26 歪な世界
「ジキルが鍛治師、シズが薬師、そして俺が錬金術師をしていましたが、今この作られた体でどこまでできるかはわかりません。ですので、とりあえずやってみようかと思います。」
そう言うとジキルもシズも頷いた。
どこまでできるかなんてわからない。
それでも、俺にはこの2人をこの世界に残させた責任がある。
この2人を立派に育てて見せる。
そう決意を固め2人の顔を見ると、2人は俺の目を見て頷いてくれた。
そう、俺は1人じゃない。
そんな空気をぶち壊したのはフリオさんだった。
「じゃあ、研究所でも建てようか。」
資金なら任せろと言わんばかりの笑顔だ。
助かるよ? 正直助かるよ?
作ったものを買ってもらえなきゃ採算取れないわけで、生活も立ち行かなくなる。
でもさ?
これ、そんなお散歩にでも行こうか。みたいなノリで言うことか?
「御主人様、研究所ではなく、ジキルのテーラーを希望いたします。」
アミナさんがそう挙手しながら言う。
おもっくそ不純な動機が隠しきれていない。
「彼らのこれからの生活を考えれば街に溶け込む必要があるかと。」
続くまともな理由に驚いていると、フリオさんが困ったように笑った。
「それも必要なことだけどね…セイジさんたちの知るものの価値と現在のは大分乖離している。それに何を出したらまずいかさえわからないだろうしね。」
バルゾフさんも同意なのか頷いた。
「素材を得るにしたって分布も変化しているし、モニュートのように絶滅してしまっているものもいる。」
確かにリバクロプレイ時のようにほいほい素材集めにはいけないだろう。
機動力も違うし、何よりゲームのように死戻りなんてできない。
そもそも街の場所も変わってしまっているかもしれない。
まずは死んだら終わりの状態で分布を把握することから始めなければならないのだ。
「それに、扱うものがものです。下手に動けば竜王国に接収される可能性があります。」
「あちらの王族に動かれると私も庇いきれないかもしれない。」
竜王国。
リバクロ内ではドラゴニュートの国として存在していたが、その国自体は実装されずに終わっていた。
名の通りドラゴニュート、竜人の王が治るドラゴニュートのための国だ。
「基本的にこちらの陸地の領主をしている者は、王族の分家にあたるんだけどね。」
王がいて領主がいるということは封建制度があるんだろう。
領主は領土を治め、王に税を支払っているということだ。
「税収が多いこともあってリムザを治めるイオラは現王のお気に入りでね…。」
あ、嫌な予感がする。
「イオラ様に想いを寄せられるぼっちゃまは現王に目の敵にされております。」
はい、確定。
痴情のもつれに巻き込まれる予感しかしない。
「私たちは同世代でね。子供の頃からそんな感じで…うん、距離を置きたい感じなんだけど、200年前に現王に代替わりしてね…風当たりが強いのなんの。」
フリオさんの笑顔は疲れ切っている。
「竜王国でハンターを見かけたことはなかったけれど、セイジさんは行ったことがあるかな?」
「いいえ、ないです。」
俺が答えるとフリオさんは頷く。
「…やはりか。例の件があった時も竜王国は全く被害がなくてね。あの辺りの植生だけは変わってないんだよ。」
ドラゴニュートの国のそばって聞くだけでいい素材がとれそうだ。
リバクロでも皆で実装を待ってたんだけどな。
「え、じゃあその…王様? に、目をつけられないようなものじゃないと作っても売れないってこと?」
ジキルの質問にフリオさんが頷く。
「そうだね。だから、君たちに作ってもらったものは流通させられるものと裏で流通させるものになる。」
「裏って言うと…領主をドラゴニュートが務めていない場所がメインですかね?」
「そうなってしまうかな?」
もう、そんなの鉱山都市のドワーフしかいねぇじゃん。
エルフはアレな感じ。
妖精族はどこかで独自コロニーを築いて引きこもり。
で、ドワーフ?
酒浸りでものを作らなくなったドワーフ?
「酒しか売れなそうですね…。」
フリオさんは困ったように笑った。
「それでもね、仲間の領主とは君たちの作ったものを内々に売れたらと思っている。」
ということは、大々的に商売はできない。
街に暮らす獣人相手の商売くらいしか、俺たちが直に金を稼ぐ術はないということだ。
「じゃあ、薬師の方で、毛並みを整える保湿剤とかそういうのを売ればいいんじゃない? 薬用と処方薬って大分違うんだから。」
ジキルの発言に皆そちらを向く。
「ドラゴニュートだったら、誇るのは毛並みじゃなくて鱗でしょ? 獣人相手って考えればなんとかなるんじゃない? 僕も獣人向けの服作るし。」
『ジキル:異世界転生した女の子、だいたいハンドクリーム作ったり、服作ったり、スイーツ作ったりしてるからいけるかなって。』
身も蓋もない個別チャットにちょっと笑ってしまった。
確かにそれ系で経済無双している転生令嬢ものはよく見る。
そして、やっぱり反応したのはアミナさんだ。
「ジキル、どういうこと!? 尻尾のお手入れに保湿剤はマストなの! でも、香りが良くても手触りが悪かったり痒くなるのもあって…。」
「肌に合わないってのはあると思う。医者の処方薬だったら変なもの入ってないから…。」
「医者って何よ!?」
うん?
そう言えば、この世界、回復薬がリバクロのプレイヤーが作ったやつのストック頼りで、エルフの薬は使えないって言っていた。
ならば、怪我をしたり病気になった時はどうするんだ?
「え、病気になったらどうするの?」
「寝る。エルフの薬を買う人も中にはいるけど、殆どがマリム草とかエルギー草とか薬草を食べるのよ。」
マリム草もエルギー草も確かに初級回復薬の材料だ。
だが、それをそのまま食べる?
よくわからなくて頭を捻っていると、シズが言った。
「この世界、歪。あの研究所みたいに発展しているものと全く発展していないものがある。魔術に頼って発展しなかったのかな?」
言われてみれば確かにそうだ。
リバクロの時はまさにファンタジーの世界だった。
魔術に魔道具、そういったものが溢れていて、現実世界のように科学技術は存在していなかった。
それが今のこの世界、タブレットPCのようなものを使い、俺が入れられていたタンクだって魔術とはかけ離れたものだった。
歪に科学や工学が発展している途中の世界。
それがこの世界なんじゃないだろうか。
「ハンターたちの初級の回復薬のレシピはわかっているんだよ。けどね…再現ができないんだ。教えてもらった通りの手順で作っても、出来上がるのは薬草をすり潰した汁。それに、私たちが望んだ回復の効果はなかった。」
「こうなった時はこの草…とか、そう言うのはあるの。でも、必ず治るかって言われるとそう言うわけじゃない。」
フリオさんの顔もアミナさんの顔も暗い。
「そもそも、ドラゴニュートに怪我も病気もほぼないのが問題なのですよ。」
外傷など数日寝ていれば治る。
そう言ったのはバルゾフさんだ。
「だから私たち、竜王国にいないドラゴニュートは自領で皆、何らかの研究機関を持っている。私もあの研究所以外に薬の研究所を持っている。」
これは、ドラゴニュートの中でも人間関係が面倒くさそうだ。
「じゃあリムザって…。」
「いくつもの研究所があるよ。その中でも新たな回復薬を開発している研究所は目覚ましいものがあるね。あの子はやり手だから。」
じゃあ、その領主のナバールさんって人に、フリオさんのご執心なヒューマンってばれてもまずくて、高品質な薬を作れることもばれたらまずいってことか?
「セイジさんが上級回復薬を作れるのを知ったら、まず引き抜きにくるね。」