03 まさかの○○パーク
デア・エクス・マーキナー。
機械仕掛けの神と訳される、ラテン語のデウス・エクス・マーキナーの女神版だったはずだ。
つまりは機械仕掛けの女神。
「あれが起きたのは500年くらい前だと言われています。」
真剣な顔のおしゃべり眼鏡エルフこと、セルフィオーネさん。
その横でもう諦めたようにアミナさんは苦笑いしていた。
「ある日、機械仕掛けの女神が降臨。その場所は、今でもグラウンドゼロとして残っている。」
「…グラウンドゼロってことは、爆心地?」
俺が尋ねると、セルフィオーネさんは頷いた。
「女神は降り立ち大地に根を張ると、この世界を焼き尽くした。そう、古文書には書いてあります。」
根を張るということは植物なのだろうか?
植物で機械。全く想像がつかない。
「セイジさんも〜その内、見に行くといいですよ〜。」
アミナさんがそう言って笑う。
「女神様は〜降り立った地で、今もまだ〜誰にも手を触れさせることなく眠っているんです〜。」
「眠って…いるんですか?」
「正しくは〜眠っているように見える。ですね〜。」
全く想像ができなくて黙り込むと、アミナさんはしょうがないなぁと言わんばかり笑った。
「本当は〜セイジさんから〜、前の情報がほしかったんですけど〜……所長のせいで狂っちゃいましたよ〜。」
「それは……すみません。」
「今更謝られても遅いんです〜。」
やっぱりアミナさん、俺からデータ抜こうとなさってた。
あの勘はちゃんと働いていたようだ。
「ですから、正式に私たちに協力していただきたいのですよ。」
落ち着いた男の声に振り向くと、そこには明らかに仕立てのいい服を着た人が立っていた。
綺麗に整えられた銀色の髪からのぞく耳は長くもなく、獣人の種族特性がマシマシの耳もない。
身長は高そうだからドワーフってこともないだろう。
ぱっと見はヒューマンに見えるその男。
服を脱いでくれと言うわけにもいかない。
けれど、そばに寄って目を見れば確実性が増すだろう。
おそらく、ドラゴニュートだ。
ドラゴンの血を引く龍人とも呼ばれる種族。
何のドラゴンの血を引くかで得意属性は変わるが、ドラゴニュートは大体強い。
その中でもぱっと見ヒューマンに変身できる個体は更に強い。
リバクロ内で不動のトップギルドと言われ続けた『蒼穹のカタストロフィ』なんて、ギルドメンバー全員ドラゴニュートで固めているって話だ。
もちろんその幹部たちは人化できる。
俺の『セイジ』もドラゴニュートではあったものの、運良く飛竜の血を引いたおかげで空を飛べる物だから、サブジョブの錬金術師のための素材集めが捗ったくらいだ。
そして、人化なぞ到底できない。
エブリデイトカゲ頭だ。
人化できるドラゴニュートは本当に洒落にならない。
俺の伺うような視線を胡散臭い笑顔で受け止めると、男は名乗った。
「この辺り、トルミラの町を含めた領地を治める領主をしております。フリオ・ゼル・バルミエと申します。」
案の定家名持ち。
さっき、おしゃべり眼鏡が言ってたことを考えてみても。ドラゴニュートで間違いない。
それよりも町の名前だ。
トルミラはリバクロ内で初心者が降り立つ町。
髙いGを払えば他地域への転移門も多く設置されてることもあり、HABのギルドハウスもそこにあった。
見てみないことにはわからないけれど、まず、この世界があのリバクロの世界であることは確定だろう。
「…どうやら、私の種族がおわかりになっているようで。」
「えぇ、まぁ、知り合いにもいましたから。」
弱点なんてほぼない戦闘民族だってちゃんとわかってるから。
下手なことして暴れても、ゴリ押しで制圧するってことかな!?
よく知ってるよ、本人ですもの。
「それは重畳。こちらもまさか、自立し喋られるヒューマンにお会いできるとは。件の日以降、初ですよ。」
「こちらのフリオ様は、当研究所の出資者様なんですよ!!」
本人が言っていない情報をバンバン出していって大丈夫なのだろうか、このおしゃべり眼鏡は。
ちらりとアミナさんを見れば、額に手を当てため息をついている。
上司がクソだと、本当大変だよね!!
「セイジさん…と、お呼びしても?」
「ええ、どうぞ呼び捨てでも何とでもお呼びください。」
偉い人には全力で媚びる。
それが社会人生活6年目の俺の処世術だ。
フリオさんがコツコツと踵を鳴らして俺に近づいてくる。
その目が完全に目視できるようになった時、やっぱりその青い目に薄らと瞬膜が確認できた。
目の前に差し出された手。
反射的に握手すると、にっこりと胡散臭い笑顔でこう仰った。
「私のことは是非、フリオとお呼びください。」
明らかに偉い人を呼び捨てにできるメンタルはない。
「よろしくお願いいたします、フリオ様。」
「…様?」
「フリオ…さん?」
正解だったようで頷かれる。
「女神が降り立ち、未だにどのような方法かは分かりませんがこの地の奥深くにある核に衝撃をお与えになりました。それ以降、魔素排出が不安定になり魔術の適性があった者たちでさえ、以前のようには魔術を使えなくなりました。焼けた大地の火を消すことさえできず、全てが焼け落ちた後…」
繋いだままの手が引かれフリオさんのそばにぐいっと近づけられると、俺としっかりと目線を合わせ言った。
「この世界からヒューマンと、そのヒューマンを家に囲っていた者たちが消滅しました。」
ヒューマンが消滅した?
「忽然と消えたのです。ヒューマンと関わる者全て。」
ヒューマンを家に囲っていた者たちは、おそらくリバクロのプレイヤーだ。
Wストレージとして、プレイヤーのヒューマンは動けない。
でも、俺みたいなジョブ選択をミスったけれどキャラクターを作り直すのもあれでそのまま使っている人だって本当に少ないけれどいたはずだ。
それにNPCでヒューマンだっていたはずだ。
プレイヤーが消えたのはサービス終了したから。
じゃあ、NPCが消えたのは?
この世界がリバクロの世界だとしたら、この目の前にいるフリオさんも、おしゃべり眼鏡もアミナさんも、みんな扱いとしてはNPCだ。
「魔術が今までのように使えなくなったとしても、未だ魔素はゼロではない。適性の高いエルフや妖精族ナンカラは未だに魔術が使えます。」
思わずセルフィオーネさんを見ると、彼女は頷いた。
「魔術を発動するための魔素の流れは感じるんです。でも、発動しない。発動してもすごく、弱いんです。」
俺はギルドメンバーのアカツキが、えげつない高火力なやつをバカスカ乱発しているのを思い出した。
魔術適性が高く使えない術はほぼないエルフ。
「さっきやった『鑑定』だって、本当は相手のことが何でもわかってしまう魔術のはずなんです。でも、こちらに有害な何か持ってないかとか、そんなことぐらいしかわからない。」
やっぱ、ばっちい扱いじゃねぇかよ!!
ていうか、あの手のひら向けてきた完全防護服、こいつだったのかよ!?
「魔素を増幅させる研究や、魔素の消費量を減らす研究などもされています。ですが、私たちがやろうとしているのは、失われた古代技術の再興です!」
まるで現代の環境問題のようではないか。
するとこの研究所は差し詰め、産業革命前の生活様式を研究しよう。とでも言ったところか。
「古代技術と言えばヒューマン!!」
「そうだね、ロストテクノロジーだね!!」
フリオさんもノリノリで合いの手をいれる。
「ではまず、ヒューマンを復元しようかと!!」
「ヒューマン復元したら、ワンチャンあの日なにがあったのかとか色々聞けるおまけ付きだしね!!」
「…え、復元?」
頭の中で、琥珀の中にいる蚊の蓄えた血液から、恐竜を復元する映画がよぎりました。