07.到着
馬車が暫く走り続けると、向かう先に街が見え始めた。
その街に近付くにつれて人影が増え、辺りに家や畑も見え始め、段々と賑やかになっている。
そのまま街の奥へと走り続け、街の賑わいは都会の様に明るく華やかになっていった。
目の前には高い壁がそびえ立っており、大きな門が見える。
その門の手前で馬車は停まり、警備員と思われる者達が三台の馬車に近付き、コザクラ達の乗る馬車ではフォルスが警備員と話をしていた。
「フォルス様ですね、只今開門しますのでお待ち下さい」
「えぇ、お勤めご苦労様です」
警備員との簡潔な手続きを済ませると、フォルスは小説を読み続けたまま立ち上がり、馬車から降りた。
「到着しました。ここが僕達の活動拠点、人間界の監視を主とする神界の中枢機関、『神ノ瞳』です。ここからは再び徒歩ですので降りて下さい」
小説から一切視線を逸らさずコザクラ達に声を掛けると、全員がゆっくりと立ち上がり、順々に馬車から降り始めた。
長い間馬車に揺られ続けていた為か、背伸びをしながら唸り声を上げる者や、だるそうにあくびをする者もいて、数時間前に感じていた緊張感や恐怖心は見る影もない。
ほぼ全員がリラックスした状態であり、誰も知らない場所に連れ出されている現在の状況を忘れている様にも見える。
「ここが目的地、ですか……ここで一体、何が始まるんでしょうか?」
「さぁ……さっき人間界の監視とか言っていたけど、そんなスケールの大きい話されても、神の話と同じでリアリティないし、何が起きるのか本当に予測もつかなくて怖いわ」
そんな中でもコハルとユミは緊張感を忘れず、不安な様子で閉まっている門を見つめていた。
「はぁ~疲れた、さっさと帰りたい……ってか神ノ瞳って、中二感丸出しでクソダサいんだけど、プククク……」
「あんたちょっと本当に黙ってて」
相変わらずマイペースで、言いたい放題のメグムの相手をする余裕もない――寧ろ諦めているのか、ユミは苛立ちながら呟くだけだった。
それだけ現在の状況を深く考えているようで、先程問題を起こしたメグムには、ただただ大人しくして欲しいと、心から願っているみたいだ。
そして、同じく門を見つめているコザクラも、何かを考えている様子だったが、彼女はそれ以上に何かを感じ、そして怯えていた。
(何だろう、この息が詰まりそうな感じ……この重い気持ちは何……?)
それは、目を覚ましたら薄暗く不気味な場所に居るという、あまりに異常な事実を知ったあの時よりも、もっと大きな恐怖心だった。
周りを見ても、知らない場所にいる事以外は何も違和感はない。
薄暗い部屋ではなく、明るくて温かい快晴の空の下。
周りにあるのは鉄製品ではなく、緑と水の豊かな温かみのある景色と人影。
状況を見れば、今目の前に映っている光景の方が、日常的で安心感がある。
それでもコザクラは怯えている。
身動き一つ取れない程の重い何かがのしかかっている様な、息苦しい恐怖感を感じて、足が震えていた。
そんなコザクラの様子を察したコハルは、そっと声を掛ける。
「あの、大丈夫ですか?息が上がっていますけど……」
「だ、大、丈夫……です……」
震えながらも答え、そして声に出す事によって、自分自身に言い聞かせた。
今感じている正体不明の恐怖を少しでも拭おうと、こんな理解の追い付かない状況下で余計な心配はさせまい。
自分が落ち着く為にも、周りの不安を煽らない為にも、そして何より帰る為にも、しっかりしなければと、そんな幾つもの思いが複雑に交錯した一言だった。
すると、目の前の門がゆっくりと開き始め、重く静かな音を立てた。
「行きますよ」
尚も小説から一切視線を逸らさず声を掛け、フォルスは歩き始める。
そんなフォルスの元にサラとチェルも駆け寄り、二人が声を掛けた。
「歩きながら読まないの。足元が疎かよ」
「そうですよ~、何が転がってるか分からないんですから、足元にはお気を付け下さいね?」
「足元が疎かとは、基本を忘れるという意味ですよ」
「分かってるならやめなさい」
小説をサラに没収され、フォルスは不満気に溜息を吐くと、しっかりと前を向いて歩いて行った。
しかし、それでも門前に立つ一同に一切視線を向ける事はなく、気にも留めずに進み、もはや最低限の事を言うだけ言って、全員を放置している状態だった。
「コザクラさん、行きましょう。どうしても無理な時は肩貸しますから、言って下さいね?」
「――ありがとうございます」
どんどん進んでいく三人の後を追うかの様に皆歩き始め、コザクラもコハルと共にゆっくりと歩いて門を潜り抜けて行った。
その先には巨大な建物がそびえ立っており、その建物に向けて真っ直ぐに道が続いていた。
恐らくあの建物が、フォルスの言っていた神ノ瞳なのだろう。
周りを見ると、手入れをされた草花や噴水、遠くには潜り抜けた門とは別の門が幾つか見えて、外から見えた高い壁が城壁の様に大きく囲んでいる。
まるで遊園地やテーマパークを彷彿させる、広く華やかな敷地を眺めながら進み、一本道を歩き終えると、神ノ瞳の扉に行き着いた。
その扉は見るからに厳重で、隣には大きなタッチパネルがある。
タッチパネルには、幾つもの数字や言語が浮かび出ており、その他にも様々なスイッチが整列されている。
明らかに複雑かつ頑丈であり、簡単に操作出来そうなものではない。
そのタッチパネルにサラが触れる。
「転移門を監視室に繋げるわ。少しだけ待ってて頂戴」
喋りながらも手早く操作し、真剣に扉のセキュリティと向き合っている。
そんなサラの横で、フォルスは気怠げに大きなあくびをしていた。
「やっと着きましたね、退屈過ぎて疲れました」
「お疲れ様です〜。全部終わったら、約束通りお茶会にしましょうね?」
「是非そうさせて頂きます。まぁ、その前に、続きが気になるので小説を返して頂きますが」
「も〜、お茶会なんですから、読書もいいですけどお喋りを楽しみましょうね?賑やかな方が楽しいものなんですよ?」
「善処します」
「それなら安心です〜♪」
のんびり、まったりとした会話を始めるも束の間、サラは操作を止めて小さく息を吐くと、ゆっくりと振り返って一同に声を掛けた。
「この扉の先に行けば到着よ。長い事歩いたり馬車に揺られたりで疲れてるでしょうけど、中で色々と説明するし、質疑応答も受け付けるから、もう少し辛抱して頂戴」
そして返事を待たず再び扉の方へ向き、そして扉を開いて中へと入って行った。
サラに続いてチェルとフォルスも中へと入り、コザクラ達も終着点だという扉に向けて歩き始めた。
同時に、先程サラが言った言葉が気に掛かっていた。
(さっき転移門って言ってたけど、どういう事だろう・・・?)
見た目は厳重で、頑丈なセキュリティを搭載した扉に見えるが、サラはそれを転移門と呼んでいた。
転移と言えば、今の場所から全く別の場所へと移し変えるという、まさに目を覚ましたら知らない場所にいた、あの状況の様な事を意味している。
しかし、この扉は見た目以外変わった様子はなく、大きさも門と言う程ではない。
城や豪邸にある様な大きさではあるが、見た事のない様なものでもない。
何より、開いた扉から見える光景も、見た事のない場所というだけであり、海や森や宇宙に繋がってる訳でもない。
何を取っても違和感のない、その扉をくぐり抜けると、見えていた光景通りの場所へと足を踏み入れる。
入った瞬間に何かが起きるという事もなく、コザクラの抱いた疑問が晴れる事もなかった。
そして、中に入ったコザクラがふと上を見上げると、扉の外からは見えなかった物が目に映り、息を呑んだ。
「わぁ……!」
純白で広大な部屋の頭上には、地球のホログラムが投影されていた。
その周囲には、数々の衛生や小惑星までもが細かく映し出されており、美しく幻想的だ。
視線を上から前へと戻すと、そのホログラムを中心に、円を囲う様に並べられた扇状の長いデスクと、パソコンの様な精密機器が等間隔に設置された作業環境が、幾重にも連なっていた。
あまりにも綺麗で垢抜けた光景に目を奪われていると、遠くから声が聞こえた。
「無事に到着したみたいね、三人共ご苦労様」