16.模擬戦
「はぁ……何でこんな所まで出向かなきゃいけないのよ。図書館から遠くて歩くの嫌だし、訓練場って土臭くてもっと嫌なんだけど」
「そう言うなよ。閉じ籠もって本ばっか読んでないで、運動しろよ、運動。実戦に響くぞ?」
「黙りなさいよ運動中毒の筋肉馬鹿。男臭いのなんかもっと嫌だし、嫌過ぎて殺したい程嫌なのよ」
「おー怖い。その殺気、もっと他の奴に向けてくれれば有り難いんだが」
「心配しなくても、あんたより問題のある馬鹿がいるわよ」
「それじゃあ俺に殺気向けてる事には変わりねぇだろ……」
ゴスロリのドレスを纏った女性の文句に、ボロボロの服装の男性は呆れる。
しかし、サラとフォルスが廃墟で言い合っていた時と同じく、挨拶に近い自然なやり取りに見えた。
その内容は物騒なのだが。
「ごめんなさいね、ミコン。ロアーも、付き添ってくれてありがとう」
「付き添ったって言うか、来る時たまたま一緒になっただけなんだけどな。バテてたから錬成薬渡してやったよ」
「男から錬成薬なんて受け取りたくなかったけど、背に腹は代えられなかったわ……」
「それは今後も我慢して頂戴。それこそ実戦の緊急時に響くわよ」
「考えておくわ」
やる気のない返事をするミコンという女性。
ただ図書館から訓練場まで移動しただけでバテるなんて、体力が無さすぎる。
その施設間にどれ程の距離があるのかは分からないが、神ノ瞳の敷地内であり、集合を呼びかけた放送から十数分程度しか経っていない事から、そこまで長距離という訳ではないようだ。
その上、男だからという理由で錬成薬の受け取りを渋るというのだ。
一緒に来たロアーという男性は、サラと共にそんなミコンに呆れ果てていた。
「そんな事より……そこにいる見ない顔達が、今回引き連れた人間なのかしら?」
「そうよ。とりあえず全員いるわ」
ミコンは神界に連れて来られた人間全員にサッと目を配ると、軽くため息を吐く。
「――男が少ないわね、残念……」
先程の話とは打って変わり、今度は男が少ない事について残念だと言った。
一体どういう事なのだろうか?人間達は理解出来なかったが、サラはその発言に尚呆れる。
「その話はいいから、二人は皆に名乗っておきなさい。簡単にでいいから」
「はいよ」
「仕方ないわね……」
そして、ミコンとロアーの二人は、人間達に向かって自己紹介をする。
「天罰の神、ネメシスの後継神、ミコンよ。普段は図書館にいるから、用のある時は図書館に来なさい」
「俺は災害の神、レシェフの後継神、ロアーだ。特攻部隊の隊長を務めている。以上」
どちらも興味無さそうに、淡泊にそれだけ言う。
そして――
「顔合わせは終わったわよね、帰るわね」
訓練場に来てまだ間もないにも関わらず、ミコンはさっさと帰ろうとしていた。
「駄目に決まってるでしょう。まだ一人来てないんだから、せめて集まるまで我慢して」
「何で私があんな馬鹿を待たなきゃいけないのよ、滅茶苦茶嫌なんだけど」
「気持ちは分かるけど、人間がいるんだから本当に我慢して。後継神として。業務命令」
「はぁ……仕方ないわね」
露骨に嫌な顔をしながらも渋々承諾すると、訓練場の端にある木の方へ向かい、その木にもたれて座ると、手に持っていた本を開き、読書を始めた。
「来たら教えて。直ぐに帰るから」
「……まぁ待ってくれるだけいいわ。それで折り合いをつけてあげるわ」
サラが溜息を吐き、了承する。
すると、今度はロアーが口を開いた。
「俺も、トレーニングの途中だったから戻って続きをしたいんだが。戻るの駄目ならここのトラック走っていてもいいか?」
「本当に自由ね、貴方達……」
集合を呼びかけられたというのに、纏まりが無く、協調性も感じられない。
この二人に初めて会った人間達が、漏れなくそう感じていた。
「まぁ、トレーニング目的なら別に駄目とは言わないけど。日々鍛錬に励むその姿勢は、私としても見習いたいもの――」
サラがロアーに対してそう語っていると、ふとある事を思い付く。
「待って、ロアー。それなら、ここで模擬戦を披露してくれないかしら?」
「あ?模擬戦?」
「えぇ。ここにいる人間達に、後継神の戦闘技術を少しでも見せてあげたらいいと思って。みんな神界に連れて来られたばかりで、さっきまで神って事も信じて貰えなかったし、魔術や能力もそんな感じだったし、魔技に至っては披露もしてないから、実戦形式で見せつければ流石に色々と飲み込んでくれるかなって」
「ほう、そういう事なら俺は構わないが……相手は誰がしてくれるんだ?」
「それは――」
「それでしたら、私がお相手致します」
サラがロアーの問いかけに答える前に、ゼロが自ら名乗り上げた。
「あら、いいの?私が相手するつもりで言ったのだけど……」
「サラがどうしてもと仰るのであれば、ロアーとの相手はサラにお譲り致します。ですが、サラは人間の方々の引率、並びにそれらの準備で大変だったと思います。それに引き換え、私は本日の勤務は警備のみでしたので……特訓の意味でも、私がお相手出来ればと思います」
サラに対する気遣いと、やる気。
丁寧で紳士的な返答の中に、そんな思いが強く感じられた。
「気を遣ってくれてるのね、ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えて……ゼロ、ロアーとの模擬戦をお願いするわ」
「畏まりました。全力で務めさせて頂きます」
話が纏まり、ゼロはサラに向かって敬礼をする。
「決まったようだな、それじゃあゼロ……模擬戦とはいえ、久々のサシでの勝負だ。手加減しねぇぞ」
「私こそ、全身全霊お迎え致します。神ノ瞳騎士団長、ゼロ・アルフェニウスの名の下に」
二人から強い闘志を感じ、空気が震える。
そして、二人の模擬戦が始まると知ったエルは、大いに盛り上がっていた。
「わぁ~!ロアーとゼロの一騎打ち!?それ、闘技場のエキシビジョンマッチ位アツい決闘じゃん!こんなの、滅多に見られないよ!」
「そうですね……幸運ですね、貴方達。本来でしたら人間が見られるようなものではありませんよ。僕ですら数回程度しか見た事ありませんからね」
エルだけではなく、フォルスも静かに胸の高まりを口にしていた。
それ程に貴重な催しが、今始まろうとしていた。




