第11話 同郷の転生者
「リリア、久しぶり~。大きくなったね~」
スコット様はそういいながら近づき、私の両手をつかみ取った。
そして、大げさな握手のようにブンブンと上下に振り回す。
「元気だった?」
と、向けられる満面の笑みに、10年前のスコット様の面影が重なる。
「はい、スコット様もお元気そうで」
穏やかに始まる再会の横で、
「なっ」
私の手が離れた自分の手を見つめ、セオがフルフル震える。
なかなか私の手を離そうとしないスコット様を、セオが睨んだ。
その視線を感じながら、
「えーっと、スコット様? もう、私たち子どもではないんですよ?」
と、私は困ったように呟いた。
それに気が付いたスコット様は。
「ああ、ごめんね」
と、素早く手を離す。
「久しぶりの再会が嬉しくって。それに、僕、あの貴族の挨拶はどうも苦手で」
あはは、と、苦笑しながら、スコット様は頬をかく。
(ああ、それはわかるかも)
セオから手の甲にキスをされる度、くすぐったい気持ちになるし。
「……」
ジトっとしたセオの視線に気が付いて、私は顔をそむけた。
「……」
居心地の悪い沈黙がしばし流れた。
そんな中、セオは私の腰に手を回すと、グイっと体が密着する位置まで引き寄せる。
「……」
セオは鋭い視線をスコット様に向けたまま。
当のスコット様は、少しも気にしていない様子。
「……あの、スコット様」
私はため息交じりに尋ねた。
「今日、お見えになったご用件は?」
「ん?」
スコット様はにこっと微笑む。
「ああ、婚約破棄に異論はないよ」
サラっと答えたスコット様が、少し意外だった。
(まあ、私のこと恋愛対象ではないから、当然よね)
「なら、どうして?」
私の問いに、スコット様は少し間を置く。
様子をうかがっているようだ。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「うん。直接、確かめたいことがあって」
「確かめたいこと?」
首を傾げる私を見て、スコット様は小さなため息をつく。
「でも、その様子では思い出してないみたいだね、過去のこと」
残念そうな顔が、私の前で微笑んだ。
「過去?」
なんだか含みを感じる言葉に、私は警戒する。
そんな私をかわすように、
「それで。さっきから僕を睨んでる彼は、誰?」
と、セオに話を向けた。
セオは私を離さないまま、まだスコット様を睨んでいる。
「あ、第二皇子のセオ殿下です」
「ああ」
紹介を受けて、急にスコット様の表情が変わる。
「僕の姫を奪った皇子様」
笑顔のままなのに、その目が笑っていない。
「……」
セオの身が一度、震えたのが分かった。
「こいつ、何考えてるんだ」
焦る様に小さくこぼれた言葉に、私は驚いたものの、表には出さないようにセオを見上げた。
「……」
(スコット様の考えが読めないってこと?)
「皇子様も居ることだし。ちょうどいいかな」
クスっと笑ったスコット様に、なぜか背筋が凍る思いがした。
そして、違和感を感じる。
彼は、私の知っている10年前のスコット様なにだろうか……? と。
「君に、猶予をあげるべきかと考えていたんだけど。でも、皇子に嫁ぐとなったら、なかなか会えなくなるだろうし」
「スコット様?」
読めない会話に、胸がざわつく。
急に、場の雰囲気が変わってしまった。
「これ以上、先延ばしにはできないみたいだな、ごめんね。……皇子様は知ってるの?」
「え?」
探るような真剣な瞳が向けられたのは一瞬のことで、スコット様はまたニコッと微笑んだ。
「ああ、まだ打ち明けてない? まあ、言えないよねえ。だって、頭がおかしいって思われたくないもんね」
ニコニコ笑うスコット様は、あの時の爽やかな少年そのままのはずなのに。
「……スコット様?」
「何言ってるんだ、こいつ」
意味深に笑うスコット様に、私もセオも戸惑いを隠せない。
「だって、君にはもぅひとつ、名前があるよね?」
「え?」
さぁっと、血の気が引いてく思いがした。
真っ直ぐ射抜く瞳が、私の胸に刺さる。
「君に前世の記憶があって、しかも、異世界から来た転生者だってこと」
「……どうゆう意味だ?」
言葉を失う私の横で、セオが怪訝そうに声を上げる。
「リリアは、分かってると思うけど」
途中で口を挟まれて、スコット様は不機嫌にセオを見上げる。
「く……っ」
セオは呆然と立ちすくむ私を見て、悔しそうに表情を歪めた。
真っ白な頭の中で、スコット様の声だけが静かに響く。
「ねえリリア、覚えてる? 前世の自分がどうやって亡くなったのか」
「……っ!」
ドクン。
と、胸が不安に大きく波打った。
私は、どうやって亡くなった……?
息を引き取った理由を、私は覚えていない。
ただ、疲れて、眠ってしまいたかった。
だから目をつぶっただけなのに。
気が付いたら、ここに居た。
リリア・クロフォードとして。
「僕のことが思い出せないのなら、僕の代わりに戻ってよ」
スコット様の声が、姿が、フィルターがかかったように遠くに聞える。
「僕が帰れないのなら、僕の代わりに彼女に伝えて。
君を、愛してる。
僕はもう、戻れないかもしれないけど、君は幸せになってって。
僕の代わりに、彼女に伝えてよっ!」
不機嫌に言葉尻を叫んだスコット様が、やり場のない想いを吐き出す様に叫び続ける。
「なんで二人とも僕を覚えてないんだっ! 一番あっちの世界に帰りたいのは僕なのにっ!」
大声で叫ぶスコット様の姿に、恐怖さえ感じる。
悪意のこもった憎悪の瞳が、私の姿を捉えた。
震える体をセオが支えてくれるけど、
ガタガタ震える体はどうすることも出来なくて。
何が起こっているのか、理解できない。
考えたくない。
思い出したくない。
(戻りたくないっ!!!!!!)
そんな私を見て、スコット様は微笑んだ。
「心配しないで。
一週間もしたら、こっちで君を覚えてる人は僕だけになるから」
「……」
「家族も、そのセオ皇子も。みんな、君を忘れるから」
「……」
「大森にも、会ってくるといいよ」
そう、冷たく笑う。
そして、次の瞬間、
つき放つように、言い捨てた。
「ね、櫻木 綾乃さん」
彼から名を呼ばれ、体に衝撃が走った感覚がする。
私の、前世の名前。
なぜ、彼が知っているの?
そんな不安や恐怖より先に、
足元が揺らぎ、
下に引っ張られる感覚がして立っていられない。
目の前が、暗くなる。
傍にいたはずのセオの存在も、いつの間にか消えていた。
暗闇の中で、
一人、
下へ下へと、
ただただ、落ちていった。




