第20話 意外な接点
「……。何かご要望がおありですか?」
「え?」
つい、鏡越しのハンナを見つめてしまっていたことに気が付いて、私は慌てて目を逸らす。
「あ、……何でもない」
俯く私を不思議に思いながらも、ハンナは何事もなかったように止めていた手を動かし、私の髪を結う。
(今日は、セオの家族と顔合わせの日。ボーとしてる場合じゃないのに)
ハンナたちに準備を手伝ってもらいながら、小さく気合を入れなおす。
が。
先日の、セドリックの話が頭から離れなくて。
(セドリック様とハンナ……)
やっぱり、二人が一緒に暮している想像ができない。
セオに教えてもらった話を、私は思い出した。
セドリックは、ハンナが育てたも同然だと。
セオが8歳になった頃、15歳のハンナが、侍女としてやって来た。
その頃、セドリックは5歳。
勉強や剣術はセオと共に学んだみたいだけど、その他の事はすべてハンナが教えていたらしい。
で、セドリックが15歳の時、ハンナに求婚したとか。
最初は相手にされなかったものの、3年後には交際を開始し、2年後に結婚。
その3年後の、現在。
「……」
このハンナが恋愛なんて、全然イメージないんだけど。
(しかも、セドリック様がお相手なんて……)
でもセオは、ハンナがセドリックを自分の好みに育てたって言っていた。
「……」
(そんなこと、出来るのかな……?)
ちっともしっくりこない二人に、頭を悩ませてる私を見て。
「またセドリック達のことを考えているのか?」
と、馬車に乗るのをエスコートされながら、セオに呆れた様に告げられる。
「ちょっと、まだ衝撃が……」
苦笑しながら中に座る私に、セオは面白くなさそうにしていた。
「……」
続けて隣に座ったセオが、不機嫌そうに呟く。
「で」
「?」
「いつになったら、俺のことを考える?」
「……っ!」
ずいッと急に顔を近づけられて、私は思わず後ろにのけ反った。
「お前に他ごとを考えている暇はないはずだが?」
「え……?」
「まあ、緊張してないなら、いい」
体を引き寄せられて、いつの間にか、私はセオの膝の上に居た。
「~~~っ」
(緊張していない訳でもないんだけどっ)
「……出来たら、逃げ出したい気分なんですが」
「逃げられるわけ、ないだろ?」
「……分かってるわよ」
真っ赤になって答える私を満足そうに見ながら、セオが問う。
「顔合わせの前に聞きたかったんだが」
急に真面目な雰囲気に、私はセオを見た。
「何を?」
「……」
問う前に、セオは私の顔を伺うように一息入れる。
「どうして、政治に関わっていない家門の伯爵令嬢が、叔父と、ルーカス公爵と面識があったんだ?」
「……」
突然の問いに、私の思考が停止する。
「え……? あれ? 私の記憶、覗かなかったの?」
「……」
私の何気ない言葉に、セオはムッと顔を歪ませる。
「そんな趣味はないし、直接聞いた方がいいだろう」
「……う~ん」
(普通ならそうなんだけど、なんか、言いにくいんだよな)
私は口ごもりながら、言葉を紡ぐ。
「その……。実は、公爵様のご令息から求婚されたことがあって」
「はぁ?!」
私から出た言葉に、セオの素っ頓狂な声が上がる。
(うん、分かる。その反応)
セオの顔が見れなくなって、俯く。
「結構、本格的な求婚をされて、お父様と困り果ててたところに公爵様が駆けつけてくださって。まだ幼い息子の言うことですので…って、求婚を白紙に戻して帰られたんですけど」
「けど?」
セオのイラっとした口調が、私の身を縮ませる。
「迷惑をかけたからって、お詫びにいろいろご招待いただいて。その、……婚活パーティーに呼んでくださったり?」
「……」
セオの顔がますます不機嫌になった。
「何の力もない家門の令嬢だったけど、公爵様と知り合いだってだけでいろんな男性によく話し掛けてもらってはいたんだけど……」
私はチラッと、セオの様子を伺い見る。
不愉快そうにしているセオに、軽いため息が出た。
「その、私がなかなか踏み切れなくて。婚約どころか交際にすら発展する出会いもなく、今日に至ってるんですが」
「……」
「昔の、話です」
「どのくらいだ?」
「えっと、2年前?」
セオから、大きなため息が漏れる。
「2年前か……、あいつは15だな」
考え込むように、セオは言葉を吐き出した。
「……叔父に黙ってお前に求婚したとなれば、なかなかの奴だな」
「そうなんだよね。なんで先に公爵様に相談されなかったのか……。仲、悪いの?」
「いや、そんな話は聞かないが?」
「そう。……確か、今は侯爵令嬢とご婚約されてるよね?」
「ああ、宰相の所の娘だな。それこそ、権力への執着を感じる」
私の確認する問いに、セオは頷く。
「しかし、俺との婚約は、公爵の恩をあだで返す形にならないか?」
「……」
セオの瞳が心配そうに覗き込んだ先で、私の目が、軽く見開かれる。
「本当だ。あんまり公爵様との関係を身近に思ったことはなかったけど。確かに。パーティーに参加していたのは、今思えば公爵様の傘下の方々……」
ああ、と、私は頭を抱える。
「まあ、その辺はどうにかなるだろう」
セオはため息をつきつつも、気にするなと笑う。
「しかし、あんな子どもが、リリアの魅力に気が付くとはなぁ」
「みりょ……くって」
気分を害したセイなのか、セオの私を引き寄せる腕に力が入るのが分かる。
「過去の話だから」
と、苦笑する私に、
「……それは、どうだろうな」
セオは意味深に呟いた。
その瞳は、馬車の外の皇宮に向けられている。
「ある程度の対策はもうしてきたが。……婚約話が出ていたとは、予想外だった」
「……」
「もしかしたら、今までリリアの婚約が進まなかったのは、エヴァンのおかげかもしれないな」
「それは、考えすぎでは?」
私がさらに苦笑を深めるも、セオは真顔で見返した。
「まあ、いい」
と、呟き、
「お前が、俺だけを見ていれば問題ない」
と、笑う。
「っ!」
セオの二ッと笑う顔に、ドキッと胸が跳びはねた。
私の反応をまた、満足そうにセオは笑う。
「今日も、何も起きないといいが」
少し不安がこもった声で、セオは心配そうに私の頬に手を添えた。
「……何か起こる可能性が?」
「ああ、皇族が集まるんだからな」
ため息交じりに答えられ、私の胸に不安がよぎる。
それに気が付いて、
「心配するな、あいつらの考えていることは分かっている」
と、自信たっぷりの笑みを、セオは私に見せた。
そんなセオを見て、私も答える。
「心配してません。セオが居るから」
「そうか?」
愛おしそうに見つめられて、私は頬に当てられたセオの手に甘える。
「本心だって、分かってるでしょ?」
「……まあな」
頬の手が私の頭の後ろに回って、セオに引き寄せられる。
近づいたセオを受け入れるように、私はゆっくり瞳を閉じた。
セオの優しいキスが、私に何度か落ちて来た。
「……」
「本当に、過去の話か?」
セオのぼそっと告げられる問いに、私は顔を引きつらせた。
私たちは、ルーカス公爵親子とほぼ同時に本殿に着いてしまい。
「リリア様っ!」
早々に公爵のご令息、エヴァン・ルーカスに見つかってしまった私は、彼から熱い再会の挨拶を受けた。
私の前に跪き手の甲にキスをするエヴァンを、セオは不機嫌に見下ろしている。
そんなセオを気にする素振りもなく、彼は、
「お久しぶりです。お会いしたかった」
と、ポッと頬を染め、とろんとした瞳で私を見上げていた。




