23 新たなドラゴニュート、新たな…
「君はそれで…いいのかい?」
フリオさんの目は俺を心配しているようだった。
「何を失ったかもわからないんです。そもそも、失ってないかもしれない。それもわからない。だから、…今はいいんです。」
そう言うとフリオさんは黙って目を閉じた。
「とりあえず、お話ししなければいけないことははなしおえました。何かご質問は?」
香炉に目をやると効果時間にはまだ少しだけ余裕がある。
「…何ができるかは試してみないとなんとも言えない。それでいいかい?」
「ええ。」
「…なら、やれるだけ試してみてくれ。君が思っている以上に、あの失われた技術たちはこの世界が切望するものなのだよ。」
「….心に刻んでおきます。」
フリオさんが俺の目を見る。
「もう1人の君はどんな人だったのだろう?」
カップの中の紅茶を飲み干し、俺は答えた。
「普通のハンターです。種族はドラゴニュートでした。」
「そうか。」
満足そうにフリオさんも飲み干すのを確認すると、俺は香炉を解除した。
シズとバルゾフさんはこちらを見ていた。
俺たちが座って紅茶を空にしているのを見て、バルゾフさんがお代わりを入れてくれる。
「お話し、終わった?」
シズが俺の横に座った。
「うん。終わった。」
「なら、よかった。」
温かな紅茶がカップに注がれるのをぼんやりと見る。
「とりあえず、色々作ってみるかって話になったよ。」
シズはそれを聞いて自分の指先に視線を落とした。
「…できる、かな?」
「一緒に頑張ろうよ。」
「うん。」
穏やかな空間。
バルゾフさんもおそらく何か聞きたいだろうに何も言わない。
フリオさんも穏やかに笑ったままバルゾフさんに言った。
「バルゾフ、この3人にいかなる手を出すことを禁ずる。」
「…さようでございますか。」
「セイジさんと約束したんだ。この3人の心体の自由を保証すると。」
バルゾフさんがこちらを見る。
視線が何してくれてんだこのガキと言わんばかりにきつかったが、それにシズが舌を出すと呆れたようにフリオさんに視線を戻した。
「バルゾフが私の預かり知らぬところで彼らに手を出すと、私に神の雷が落ちるからね。」
それを聞くとバルゾフさんは少し眉を顰めた。
そりゃそうだ、自分なら雷に耐性あるもんな。
あれ、でも『契約』破った場合って耐性関係あるんだろうか。
それよりもだ。
ずーっと気になっていることがある。
「シズ、ちょっと聞きたいんだけど…。」
何?と言わんばかりにシズがこちらを見る。
「あの人らは…ずっと…あぁなのかな?」
そう、ジキルとアミナさんだ。
今はどこからか持ってきたメジャーでアミナさんの採寸をしている。
「驚くことにずっとでございます。」
おもっくそ眉を顰めたバルゾフさんが教えてくれた。
「ぼっちゃまの気配が消えてもずっと、あのままでございます。」
フリオさんも呆れたように笑っている。
「リムザの領主館って言ってたからね。アミナも気合が入っているんだよ。」
そう言えば、ジキルに合コン用勝負服をオーダーするとか言ってたな。
「リムザって…あの港町ですか?」
「そうだよ。」
港町リムザ。
このトルミラから少し離れた街で、その周辺にある群島には固有種がいたりとれたりしたものだからよくお世話になった。
前のヒヒイロカネがもらえるイベントも、リムザの町からの直行便の船で行く島であったやつだ。
イベントの終了と共に海の中に消えたけど。
「あそこもかなり焼けたけれど、復興がかなり急ピッチで進められたこともあってこの辺りでも有数の大きな街だよ。あそこの領主とはあまり仲良くないんだけどね。」
また嫌なこと聞いた。
どうせその領主もドラゴニュートなんだろ?
俺の視線に気付いたフリオさんはカップを傾けながら、片眉を上げて笑う。
「ドラゴニュートのイオラ・ゼム・ナバールってやつが治めているよ。」
はい、ドラゴニュート3体目。
群島には採取に行きたいし、大きい街ってのも見てみたいけれど、フリオさんと仲が悪いドラゴニュートとか嫌な予感しかしない。
「ナバール様はぼっちゃまにお会いになる度に求婚なさっておいでです。」
「…あ、さようですか。」
「さようでございます。」
バルゾフさんはいい笑顔だ。
対してフリオさんの顔は優れない。
「求婚されるくらいなら、仲悪いわけじゃないんじゃないんですか?」
「セイジ…違う。拒否してるのに何年も迫るってくるの怖い。」
「…あー。」
そりゃきついかもしれんが…まぁ、そのナバールさん次第だけれど。
「ナバールさん? って、どんな方なんですか?」
フリオさんに聞くのはあれなんで、バルゾフさんに聞く。
「ぼっちゃまのはとこにあたる、お綺麗な方ですよ。」
はとこってことは祖父母が兄弟か。
バルゾフさんの審美眼があれじゃなければ、美人ならいいじゃんかとちょっと思う。
「400年ほど求婚し続け、ぼっちゃまに対抗して旧世代遺物の研究所をお作りになるぐらいパワフルですが。」
ん?
400年?
「…粘着質?」
シズがボソッと言うと、フリオさんがぶるっと震えた。
「イオラは…うん、会えばわかるよ。…会いたくないけどね。」
「ナバール様はぼっちゃまが興味を惹かれるもの、全てを壊そうとなさいます。」
今、すごい怖いことが聞こえた気がするんだが?
「え、破壊? なさる?」
バルゾフさんが頷く。
ちょっと認めたくなくて、フリオを見ると、フリオさんも頷いた。
「私がヒューマンの技術に興味があることを知ったら『いなくなって本当によかった。』と笑顔で言ってくるんだよ? 研究所を作ったのも、私より先に解明すればその興味の先が自分に移るって言ってくるんだよ?」
シズが俺の腰に抱きついた。
「あの…俺たちがヒューマンってバレたら…。」
「…かなり危険かと。」
バルゾフさんは真剣だ。
「リムザ、行かない方がいいなぁ…。」
「おすすめはいたしません。」
「あそこから行ける群島にいい素材いっぱいあるのに。」
前は飛行能力のあるドラゴニュートだったから飛んで行けて楽だったが、今は船に乗るしかない。
島の行き来に一々船を待つのもダルいし、チャーターして待っててもらうのもGが半端なく飛んでいきそうで嫌だ。
それに、命大事にだしな。
「それに、あそこの研究所もサルベージに成功したって話なんだよね。」
耳慣れない言葉に頭を捻ると、シズが発言した。
「私たちみたいなのがいるってこと?」
「…ただ、体は復元できなかった。そう聞いている。」
今度はシズも俺と一緒に頭を捻った。
「…それにヒューマンではないらしいともね。」
「ヒューマンしか復元できてない。って話じゃなかったんですか?」
確かセルフィオーネさんがそんなことを言っていた気がする。
「うん、セルフィオーネくんの研究所ではヒューマン以外の培養に成功していない。彼女、あれで優秀だから。」
俺の脳裏でエヘヘと頭をかくあのうっかり眼鏡が笑う。
あいつ、あれで優秀なのかよ。
研究分野にステ振りすぎて、他が疎かになってる系なのかよ。
「まぁ、とりあえず、肉体を持った君たちは…イオラの所に注目されるだろうね。」
「そして、ぼっちゃまのお気に入りとばれたあかつきには…。」
嫌な予感しかしない。
絶対リムザにはいかない。
俺はそう固く誓った。