08.冒涜
デスクの一角に腰掛けていた女性がサラ達に声を掛け、歩み寄って来ている。
この女性も、三人の仲間の様だ。
「フラン、お疲れ様。全員無事に連れて来たわ。他にも連れて来る必要のありそうな人間は後日、また調査して連行しましょう」
「出来れば次から近場にして頂きたいです」
「念には念を入れてるのよ、内密に動いてるんだから、怪しまれない様にしなさいよ」
フランという女性にフォルスが不満点を告げるも、一蹴されてしまう。
それでも食い下がらずに、続けて不満を言い続けるのだが――
「承服致しかねますね。本来、僕はこの様な任務を受け持つ立場ではないのですから、せめてこちらの要求も多少は受け入れて頂きたい所存ですよ。恩があるとは言え、幾らこの人間達があのレ――」
「フォルスさん!駄目ですよ!喧嘩も、その言葉も!」
突然、慌てた様子のチェルに止められ、フォルスはハッとした顔を浮かべると同時に、口元を手で隠し、言葉を止めて沈黙した。
そして、手をゆっくりと下げると、今度は不服な顔を浮かべながら頭を下げた。
「――申し訳ありません。危うく口が滑る所でした」
「そうね。そうやって、何処から何が出るのか分からないからこそ、念入りに行動すべきなのよ。特に貴方は私達と違って制限が無いんだから、少しは口を噤んで」
フランは自身のサイドテールの毛先を、指でくるくると回す様に弄りながらフォルスに説教し、同時にチェルに感謝の言葉も掛けた。
「チェル、ファインプレーよ。感謝するわ」
「い、いえ。フランさんも、心中お察ししますが……あまりピリピリしないで下さいね?」
「……抑える様にはするわ」
フランはチェルに何かを諭されつつも、何処か機嫌が悪そうだった。
そして、ふとコザクラ達の方へ視線を向けると、コザクラ達はその眼を見て声を出して怯えてしまう。
「ひぃっ……!?」
眼光は鋭く、邪険なオーラを漂わせていた。
今会ったばかりの、まだお互いに自己紹介もしていない相手に、何故か敵意をむき出しにされて睨み付けられている。
何をした訳でもなく、ただ連れて来られただけの状況で、知らない相手から突然そんな事をされたら、きっと誰でも驚くだろう。
その上、現在の状況も把握出来ていないのだから、尚更の事だ。
「……名乗るだけ名乗っておくわ。冥界の神オシリスの後継神、フランよ。覚えるだけはしておきなさい、人間」
簡潔に名乗りながら煙草の箱を取り出し、中から一本の煙草を抜いて口に咥えると、オイルライターを使って煙草に火を付け、煙草を吸い始めた。
あまりにも印象の悪いファーストコンタクトだ。
「何だこの人……クールな見た目で態度悪すぎだろ……」
「何の断りもなく煙草吸うって、ちょっと失礼じゃないんですかね?」
「ありえないわ~、俺煙草の臭い苦手なんだけど……」
その様子を見ていた者達から、気の悪そうな声がブツブツと聞こえ始めた。
しかし、そんな声によってフランの機嫌もより悪くなり、鋭い眼光と邪険なオーラに拍車をかける事になった。
「どの立場で物を言ってるのよ。貴方達に対する礼儀なんて必要ないし、気を良くするつもりも、好かれるつもりも興味自体も無いのよ。何が面白くて屑の相手をしなきゃいけないのよ。今すぐにでも地獄の底へ叩き落としてやるわよ人間」
先程とは比べ物にならない程の敵意、怒りや憎しみが入り混じった様な威圧感が襲い掛かり、一同をより怯えさせてしまう。
しかも、彼女の仲間である筈のチェルとフォルスですら、その威圧感に震えてしまい、流れ弾が当たってしまった状態だった。
そんな中、唯一平常心を保っているサラが、フランの肩に手をポンと乗せ、声を掛けた。
「フラン、落ち着いて。貴方の気持ちは痛い程分かるけど、順を追わないとどうする事も出来ないでしょう?ここは私が主導するから、貴方は傍で見守ってくれてたらいいわ」
「――そうさせて貰うわよ、サラ」
微かに落ち着きを取り戻したフランは、舌打ちしながらも静かに背を向け、再びデスクの一角に腰掛けて煙草を吸い続ける。
そして、サラが連れて来た人間達に対して、口を開いた。
「さて、そろそろ本題に入りましょう。まずは貴方達人間をこの神界に呼び出した所から――」
「まだその設定で行くの?ウザっ」
「……」
「サラ、僕が先陣を切ります。その後にどうぞ宜しくお願いします」
「……分かったわ」
またしてもメグムに噛み付かれて話の邪魔をされてしまい、危うくサラまでもが怒りそうな雰囲気だった。
それを瞬時に察してか、フォルスが迅速に対応し、代わりに話を続ける。
しかし、それはあまりにも衝撃的で、非日常的で、宗教的に聞こえるような、現実味の感じられない内容だった。
「貴方達を、神の意思を冒涜し、心を壊し、神界・人間界共に甚大な被害を出した大罪人として拘束、処刑させて頂きます」
「……えっ!?」
その言葉の大半は、正直理解出来なかった。
急に知らない場所にいて、同じ状況の人も沢山いて、神と名乗る人達にここまで連れて来られた。
そして今、自分達は神の意志を冒涜したと、心当たりのない事を突き付けられた。
理解も納得も出来ない事ばかりだ。
ただ一つだけ理解出来たのは、自分達が大罪人と呼ばれて、処刑すると言われた事だけだった。
処刑――それは即ち、殺されると言う事なのだから。
「ちょっ、急に何を言ってるの!?処刑って……私達が何をしたって言うの!?」
「そ、そうですよ!よく分かりませんけど罪人だなんて、いくら何でも酷くないですか!?神を冒涜とか被害とか、一体何の話ですか!?」
ユミとコハルが声を荒らげて反論すると、二人につられて他の者達も一斉に反論の声を上げ、怒りを露わにした。
ふざけるな。どういう事だ。そんな言葉が幾つも重なり、ブーイングの嵐となっている。
そんな状況に臆する事なく――それどころか呆れた様子で、フォルスは溜息を吐き、眼鏡を直した。
「まだ話は終わってませんよ。始まったばかりでこの様子では先が思いやられますが……とりあえず、話の途中で退場されても困るので、許可が降りるまでは僕から十メートル以上離れないで下さいね」
ブーイングの嵐の中でも、自分のペースを崩さず流暢に話す。
そして小言を言い終えたタイミングを見計らったかの様に、サラが口を開いた。
「静かにしなさい。処刑とは言ったけど、免除の条件もちゃんとあるわ。それに何より、私達の目的は貴方達を帰す事だとも最初に言ったわ。貴方達にとってそれは最高の結果であり、私達にとってもそれが最善の結果よ。帰りたければ最後まで聞きなさい」
腕を組みながら強く言うと、サラの実力を知ってか徐々にブーイングは治まり始め、落ち着きを取り戻して来た。
「静かになったわね、続けましょうか……私達は神の魂を受け継ぎ、幾千万の月日を生きている事は説明したわね?その私達は、この神界では後継神として生きているけど、人間界では通常通り、人間として生きていて、二つの世界を行き来しているのよ。そして、この神ノ瞳で人間界の監視を行うと同時に、人間界では人間社会の調査も行っているのよ」
神界と人間界を行き来し、後継神としての任務――人間界の監視、調査を行いながら生きている。
この場所に連れて来られた全員が決して生きる事のない人生であり、まさにフィクションやファンタジーのような、リアリティーの無い話だった。
すると、突然サラは思い詰めた表情を浮かべ、そのまま続けて言った。
「その人間界の調査の中で、事件が起きたわ。ある調査を行っていた後継神の意志が、人間によって冒涜、傷付けられて暴走し、そして地球の核に影響が出たわ」
「地球の核……?」
「えぇ。人間界の核は、神界の均衡によって安定されているの。つまり、神界で天変地異や地殻変動が起きれば、その影響が人間界の核に繋がり、地脈を通じて災害をもたらす」
その言葉を聞き、一同は驚きの声を上げ、そして気付く。
「まさか、さっき言ってた甚大な被害って……」
「その通り。後継神が貴方達によって傷付けられ、神界で暴走し、世界を揺るがす程の大事故が起き、大量の負傷者が出たわ。そしてそれが人間界でも、大震災やパンデミック、ハリケーン、火山の大噴火と言った天災として影響が出たのよ。そしてその元凶は……」
「俺達が神を冒涜したから……?」
サラは頷き、そして強く手を握り締めると、一同を睨み付けた。
「そんな貴方達を、放っておける訳が無いでしょう?私達の仲間を心が壊れる程に傷付けて、二つの世界を危険に晒した貴方達は、紛れもなく大罪人よ!」
怒りと悲しみを抑えきれず、サラの声は少しずつ大きくなり、最後は怒鳴る様に言い放っていた。
初めて会った時は、声を荒げないでと、喉を大切にしなさいと何度も諭していたあのサラが、感情に任せて一同に対し大声を上げている。
仲間を傷付けられ、世界を危険に晒された怒りと悲しみがどんなに大きなものか、痛いほどに伝わって来た。
サラの目には微かに涙が浮かんでおり、その様子を心配したチェルがハンカチを手にサラに駆け寄り、涙を拭った。
「サラさん、泣かないで下さい。サラさんが悲しいと、私も悲しいですよ……」
「……ありがとう、チェル。後で洗って返すわ」
チェルが涙を拭ってくれたハンカチを右手で取り、今度は自分の左腕で涙を拭う。
そして次第に落ち着きを取り戻し、怒りと悲しみの込められた表情が、元の凛々しい顔に戻っていった。
「そんな事急に言われても……私達のせいで世界が危険になったとか、スケールが大きすぎて……確かに、ここ数年で震災や洪水が起きたってニュースは何度か耳にしたけど……」
「それを俺達が引き起こしたなんて、信じられる訳が……」
「と言うか、それよりも他に処刑しなきゃいけない奴がいるんじゃないのかよ!?殺人犯とか、詐欺師とか、テロリストとか、もっと悪い奴がいるだろ!そっちの方を何とかすべきじゃないのかよ!?」
うろたえ、焦り、何とかこの場を免れようと必死に口走る人間達。
すると、そんな言葉を耳にしたフォルスが再び口を開く。
「自分が助かる為に他者を炙り出す、まさに腐った人間の業ですね。そんなに死にたくなくて、知らない誰かを犠牲にしたいのですか?」
心の底から見下すような表情を浮かべながら嘲笑い、そして答える。
「それは人間界の、人間同士の争い。事態の監視は致しますが、後継神も神界も関わっていない以上、関与は致しません。人間同士の事情は人間で片付けるべきですからね。ですが、今回の件は人間が後継神に対して起こし、人間が神界に影響を及ぼした争いです。その当事者を裁く事に何か問題でもあるのですか?」
「うっ……!」
あえなく論破され、言い返す言葉も見つからず、ぐうの音も出ないようだ。
「言っておきますが、先に仕掛けたのは貴方達です。もう裏取りは済んでいますし、どちらが加害者、被害者なのかも明白です。証拠も揃っているので今更覆る事もありません。ですので、身を案ずるなら黙って大人しく僕達に従っていて下さい。耳障りですので」
人間達に、貴方達は紛れもなく事件の当事者だと、これ以上騒いでも何も変わりはしないと、幾つもの言葉を並べながらもハッキリと伝え、フォルスはこの場を治めようとした。
そんなフォルスに、メグムが呆れた様子で声を掛ける。
「何なのそのリアリティーの無さ過ぎる夢物語?さっきの女も、お涙頂戴展開もいいとこね。神を冒涜だの、神界だの後継神だの人間界の監視だの言ってるけど、そもそもあんた達が神って事自体信じてないのよ。そんな馬鹿げた話、ある訳が――」
「そう言うと思って、先手を取らせて貰ったわ。フラン!」
「ん……」
メグムの言葉を突如サラが遮り、フランに合図の如く声を掛けた。
その呼び掛けに振り返る事もなく間の抜けた返事をすると、フランは側にある精密機器に手を伸ばし、何かのスイッチを押して起動させた。
すると、一同の目の前、地球のホログラムの真下に映像が浮かび上がり、視線がその映像に集中するのだった。