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彼は厄介な皇子様  作者: 秋月みお
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第12話 逆転する記憶


「……さんっ。…木さんっ! 櫻木 綾乃さんっ!」


「っ!」


 バチッ


 急激な覚醒に、しばらく目を開けたまま、ジッと上を見ていた。

 白い天井。

 次に、

 ゆっくり耳に聞こえ始めた規則正しい電子音と、騒がしい周りの声。

 ふっと、視線が横に移った。

 白いカーテンに囲まれた、白い鉄パイプのベッド。

 無気力に放り出された腕には、点滴が見える。


 そして。


「櫻木さんっ!」


 大きな声で私の名を呼ぶ、女の人。

「……」

 え?

 何?

 夢?

「……」

 どっちが?

 記憶の鮮明さが逆転する。

 こっちが現実、

 あっちが、夢……。

 あっちって?

 呆然とする私の横を、行ったり来たりする看護師さんやお医者さん。

 一筋の涙が、ゆっくりと私の目じりから流れ落ちた。

 私は今まで、夢の中にいたんだ。

 そうだよ、転生なんてありえない。

 なのに、どうして受け入れてしまったんだろう。

 20年も長い時間を……。


 慌ただしく動く周りに取り残されるように、

 動けない私はゆっくりと現実を受け入れる。


 ここは、病院。

 病院の、ベッドの上。

 意識がハッキリしてきても、思うように体が動かない。

(私、なんで病院に居るんだろう)

 思い出そうとするけど、何か靄がかかってうまくいかない。

 ただ、大きな喪失感と、思い出したくない恐怖が過る。

 さっきまで覚えていたものが、今はもう、思い出せない。

 大怪我をして運ばれてきたのは、私、櫻木 綾乃。

 なぜ怪我をしてるのかはわからない。

 けど、一か月の間、意識不明の重体だったと、知らされた。

「……」

 覗き込む看護師さんに答えようとするけど、声も顔も、思うように動いてくれない。

(一か月か……)

 その、眠っている間に、私は長い長い夢を見ていたようだ。

 現実にはもう亡くなってしまった家族に囲まれ、私は幸せだった。

 最初は綾乃としての記憶が邪魔して戸惑っていた夢の中も、時が過ぎればちゃんと受け入れて。

 夢の中の世界は、現実とは違って何もない世界だったけど。

 家族がいただけで幸せだった。

 それに。

 イケメン皇子と出会って、婚約もした。

 彼は皇子だったけど、真っ直ぐな好意を向けられて、嬉しかった。

(死にかけた、夢の中で皇子と婚約だなんて)

 そんなおとぎ話に憧れていたのだろうかと、恥ずかしくもなるけど。

 幸せだったな。

(彼の名前はなんて言ったっけ……)

 ふと、彼の姿かたち、声が蘇った。

(そういえば私の名前、彼は呼んでくれてなかったな……)

 名前。

 名前、ねぇ。

(もう、思い出せないや……)

 ふうっと、軽い息が口から洩れる。

(彼は本当に、夢だったのかな……?)

 そんな寂しさと共に、その日は過ぎていった。



 翌日。

 面会謝絶が解かれた。

 それを受けて、会社の同僚、鈴木 ヒナ先輩。

 と、

 高校時代からの友達、瀧本 恵(たきもと めぐみ)が大きな荷物と共に、お見舞いに来てくれた。


「さくらぎぃ~、よかったよぉ~」


 ヒナ先輩は目を覚ました私を見て、泣きついてくる。

「ああ、本当によかったぁ~。あんたたち三人がプレゼンに行ったまま戻って来なくって、警察から連絡があった時は本当に、もう……」

 先輩の大きくて綺麗な瞳に、ぶわっと涙が浮かぶ。

「……もしかして、ヒナ先輩が私のお世話を?」

 やっと出るようになった声を絞る私を見て、ヒナ先輩は嬉しそうに何度も頷く。

「うん。あんたの友達の瀧本さんと交代でね。勝手に社員寮の部屋にも入った」

「……ありがとうございます」

「私の可愛い後輩だもん。気にしないで。あ、彼女も、ものすごく心配してたから」

 と、ヒナ先輩の後ろで言葉なく佇んでいた恵を振り返る。

 そこには、ウルウルと瞳を揺らし、口をグッと引き締めて、泣くのをこらえている恵の姿があった。

「もう、運び込まれたのが綾乃だって分かった時、目の前が真っ白になって、動けなくなっちゃったよ」

 と、ふるふる揺れている。

「恵の病院に運ばれてくるなんて、ラッキーだね、私」

 フフっと笑う私に、恵はとうとう泣き出した。

「こっちの身にもなってよね~っ」

 一か月ぶりの再会は、とても不思議だった。

 そして。

「……わたし、夢見てたみたい」

 ぼそっと呟いた私の言葉を、二人は漏らさない。

「……ゆめ?」

「うん、とっても幸せな夢」

 わざと茶化す私に、ヒナ先輩と恵は笑う。

「え~、何それ」

「それはもう。めっちゃイケメン皇子と婚約したところで目が覚めたよ」

「婚約? 王子? すごい夢だね」

 涙ぐみながらも、二人の突っ込みを受けた。

「夢だったのが、ちょっと残念なぐらいイケメンだった」

 そう笑う私を見て、安心したように微笑んでいた。

 二人とちょっとした一時を過ごしていると、看護師さんが尋ねて来た。

「櫻木さん、午後から警察の方がお話したいそうですよ。大丈夫そう?」

「あ、……はい。でも、私何も覚えてなくて」

「そう、伝えてはいるんだけどね」

 困ったようにしながらも、看護師さんはヒナ先輩と恵の方を見る。

「どちらか一人でも良いから、付き添ってもらえるかしら?」

「あ、じゃあ私が。今日、仕事休みだし。瀧本さんはこれからでしょ?」

 恵は頷いて、ヒナ先輩に深々と頭を下げた。

 残ると言ってくれたヒナ先輩に安心して、看護師さんと恵は病室を後にする。

「……ヒナ先輩。何があったのか、教えてもらってもいいですか?」

「……」

 ふたりっきにりなった病室で、ヒナ先輩は戸惑った様に声を出す。

「忘れてるなら、忘れたままでも問題ないと思うけど?」

「でも、多分そのうち思い出します」

 私のはっきりした言葉に、ヒナ先輩も最後には頷いてくれた。

「……分かった。あの日、櫻木は、渡辺くんと大森の三人で取引先のプレゼンに行ったんだ」

 会社の同僚。リーダーの渡辺先輩と、同期の大森君。

 私たちは三人である企業へプレゼンに行った。

 ヒナ先輩の言葉に導かれるように、あの日の出来事がうっすら思い出される。

 プレゼンの結果は上々で、三人で喜んでいた。

「その帰りだったらしい。駅前で通り魔騒ぎがあってね」

 聞きなれない言葉に、ぞわッと身の毛がよだつ。

「とおりま?」

「そう。それにあんたたち三人は巻き込まれたらしい」

「……そんな」

 ニュースで聞くような光景を、目のあたりにしたのだろうか?

「大森は、あんたに突き飛ばされた時に頭を打ったみたいだったけど、一週間で起きたよ」

「私が? 大森君を突き飛ばした?」

 ヒナ先輩の言葉に、驚く自分がいる。

「うん、大森がそう言ってる。大森をかばって、櫻木が刺されたって。あんたは腰を刺されてて……。歩けるようになるのに、ちょっとリハビリが必要かもしれないって。で、」

「……」

 ヒナ先輩の切ない瞳が向けられる。

「渡辺は、まだ目を覚まさない」


 ドクン


 と、胸がきつく鳴る。

「渡辺先輩が?」

「うん、歩行者の子どもかばって刺されて。かなり重症みたい。つきっきりでご両親と彼女がケアしてるけど……まだ、目を覚まさない」

「……」

 何か、ざわつく感情が胸を襲った。

 何か、忘れてる。

 何か、私は大事なものを。

 何か、思い出す必要があるのに。

 何か、わからない。

「……」

(事件の事……?)

 何を、忘れてしまったんだろう……。


 その時ふと、誰かの姿が頭に浮かんだ。

 もやがかかった頭の中で、彼が何か叫んでいた。


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