29 やっぱりものの価値がずれてるわけで。
俺はアイテム所持枠内、ビーノのフォルダを選択。
中にちゃんと初級から上の方のランクの教本に初級鍛治師用の器材があることを確認した。
原石や鉱石みたいな石製品とコットンフラワー、皮みたいな布製品が同じ器材で加工できるのもおかしな話だが、この初級鍛治師セットさえあればできる。
VRだと一々器材を揃えるのも大変そうだ。
こちとらさすがに所持枠4つを消費するが、これさえあれば大丈夫だもんな。
『セイジ:ジキル、トレード出すから、所持枠5つ空けて。』
ジキルの顔が青くなった。
空き、ないんだな?
『シズ:私も空きない。』
『ジキル:だってぇ…。』
ジキルの所持枠の内訳が心配です。
もしかしなくても、枠ギリッギリまで装備品か?
しかもヒューマン用の紙装甲の?
『セイジ:じゃあ預かっとくから、1Gで申請出して。』
『トレード
申請者:ジキル
メタモルフォのワンピース
メタモルフォのハーフボンネット
メタモルフォのパニエ
メタモルフォのおでこパンプス
メタモルフォのイヤーカフ
対象者:セイジ
1G』
即、許可する。
メタモルフォは青ベースに黒の差し色が入った綺麗な蝶で、その加工品は人気がある。
確かにWヒューマン用の装備として一時人気だった。
だが、このメタモルフォ、錬金術師の力を使うと一味違う素材になる。
なんと、月の光を浴びると虹色に輝くのだ。
そして、Wヒューマンは外に出ないから全く意味がない。
μがメタモルフォの違う装備を付けていた時、夜にちらっと着ただけですぐに違う装備に変えていたのはいい思い出だ。
加工、面倒くさかったんだけどな!!
そんでたぶんμから貰ったものの中に、あの羽衣あるな!!
だってあいつ、「売れないww」って言ってたもんな!!
「大事なものだからセイジが持ってて。」
照れ臭そうにジキルが言う。
「メタモルフォ、加工できたんだな。」
「まぁね。」
この蝶、加工には最低でも上級に一歩手前ぐらいのランクは要求される。
それでフル装備を作ったのだ。
なかなかの腕前なのではないだろうか。
「一眼見てどうしても欲しくて、頑張ってランク上げたんだ。」
「…やるじゃん。」
「へへ。」
ジキルの頭を撫でると嬉しそうに、だけど照れ臭そうに笑った。
ウサ耳もぴくぴくしている。
「ねぇ!? 今度はメタモルフォって言った!?」
いつだって空気をぶち壊すのはアミナさん。
半ば呆れたようにそちらを見ると、アミナさんの目はマジだった。
「メタモルフォって言ったわよね!?」
その勢いにビビりつつもジキルが頷く。
「メタモルフォは! もう、商取引が全面的に禁止されてるの! そんっっっぐらい貴重なのっ!!」
商取引が全面禁止って象牙かよ。
「旧世代に作られたやつは竜人たちが手放さないっ! でもモルフォブルーは憧れだから、フェイクモルフォが私たちのお馴染み!! でも、そのフェイクすら高いっ!!」
「あ、持ってるだけでまずい感じ?」
「そう言ってるっ!!」
ふーふー肩で息をするアミナさんの情緒が心配です。
シズもすごい顔をしてアミナさんを見ている。
こんな大人、見たことなかったんだろう。
「ねぇ、アミナ。メタモルフォも絶滅したの?」
ジキルがそう聞くとアミナさんは首を横に振った。
「一応はいる。でも、もう自然界にはいないわ。ナバール様の研究所で大事に大事に育てられてるの。」
あ、これわかった。
増やしていつか自然界に戻そうとか言ってたけど、戻したら戻したで環境破壊になるとかいって頓挫したやつだ。
「メタモルフォがいたのって、テニアのそばの森だよね?」
ジキルに確認すると頷く。
「ギルドハウス近いからゴリ押しで採取したもん。」
鉱山都市のお膝元の森には、俺も採取でちょいちょい行った。
テニアは鉱山都市が近いこともあって鍛治師のプレイヤーが多かった。
「セイジはトルミラだから、狩場どこ?」
転移門がありどこへでも行きやすいが、そばにこれといって強い狩場のないトルミラ。
「どこへでも。基本ソロだし。」
「ほへぇ〜…さすが金持ちギルド。」
ジキルは俺が転移門を使っていると思っているのだろう。
実際は自前の翼で飛んでいたわけだけど。
フリオさんには話したけれど、アミナさんもいるしメインキャラがドラゴニュートだったのはここでは言わない方がいいだろう。
「って、だからメタモルフォに回復薬! どういうことなの!?」
放っておいたアミナさんがまたはしゃぎはじめた。
面倒だったので俺はそれを一瞥すると、ジキル相手にトレードを開いた。
『トレード
申請者:セイジ
初級鍛治師の教本
初級鍛治師セット
対象者:ジキル
1G』
すぐさまジキルが承諾し、トレードが完了する。
「あっちの方にコットンフラワーがあるみたいだから行こうか?」
そうジキルに言うと、ぱぁっと顔を輝かせて俺の腕にしがみついてきた。
それを見て、シズも反対側の腕にぶら下がる。
「私もいく。」
3人でそのままさっき見つけたコットンフラワーの群生地に行く。
アミナさんもぶつぶつ言いながらだけれど後ろからついてきているようだ。
「セイジ、どうやって見つけたの?」
シズかそう尋ねてきた。
「『索敵』ってスキルを元から持ってたからそれで対象をコットンフラワーにして探したんだよ。」
「私もスキル欲しい。」
そう、2人ともWストレージだった影響で『ストレージ』という固有の常時発動型スキルはあるものの、それ以外はさっき教本でいれた『調薬』と『鍛治』しかない。
「ジョブに関わるのだったらレベルが上がると自動で覚えるけど、それ以外はスクロールだよね?」
リバクロではスキルを覚えるのに使うスクロールというアイテムがあった。
別に魔術の素養がなくても使える魔術系のスクロールは高ランクの魔術師なら作れたが、そもそも俺たちに魔術は使えそうにないからこればっかりは俺が元から持っていたやつとアカツキから貰ったスクロールに頼るしかない。
問題はそれ以外のスキルを覚えるためのスクロールだ。
「ドロップでもらえるか、ショップで買うか…だよね? あると思う?」
「ないと思う。そもそもそのショップがたぶんない。」
そう答えるとジキルは顔を顰める。
「…じゃあ普通に覚える? 何回も練習して覚える?」
シズの目はどこまでも澄んでいた。
「そうだね。リアルと一緒。できないこともできるようになるまで練習するしかないね。」
「うん、練習する。」
そう言って、俺の腕に顔をぐりぐりと擦り付けた。
「まぁ、生産系ジョブ使えるだけありがたいよね。」
「そーそー。…もう読んだ?」
「ばっちり。」
これはコットンフラワーを得たら速攻やってくれそうだ。
俺もスキルを試したいし。
「むぅ、綿花だと薬師やることない。」
拗ねたようなシズにそんなことないよと教える。
「薬師は染料の調薬ができるはずだよ?」
「布、染めるの?」
「染めたら好きな色の服着れるし! 絞れば模様つけられるよ!」
「おぉ…藍染みたいなやつ?」
「そう、それそれ。」
2人は俺を挟んでキャッキャし始めた。
よく考えたら、いつ敵が出てきてもおかしくない所でこんなまったりしていていいのかなぁとも思うけれど、護衛のアミナさんもいるし、トルミラ周辺なら俺1人でもなんとかなるからいいやと思った。
「コーヒーとか紅茶とか野菜でも染められるってみたことある。…でも、ミョウバンいるはず。」
「あー色止め? スキル使えば大丈夫っしょ。あと、薬師の染料舐めすぎ。」
キャッキャする2人をよそに、アミナさんをチラッと確認する。
「え…本当にあっさり布作る気なの? え…本当に?」
あ、やっぱり布作るの大変なんだ。
「手作業の布っていくらすんのよ…しかも染める? …払えるかなぁ。」
そんでやっぱり高いのか…。