42 いい知らせと悪い知らせ
「はい、いい知らせと悪い知らせがあります。」
ギルドハウスに帰り次第シズとジキルを集めた俺はそう言った。
ジキルは怪訝な顔をしている。
「え、まさか…石鹸ないとか?」
「それはありました。バルゾフさんからちゃんともらった。」
そう言ってテーブルの上に石鹸、シャンプー、リンスを置く。
ジキルはそれを興味深そうに手にとって見ると顔を上げた。
「じゃあ、いい知らせと悪い知らせって?」
「…どっちから聞きたい?」
ジキルは顎に人差し指をあて少し考えると答えた。
「うーん…いい知らせ! テンション上げないと悪いのに耐えられないかもだし。」
シズは静観している。
「いい知らせは、この世界にも顔とか髪とか手とかに手荒れ防止とかで何か塗る文化があります。」
「ならハンドクリームとか保湿剤作って売れるじゃん!」
シズもそれには嬉しそうににこにこしている。
薬師だもんな、やっぱりその辺りで稼げそうなのは嬉しいんだろう。
「え…じゃあ悪い知らせは?」
ジキルは既に顔を顰めている。
「なんと、この世界にもチェーン展開しているハンドクリームだの売っている店がありました。」
「え…別にいいことじゃない? 美容の文化が根付いてないとどうにもならないんだしさ?」
「そこの商品を鑑定したところ、塗ったら綺麗に見える幻覚作用がありました! おそらく今、バルゾフさんが対応している最中です。」
「は?」
ジキルは口をぽかんとあけている。
シズも目を見張った。
「…それがここのスタンダードってわけじゃないよね!?」
「だったらオムツドラゴンは動かない。」
「あと、基本的に薬効は弱いってさ。」
「え、…じゃあ作れば売れるじゃん。」
眉を顰めたままジキルがそう言う。
「それやると、たぶんその店の人に恨まれる。余所者の私たちは弱い。」
やっぱりシズは冷静だ。
「じゃあ、どうすればいいのさ。」
ジキルは口を尖らせてそう言う。
「問題は効果をわかってやっていたのか、わからないでやっていたか。とか色々ありますが、とりあえずバルゾフさんの対応待ちです。」
「…じゃあ、今は下手に動かない方がいいってこと?」
「そうだねぇ。」
そして頷くとジキルは黙り込んだ。
「ただ、その店の使ってて良くならないとか吹き出物が増えるとかそう言う話もあった。あと、香りが好きだから使ってるってのも。」
「他にも何か入ってるってこと?」
「そこまではわからない。」
「もう…わけわかんないんだけど!? この世界の美容意識が低いってこと!?」
ジキルは後頭部をガシガシと掻く。
未だツインテールなのにそんなことしていいのか。
「…油塗ってるからだと思う。あと、その油精製されてる?」
シズがそう言うとジキルはバッと顔を上げる。
「それだ! モーブ油、ほんとにオリーブオイルとおんなじ感じなのかも!」
そしてでかしたと言わんばかりにシズの頭を撫でる。
わしゃわしゃとされているがシズは嫌がっていない。
そうしているとネコ耳カチューシャのせいで本当に猫っぽい。
「あ、そうだ。」
そう言ってジキルが自分のスペースに一旦消える。
戻ってきたジキルの腕には生成りの布が。
「とりあえずパジャマできたよ!」
そう言ってシズと俺に渡す。
広げてみればよくある前開きの上とズボン。
シズの方を見れば締め付けのないワンピースのようだ。
「シズは僕とお揃いだからね!」
「うん。」
「セイジは流石にワンピースだと…ほら、入院患者みたいだからさ。」
俺も1人だけ入院患者は嫌だわ。
改めてジキルに渡されたパジャマを広げて見る。
コットンフラワーから作られた布と同じ生成り。
名前的に綿そのものなんだろうけど、かなり手触りがいい。
「色は…また明日色々やってみるからさ…それで許してよ。」
ジキルはそう言うが、俺はこの生成り、嫌いじゃない。
「いや、…すごい普通にパジャマだなって。」
そう思ったままの感想を言うとジキルは呆れたような顔をする。
「そりゃそうでしょ。パジャマ作ったんだもん。」
「それはそうなんだけど…すごいなって。」
「…なにそれ。」
そう言いながら顔を横に向けるジキルの耳は赤い。
「…素材さえあれば、セイジが欲しい服、作ってあげてもいいよ。」
照れているのだろう。
ウサ耳をつけっぱなしなため、耳で感情が丸わかりだ。
欲しい服。
そう言われると是非欲しいものがある。
「なら、スウェット上下が欲しいんですが。」
「は!?」
「私も。」
「シズまで!?」
俺は家の中では8割スウェットの人間だ。
いいじゃんスウェット。
あれこそキングオブ部屋着だと思う。
「最初からニットなの!? …まぁいいけど、僕も嫌いじゃないし?」
いや、この言い方だと、こいつも部屋着はスウェットとみた。
「でも、ちょっと色々試してみないとまずいかも…あれ、ニットだから糸から違うんだよね。」
スウェットがニット?
よくわからんが頼んだぞジキル。
と、ここでいきなりシズが挙手。
ジキルと2人でシズを見ると、シズは手のひらに丸い球体を出して見せた。
「ジキルがパジャマ作ってくれてる間、私も作った。」
その丸い球体を見るが、それが一体なんなのか俺にはわからない。
ちょっと薄緑色をしていて硬そうに見える。
「え、嘘!?」
ジキルはわかったようでその球体を食い入るように見つめている。
「これ、バスボム!?」
バスボム?
バス爆発?
なにそのバスジャック的もの。
「セイジの戦利品の中になくてよかった。」
「シズ、こんなの作れるの?」
「手持ちのものとあと、キッチンからレモンみたいなやつもらった。それでできた。」
シズの手のひらの上の球体をジキルがつつく。
「レモンから精油とって香り付けしたってこと?」
「ううん、電気分解。」
「…え、ごめん僕、そういうのよくわかんない。」
大丈夫、俺は2人の会話がよくわからないからな!
シズはその球体をジキルに握らせた。
「1番風呂どうぞ。ぶくぶくして。」
ジキルが瞬きする。
「え、いいの!? ここは普通セイジじゃないの!?」
「私、ジキルにぶくぶくして欲しい。」
「…え。いいのかな?」
「大丈夫。」
シズに背を押されるようにジキルが風呂に向かった。
その背中が扉の向こうに消えるのを確認すると、シズがこちらに向き直る。
「セイジ、おそらくこの世界、原理を知っていればそれが短縮できる。」
その発言内容に俺は首を傾げた。
「あれ作るのに食塩水を電気分解しようとした。時間がかかるし不純物が多く出ると思ったら…必要なかった。しなくても出てきた。」
正直、シズが言っていることが理解できていない。
それでも、これは素材加工のことを言っているんじゃないかと思う。
「…俺もできる?」
「これが調薬のスキルのおかげなのかわからない。でも、言葉の意味だけだったら、調薬よりセイジの錬金の方ができることが多いと思う。」
「じゃあ…明日から一緒に色々試してみような?」
そう言うと、シズは俺の腰に抱きついた。
そしてそのまま何度も頷く。
「…セイジとジキルと一緒に色々やる。」
そう言うシズの頭を俺は撫でた。
さらさらとした黒髪が指の間を流れる。
「ギャアアアアアッッッ!!! 何これ!?」
突如聞こえるジキルの悲鳴。
俺とシズは顔を見合わせた。
急いで風呂場に向かう。
一応ノックしてから開けると、すりガラスの向こう、風呂場に続く扉は閉められたままだった。
「どうした、ジキル!?」
声をかけるが返事がない。
「開けるぞ!!」
警告はした!!
してから開けた!!
俺、悪くない。
湯気の立ち込める風呂場。
ジキルはその大きな浴槽に浸かったまま、その少し粘性のあるお湯をじっと見て手で掬って落とすを繰り返している。
ただそのお湯、色はきっったねぇ緑色だった。
しかも、ちょっと青く発光している。
「え….なにそれ、ヘドロ?」
思わずそう言うと、ジキルが顔を上げる。
「あ、セイジ…僕もヘドロかと思って叫んじゃった。」
その間もジキルはお湯を掬っては落とすを繰り返している。
お湯なはずなのに、その音はボトボトッだ。
「シズにもらったバスボム入れたらさ? ぶくぶくしながらどんどんお湯が汚くなってくの! なんかヘドロが湧き出てくるみたいな!」
何それ、最悪じゃねぇか。
「もう少し明るい緑にしたかった。」
制作者であるシズもひょっこり風呂場を覗いている。
「一応爽やかな香りにしておいた。」
「うん、香りは好き。レモンとハーブ? かなぁ?」
「ううん。レモンと回復薬。」
この薄ら青く光ってるの、回復エフェクトかよ!?