05 命の光はキラキラエフェクト
「今回も時間ぴったりです。」
カウントダウンしていた研究員が腕時計かなんかだろうデバイスを確認してそう言った。
俺はリバクロに常時張り付きとかするプレイスタイルじゃなかったからフレンドは本当に少ないし、登録していない知り合いも多くない。
それがよかったのか、掻き消えたあのオレンジの癖毛のヒューマンに見覚えはなかった。
髪を染めていたり、カツラを被っていたらわからないけれど。
少なくともうちのギルドにはいなかったはずだ。
「今回も魔素の動きはないですね。」
おしゃべり眼鏡がそういうと、この部屋にいた中でエルフの研究員も頷く。
「私も検出できませんでした。」
「魔術が発動したようにみえるんですけどね。」
考え込む2人に、フリオさんが朗らかに声を掛ける。
「煌めく紫紺色。刹那的で耽美じゃないか! まさに命の灯火の終の光だね。」
「いえ、これを解明すれば復元体が消失する原因に近付くと思えるので、そんな文学的に表現されても…。」
おしゃべり眼鏡は、フリオさんがスポンサーだということを理解しているんだろうか。
スポンサーがカラスが白いと言えば白になる。
そんな関係性は2人にはなさそうだ。
「ハハッ、情緒のないことだね。」
「情緒だのなんだので色々解明できるならそれでいいんですけれど…。」
まぁ金を出してる方が楽しそうだからいいか。
俺はと言えば、目の前でヒューマンが消えたと言うのに落ち着いていた。
あれはログアウトでプレイヤーが消える時のエフェクトだ。
さすれば、あのヒューマンも『ログアウト』できたのだろう。
そうじゃなかった場合、いろんな意味でそうとうしんどいことになるけど。
問題は残された2人だ。
薄い水色のゆるくウェーブした長い髪を下ろしている男の子と、茶色い髪のいわゆる初期アバターの女の子だ。
初期アバターの子は正直いすぎてわからない。
Wストレージだし手も金もかけないって人はそこそこいるわけで、この初期アバター。
切りっぱなしボブの茶色い髪。
それでも、あの小さい2Dキャラがリアルになるとこうなるのかと感慨深いものがある。
そして、問題の薄水色ウェーブの男の子。
ものすごく見覚えがあるのだ。
案1。
リバクロ内最強ギルド『蒼穹のカタストロフィ』のギルマス、chronoさんのサブキャラ。
このギルド、元はうちのギルマスLINDAも所属していたが、そのリアルを犠牲にするプレイスタイルに疲れ果て、脱退したという経緯がある。
しかもchronoさんがLINDAを気に入っていたせいで、うちのギルドも随分と絡まれた。
ギルマス引き抜きは流石にないだろう!?って思ったことも何度も。
LINDAは何度も「自分はドラゴニュートじゃないから。」だの「自分の思想に賛同してくれた皆でギルド運営がしたい。」だの断ったのにもかかわらずだ。
挙句、chronoさんは弱いくせにLINDAのそばにいる俺が気に食わない気に食わない。
散々いびられたけど、リアルの会社で鍛えられている俺には屁でもなかった。
あの程度、うちの経理のおば…お姉様と格が違うわ!!
そんなちょっと関わりになりたくないchronoさんのサブ、
ジキル。
最後に見た時は薄水色のゆるくウェーブした髪をサイドテールにし、黒いフリルのたくさんついたゴスロリっぽいツーピースを着ていた。頭には揃いの小さいハット。
仲良くないのに何で知ってるかって、ジキルがコンテストの常連だからだ。
女の子が多い中、ジキルは目立っていた。
手間も時間もリアルマネーもつぎ込んで作られたコーディネート。
更にそれを着ているのが男の娘なもんで。
当然、ジキル自体にファンがいる。
SNSでもファンアートがあったくらいだ。
案2。
そのファン。
ジキルの最新ファッションを真似て、できれば同じ物。
できなくてもそれに似た物。
雑誌でみたいい感じの服の似たやつをファストファッションで揃える感覚と同じだ。
そして、そのファンの中でも過激派にはもちろん俺は目をつけられている。
雑魚のくせにchronoさんに絡んで…なんて言われることしばしば。
あそこのギルドに入りたいから、俺のメインキャラがドラゴニュートだっていうやつもいた。
ただかっこいいからで選んだ俺からすると、実に関わりたくない方々なわけだ。
御本人かそのファンか。
まさに前門の虎後門の狼。
どっちも甚だしく関わりたくない。
ワンチャン、ジキルファンだけど俺を知らない場合はセーフだけれども。
「で、セイジさん。今のが消失なんですが、何か気付かれたことはありませんか?」
おしゃべり眼鏡がそう尋ねた。
「魔素の動きはなし。復元体自体にも動きはなし。他の何かが動いた様子は全くないんです。ですので、もう打つ手がなくて。」
そりゃそうだ。
ログアウトは魔術のたぐいじゃない。
「あの紫色の光が出る原因も、何が作用しているのかも成分も何もわからないのです。」
ただのエフェクトだもんな。
でも、それをここの人たちが理解できるとは思えない。
そもそも、ゲームだのなんだのの話をして大丈夫なのだろうか。
とてもじゃないが大丈夫とは思えない。
俺たちの持つ、知識、技術なんかを目当てに金を注ぎ込んで研究してきた人たちだ。
たまたま俺が会話できたから、情報を引き出すためにも話してくれているにすぎない。
復元された古代生物相手に明らかにびくついて直接話しかけずにチラチラ見てくる研究員がほとんどだ。
現にこの部屋にいるヒューマンも、まるで動物園のように扱われている。
俺たちは、同じ生き物扱いをされていないんだ。
そう思うと俺の持っている大量のアイテム類は非常にまずい。
考え込む俺をフリオさんはおもしろそうに見ていた。
「セイジさん。君は…何を理解し、何を思考しているのかな?」
俺の顔を覗き込んでそう言うフリオさんの瞬膜が一瞬開いて閉じた。
それを見て、やっぱり爬虫類なんだなと思う。
「…我々は、君を拘束し……君の尊厳を踏み躙りその体を調べ尽くすことができる。」
人化していても、その口の中にある歯列は鋭く、舌は細く長い。
それが己の唇を舐めながらそう言う。
「でもねぇ、私は…いや、私自身はそれをしたくはない。君と対等に話をしたいと思っているんだ。」
俺知ってる。
自分から対等って言う時って、だいたい7:3、よくて6:4くらいで言った方が有利なやつだって。
それでも、フリオさんは最初から『さん』付けをお互いに課した。
ものすごい高い身分なんだろうに。
それの証拠に、誰も彼をフリオ『さん』とは呼ばない。
ただ、笑顔が胡散くさいのと肉食獣感の強い口元がな。
怖いよね!!
「…それとも、私と内緒話でもしようか? お互い秘密はあるからねぇ。」
案に人払してくれる。そう言っているのだろう。
確かにここの研究員はちょっと信じられない。
まだマシそうなおしゃべり眼鏡は、秘密なことを話すとうっかり全部しゃべりそうで信用できない。
「フリオ様とセイジさんのお二人で話されるのですか!? 私も所長としてお話合いに参加させていただきたいのですが!!」
だから、おしゃべり眼鏡は信用できないって言ってるだろうが!!
そう思った時、『契約』のことを思い出した。
リバクロ内でギルド間の約束事で使う、スキルのようなものだ。
ギルド間で不可侵条約を結んだり、揉めた時にお互い落とし所で条件を決めて結んだり。
個人間でもトレードや装備品や物をオーダーする時に使う、破ると大きめのペナルティをくらうやつだ。
なによりもこれは、『ログアウト』と一緒で、リバクロに元からある『機能』だ。
「君の前で私の秘密を話す…ちょっと考えものかな?」
「私の秘密もお話しますから!!」
「君、隠し事できないでしょうが。」
おい、やっぱり信用されてねぇぞおしゃべり眼鏡。
「…そんなぁ〜…。」
しかも自覚ねぇのかよ、タチ悪いな。
でも、この『契約』が使えれば話は変わってくる。