が凍った。
スコット様との婚約は、スコット様の存在がないものになってきた今、婚約していた事実もない。
公爵様が言う、私の「ご経験」はエヴァンとの事。
(第一、破棄がどうのという前に、エヴァンとは婚約すらもまとまらなかった話を蒸し返すなんて)
込み上げる感情をぶつけることもできないまま、やり場のない想いだけが膨らんでいく。
「あ……っ」
そんな私の手を、セオが握った。
「……セオ?」
セオは席を立ち、私の隣で公爵様を見る。
「俺は、リリア以外と結婚する気はないが?」
それは、公爵様も想定内の言葉。
クスっと笑みを浮かべ。
「まあ、そんなこと言わずに、一度会ってみたらいいのでは?」
と、セオを促した。
「会う……?」
怪訝な瞳を向けられて、公爵様は満足げに微笑んだ。
「ええ。王女は今、こちらに向かっています。セオ殿下との婚姻を結ぶために」
「……っ!」
どくん、と、胸が苦しく締め付けられる。
王女がこの帝国に向かっている?
セオとの婚姻話を詰めるために?
「……」
(なんだ……)
小さな、やりきれない気持ちが、吐息として漏れる。
(もう、両国で決まった話なら、どうすることもできないじゃない)
しがない伯爵令嬢と隣国の王女さま。
比べるまでもない。
(皇族にとって、個人の感情は必要ない)
ここで私が何を言って王女との婚姻を阻止しても、
感情に訴えてセオを引き留めようとしたって、彼に迷惑をかけるだけだ。
(なら、私から……)
「っ!」
顔を上げた私の目に、セオの切ない顔が飛び込んできた。
私たちの関係をなかったことにしようと切り出そうとしたのに、言葉が引っ込む。
「そう簡単に、諦めるな」
セオの切実な瞳が、私に訴える。
「お前は、俺を信じていればいい」
「……セオ」
気持ちが全部伝わってしまうのは、
(本当に、厄介ね……)
グッと、セオの私の手を握る力が強くなった。
セオは再び、公爵様を見る。
「悪いが、俺はリリアを手放すつもりはなし、隣国の王になるつもりもない」
ほお、っと、公爵様は声を上げた。
「しがない伯爵令嬢より、一国の王になったほうが、殿下の、この帝国の助けになるのでは?」
「……」
誰も公爵様に反対しない。
皇帝陛下も皇太子殿下も。
それは、その婚姻がもたらす意味を理解しているから。
(セオ、これは私たちの想いだけでは無理だよ)
私の気持ちをセオに向けるが、セオは答えない。
セオは公爵様にも返事をすることなく。
「気分が悪い。陛下、兄上。これで失礼します」
と、簡潔にのべると、私を連れ、皇宮を後にした。




