06.馬車
そのままフォルスの後に続き、豊かな森林に囲まれた一本道を歩いていた。
その間に、殆どの者が落ち着きを取り戻しつつあった。
先程の薄暗く複雑に入り組んだ建物の中と違い、今度は明るく見晴らしの良い外の一本道――雰囲気も緊張感も、真逆と言っていい程変わったのだから、当然の結果とも言える。
森林の一本道を抜けると、そこには小さな町の出入口らしき門が見えた。
その門の前には三台の馬車が止まっており、サラとチェルは既にそれぞれ違う馬車に乗っていた。
「さて、皆さん乗って下さい。三台共行き先は同じですので、どれでも適当にどうぞ」
フォルスは残りの一台、誰も乗っていない馬車へ乗り込みながらそう告げた。
目の前には三台の馬車、それぞれサラ、チェル、フォルスが乗っているという違いがあるが、行き先はどれに乗っても同じらしい。
そして、どの馬車に乗るかは任せると、選択肢を与えられた。
ただ誰が乗っているかの違いしかない為、そこまで意味の無い選択の様に思える。
しかし、多くの者がある一つの馬車に向かって、我先にと走って行った。
「俺はこっち乗る!」
「わ、私も私も!」
その馬車には、チェルが乗っていた。
サラとフォルスが乗っている馬車には、どちらも誰一人向かっていない。
しかし、それは今までの状況からして当然である。
サラは先程、メグムの首を凄まじい力で握り締めて、それを見た者達全員が恐怖を覚えた。
フォルスは自分達と交流を深める気など無いと公言し、口を開けば罵声と皮肉ばかりだ。
それに引き換え、チェルは雰囲気や容姿が可愛らしく、首を締められて悶え苦しんでいたメグムを助ける優しさも持っている。
この三人の中では、チェルが一番危害が及びそうにないと、そう瞬時に判断した者達が、今こうして席を取ろうと必死になっているのだ。
「あの馬車には乗られそうに無いですね……私達はどうしましょうか?」
既に満員寸前の馬車を見つめながらコザクラが聞くと、直ぐに口を開いたのはメグムだった。
「何処でもいいわよ、あの馬車に乗れそうもない時点で、残ったのは中二病女と生意気坊主だし、どっちもムカつくし」
二つの馬車を睨み付けながら、答えを出す事なく文句だけを言った。
真っ先に口を開いておきながら、誹謗中傷だけ言って質問に答える素振りもないが、それ程二人を根に持っている様だ。
「じ、じゃあ、あっちの方に乗らない?」
ユミが指差し、提案する。
その先にはフォルスの乗っている馬車がある。
「そうですね、あっちにしますか。コザクラさんも、いいですか?」
「は、はい」
コハルもコザクラも、ユミの意見に賛成の様だ。
と言うよりも、サラの様子を伺っていると言った方がいいのだろう。
先程のメグムの言動で、明らかに雰囲気が変わったのだ。
触らぬ神に祟りなしとも言うし、今はあまり近寄らない方が良いと判断し、彼女と同じ馬車に乗る事を回避しようとしたのだろう。
ただ、そう判断した為に思う事もあった。
(これじゃあ、神様って認めたみたいだけどなぁ…)
神と自称している者に対して、ことわざと言えども、触らぬ神に祟りなしとは、何とも複雑なものが汲み上げて来る。
信じていないのに、まるで信じているみたいな言い方になってしまい、ふと頭をよぎった言葉が後味の悪い結果になるとは思いもせず、コザクラは釈然としなかった。
そんな思いを胸に秘めながらフォルスが乗っている馬車に乗り込み、ユミとコハルとメグムも後に続いた。
そして少しずつ同乗者が増え、暫くして全員がそれぞれの馬車に乗った様だ。
サラの乗る馬車が初めに進んで先頭に立ち、それに続いてチェルの乗る馬車も進み出した。
「出発します」
フォルスが合図を出すと、馬車が進み出し、前を走る二台の馬車を追う様に少しずつスピードを上げて行った。
馬車は町の中を颯爽と走り、暫く走り続けると町から抜け、一本道の街道に出た。
辺りを見渡すと、草花が生い茂る草原が広がり、遠くには雪化粧をした山脈が見える。
その景色は美しく、まるでテレビで観るような高画質なパノラマの絶景だった。
「凄い綺麗……こんな景色見るの初めてかも」
「本当に凄いですね、自然豊かで空気も美味しい……こんな絶景を馬車に乗りながら見るなんて、お嬢様になったみたいな気分です」
何処に連れて行かれるのか分からない状況の中、コハルは馬車から見える景色を眺めてうっとりと目を輝かせていた。
その何気無い言葉を聞いたコザクラとユミは、不思議そうな顔を浮かべた。
「あれ、コハルさんってお嬢様みたいなイメージですけど……?」
「え?と、とんでもない!ただの一般人ですよ!?家も普通ですし、両親も普通の主婦とサラリーマンですし、お金に恵まれてる訳でも――あ、でも貧乏って訳でもないんですよ?」
「へぇ、意外。肌綺麗だし、顔も整ってるし、服もいいの着てるし、いいとこのボンボンだと思ってたわ」
「ユミさんまで、過大評価し過ぎですよ……服は趣味で色々持ってるんですよ。この服は一番のお気に入りで、休日によく着るんですよ。まぁ、チェルってお方が着替えさせたみたいですけど……」
コハルのイメージについて盛り上がり、状況を忘れ和気藹々と盛り上がる三人。
その隣でメグムは未だ不機嫌そうに座り、会話に混ざる事はなかった。
「あーあ、今日は新しく出来たレストランに行く筈だったのに……ハンバーグ食べたかったなぁ」
景色を眺めながらぼやき、溜め息を吐く。
賑やかな三人の隣で、重い雰囲気を漂わせていた。
そんな彼女達の様子に見向きもせず、ただ聞いていたフォルスは、小説を読みながら呟く。
「お気楽なものですね、悪党の癖に……」
それは誰の耳にも届かず、誰も気付く事なく、誰もまだ意味を知らない、そんな重い言葉だった。