10 覚醒か消失か
問題は山積みだ。
この茜ちゃんの顔をしたロボットっぽい女神様アーケインを起動させる。
それには周囲を覆う水晶をどうにかしなければならない。
ただ、掘削するにも魔術には頼れないから、物理一択。
物理でいくには工具の強度不足。
求められるレベルの工具を作るにはドワーフが使えない。
ならば自分で用意するしかない。
とは言っても、俺はリバクロで鍛治をしたことがないし、そもそもリアルの鍛治もテレビでちょこっと見たことがあるレベル。
VR顔負けのこの世界でどうにかできるとも思えない。
かと言って、持っているアイテムを出すのはとてもまずい。
正直、1人でどうにかできる問題じゃないと思うんだ。
誰かに相談したいし、一緒に考えてもらいたい。
さすがに誰も信用できない状況でこの人生綱渡りモードはしんどすぎる。
落ちたらおそらく良くて監禁、悪くて解剖、もっと悪くて実験台。
なんて嫌な3段活用なのだろうか。
あと、あの2人のメインキャラが鍛治師ジョブの可能性もあるし。
ただ、あの研究員たちの前で話しかけるのもなぁ…。
なんて思っていたら、動けない喋れない生ける着せ替え人形ことWストレージの特性を思い出した。
チャットなら見れるかもしない。
書き込みはできないけれど、チャットで話しているのは見える。そう聞いたことがある。
個別チャットなら他人に見られる心配もない。
「フリオさん、どうなるかわかりませんが、復元体に接触してみてもいいですか?」
そう尋ねると、待ってましたとばかりに頷く。
「俺だけじゃわからないことも、あの2人と一緒だったらわかるかもしれませんし。三人寄れば文殊の知恵ってやつですよ。」
「もん…もんじゃ? 昔ヒューマンの店で食べたことがあるよ!」
ちげぇ。
あと、誰だそんなことやってたやつ。
俺が遊んでたサーバーにはいなかったぞ。
でもなんか火耐性が上がりそうでちょっと気になる。
フリオさんと研究所に戻ると、研究員たちがいくつかのグループになってざわついていた。
顔を見せたフリオさんに安堵の表情を浮かべるのと、こちらに敵対心を持ってるっぽいので半々。
セルフィオーネさんはもちろん安堵組だ。
この人は敵にはならなそうに感じるが、いかんせんおしゃべり眼鏡だ。
大事な内緒話ができないのでちょっと信頼できない。
「皆、私の心からの説得により、セイジさんが復元体の起動に手を貸してくれることになったよ!」
フリオさんが声を張り上げると、一応拍手している研究員と喜んでいる研究員がやはり半々。
例のキツネ眼鏡、ヨルハ主任って言ったっけ?彼は喜んでいないグループ筆頭のようだ。
セルフィオーネさんは喜んでいるどころじゃなく、こちらににじり寄ってはしゃいでいた。
「行き詰まったところに新たな目! まさに神の手! あなたが神か!?」
はしゃぎっぷりが異常だ。
やっぱり、森と共に生きて魔術を操ってないからこんなになっちゃったんだ。と、少しだけ思った。
復元体のいる部屋とこちらを分けるガラスの前に立つ。
そこには相変わらず、微動だにしないWストレージ。
彼らはいわゆるアバターだ。
実際の中の人がこの外見のままとは思えない。
出来れば面倒くさくない人がいいなぁ、特に薄水色頭の男の子の方。
今ここで1番信用できるし、1番強いし、1番金を持っているフリオさんに頼んだ。
「これから2人に声を掛けてみます。おそらく、俺は無防備になりますので、誰も俺に触れないよう守ってもらえますか?」
「あぁ、喜んで。」
さすがドラゴニュート、頼りになる〜。
「私もお守りします!!」
セルフィオーネさんには期待してない。
気を取り直してガラス向こうの復元体をもう一度見る。
そして両目を瞑ると、俺は頭の中で『契約』をした時のようなウインドウを思い浮かべた。
案の定、グループチャットは組めなかった。
相手はWストレージ、承諾もできない。
ならば取る手段は個別チャット×2。
公開チャットだと他の人に見えるかもしれないし、そもそもこんなことできるってバレるの面倒くさいしね。
『初めまして、自分はリバースクロニクルオンラインをプレイしていた、一プレイヤーです。このキャラの本来の名前ではありませんが、セイジと名乗っています。』
もちろん2人からの反応は何もない。
それでも俺は続けた。
『私が言うことを最後まで聞いてから判断してください。
あなた方にはこのままあと数時間で起こる強制ログアウトを待つか、おそらくリバクロのサービス終了後、500年以上経った世界で生きるかの選択ができます。
現在、あなた方が何もできないのは、Wストレージのヒューマンの体に入った状態だからと思います。
500年後の世界はおそらく、あまいものではありません。
こちらで○○パークの恐竜のように復元されたのが私たちです。
そのため、扱いは研究材料でしかありません。
今の私に日本でプレイしていた自分がどうなっているのかさえわかりません。』
隠してもしょうがない。
俺がわかることをできるだけ丁寧にかつ簡潔に述べた。
『もし、この世界に残る意思があるならば、やらなければならないことがあります。
ジョブのストレージを、片方だけ捨ててください。
そうすれば、動けるようにはなりますが、アイテムの所持枠は基本枠の50のみと、残ったストレージジョブの300のみとなります。
持っているアイテムを捨てる必要があるのです。
なお、私たちがゲームで使用していたアイテムは現在高額取引されています。
出し時を間違うと拘束され、最悪殺される可能性もありますのでご注意ください。』
Wストレージの恩恵で、300×2+50で650になると思われる容量は切りよく1000になる。
1000個を350個に減らす。
レアリティも考えるとけっこう大変だ。
リバクロでも、最初350で十分と思っていた層はたくさんいた。
それもすぐ足らなくなるしどこでも出し入れ自由のインベントリ状態になったWストレージはやっぱり便利すぎた。
『ちなみに、生産系のジョブ関連のものがあれば、保護してもらえる可能性があがります。
今、ここにいる1番偉い人はとくに鍛治師を切望しているので、メインキャラ用の教本、作業道具など取っておくといいかもしれません。』
ここで俺は一旦チャットを切る。
目を開けてセルフィオーネさんに聞いた。
「彼らの残り時間はどのくらいですか?」
「あと、1時間はありません。」
そしてまた個別チャット2枠表示に戻す。
『聞こえたかもしれませんが、あと1時間ありません。
それで元の世界に戻れます。
繰り返しますが、この世界は私たちに優しくありません。
この世界は壊れてしまっているのです。』
そう言い終わると、俺はチャットを切った。
聞こえているかはわからないけれど、一応伝えはした。
「…終わったのかい?」
「一応、説明はしました。これで残るか消えるかは彼ら次第ですが。」
フリオさんはガラスの向こうをじっと見ていた。
「…彼らにとって、消失することは幸せなのかな?」
ゲームの世界なんて概念が理解してもらえると思えない。
それでもNPCっぽさをフリオさんにもセルフィオーネさんにも感じない。
この世界がただのゲームで遊んでいた世界とは思えないけれど、それを裏付けるものが多すぎる。
そもそも消失後、リアルに戻れるとも限らない。
「幸せは…人それぞれだと思います。」
そう言うと、フリオさんは苦笑した。
「そうだね…私だってこんなに生きていてもわからないのだものね。」
その瞬間、茶色い髪の初期アバターの子が動いた。