15 子どもたちの闘い
平和な国に生まれたもので殴り合いの喧嘩もしたことがなかった。
そんな経験なんてゲームの中でしかない。
PvP嫌いだったなぁなんて思いながら、キツネ眼鏡を観察する。
ゲームの世界の人なのに、本当に戦闘経験なんてないみたいだ。
元からキツネ獣人自体があまり戦闘向きな種族じゃないことを考慮しても、まるで日本の社畜のようだ。
狐は目が悪いから眼鏡をかけているのかもしれないが、随分と猫背だ。
両肩が内側を向いていて、首も前に突き出している。
獣人とは言っても完全な獣化できる人が稀で、ほぼこのキツネ眼鏡と同じように人型に種族特性の耳と尾を持っているのが殆どだ。
目に見えないところだと、獣人特有の身体強化と種族ごとに特別な能力があるくらい。
その能力もキツネは確か獣人の中でエルフほどではないが魔術が使えるということだった。
それらの優位性も魔素の少ないこの世界ではない。
ならば目の前のキツネ眼鏡は耳と尾さえ目をつぶれば、ただの運動する習慣のない社畜にしか思えない。
フリオさんからもう指示は出ているんだ。
やらなければやられる。
その思いで、俺はローブの中そっと扱い慣れたナイフを取り出した。
石畳を汚すことがないように準備していたのが幸いして周囲は綺麗なものだった。
手持ちにあった血抜き用の布がいい仕事をしている。
それで拭ったナイフも即、所持枠に戻した。
切り裂いた首に巻いたままの布だけが残っていた。
そこではたと気づく。
この死骸、どうするんだ?
死んでさえいればアイテム扱いになるとは思うけれど、それもどうなんだろう。
とりあえず収納しておこう。
死骸が見つかるのもまずいが、この布もまずいだろう。
思ったより冷静な自分に驚いたけれど、あの子たちにこんなことさせないで済んで良かったと思った。
これがアサシンのスキルの1つ『冷静沈着』の効果なのだろう。
リバクロ内では対象に気配を察知されないという能力だった。
『●■※:セイジさん、こちらの手のものを送りますので、彼女と一緒にこちらに来ていただけますか?
2人は無事、こちらで保護しています。』
できる男、フリオさんからの個別チャットだ。
俺が真っ先に聞きたいであろう2人のことも教えてくれる。
いい加減名前の文字化けをどうにかしないと不便だなぁと思っていると、例の研究所から付いてきていた人が動いた。
こちらに音もなく近付いてくる。
そちらに目を向けると、そこにはあの赤茶色のネコ耳、間延びした喋り方のアミナさんがいた。
「セイジさん、ご無事で。」
そしてやっぱり喋り方は間延びしていない。
「我が主人の元にお連れします。」
さっと踵を返す動き方がやっぱりどこか猫っぽい。
あと、フリオさんのこと我が主人って言った。
後ろを黙ってついていくと、こちらを見ずに話し始めた。
「あとで先程の遺体、こちらに引き渡していただけますか?」
「何故?」
聞き返すと黙ってしまった。
信用できない人と交渉する気はない。
まあ、フリオさんは別だけど。
「…そうですよね、私、信用ないですものね。」
「そうですね。」
慰めの言葉なぞかけぬ、火の玉直球ストレート。
現状、あなたと交渉する気はこれっぽっちもありません。
それを汲んだのか、アミナさんはちょっと顔を顰めてみせた。
「他種族にネコとウサギの獣人はウケがいいんですよ?」
「でしょうね。」
歩みを止めない彼女に合わせて俺も歩みを止めない。
「…ヒューマンがこんなに交渉しにくいとは思いませんでした。」
おや、泣き言。
こんなもので絆されていたら営業なんてできないわけで。
「お褒めに預かり光栄です。」
「褒めてませんけど…。」
薄らとわかってはいたが、俺とアミナさんの相性はよろしくないらしい。
赤茶色の毛をした緑の目の猫はかわいいだろうに、アミナさんのこの食えなさはちょっといただけない。
そのままアミナさんについて歩き、一際大きな屋敷の裏、使用人用の出入り口から中に入る。
たぶんフリオさんのお宅なんだろう。
バカ高くて俺みたいな小市民にはけつがむず痒くなる。
不思議なことにどこでも誰にも会わない。
こんな大きなお屋敷なら、執事さんだのメイドさんだのいそうなのに。
そのまま誰にも会わず階段を昇り一際大きな扉の前に着くと、アミナさんは止まった。
「セイジさんをお連れしました。」
その声と共に扉が開く。
「どうぞ。」
フリオさんの声。
アミナさんに促されるまま室内に入ると、中央の大きなテーブルセットにフリオさん、その向かいにジキルとシズが座っていた。
テーブルの上には紅茶とお菓子。
それに手をつけた様子はなく、2人は身を寄せ合うようにしてそこにいた。
「ジキル、シズ、ただいま。」
そう言うと、すっ飛んできた何かが俺の腹にぶち当たる。
一瞬息が止まりかけたがなんとか踏ん張ると、それはシズだった。
「…心配、したんだからな。」
ジキルが泣きそうな声でそう言った。
俺の方に近づいてくると遠慮がちに抱きついてくるものだから、そのままシズと一緒に抱きしめた。
すんすん音が聞こえるので泣いているのだろう。
「どうにか2人に安心して待っていて欲しかったんだけれどね。…この通りで申し訳ない。」
よく見れば2人用なんだろう服を用意してくれたりもしていたようだ。
テーブルの上のお茶菓子も、用意されたちゃんとした服も、2人は手を出さず俺を待っていた。
「…心配かけて、ごめんね。」
2人の頭を撫でながらそう言うと、腰のあたりに鈍い痛み。
シズが殴っているようだ。
「僕たち…セイジしかいないんだからな!?」
シズも頷く。
俺の服を掴むジキルの指が震えていた。
異世界転移してすぐ馴染めるようなメンタル俺にはないし、この子たちにだってないんだろう。
神様がチートな能力を授けてくれたわけでも、勇者として召喚されたわけでもない。
ただ、学術目的で復元された俺たち。
俺も来たいと思って来たわけでもない。
2人がなぜ残る選択をしたのかは知らない。
それでも、俺には2人をこの世界に残してしまった責任があると思う。
「大丈夫。君たちが望む限り、俺は一緒にいるよ。」
案外すぐ馴染むかもしれないし、おっさんうぜぇってなるかもしれない。
それでも、嫌だって言われるまで一緒にいよう。
「…約束。」
「…約束だからな。」
なんか信じてもらえてないみたいで笑えて来た。
そうしたらシズにまた殴られたけれど、それもまたいい。
「…素晴らしい、なんと美しいまるで家族愛じゃないか? なぁ、アミナくん!」
「…御主人様、申し上げにくいのですが……全方位に残念です。」
その声に3人揃ってそちらを見ると、感涙しているフリオさんと呆れたようなアミナさんがいた。
「なぁ、…あのドラゴニュート、ちょっとおかしくないか?」
ジキルが小声で囁いて来た。
非常に答えにくい。
「…フリオさんは浪漫紳士なんだよ。」
よくわからないと言わんばかりの不満顔にどうしたもんかと思っていると、先程からフリオさんの斜め後ろに控えていたザ・老執事がひっそりと言った。
「…おぼっちゃまは浪漫の求道者にございます。」
しゃべったのもびっくりだったが、言ったことにもびっくりだ。
おぼっちゃま? 500オーバーのフリオさんがおぼっちゃまってことは、この人もドラゴニュートか?




