13.事実
そのまま、急遽エルの握手会が開催され、彼女の両脇に並ぶゼロとチェルによって、クッキーとコーヒーが渡される。
それが全員の手に渡り、暫しの休憩時間となった。
「あ、これ美味しい……!」
クッキーを口にして、美味しさのあまり目を輝かせるコザクラ。
その横では、ユミがエルとの会話を思い出しながら、未だ目を輝かせていた。
「エルさんと……友達……!」
「ユミさん、意外とミーハーだったんですね。あんまり想像出来ないですが……」
「いやぁ、だって……うふふふ……!」
最早会話にならない程、メロメロな状態だった。
憧れの存在に出会えた上、友達と呼ばれたのだから、その喜びは計り知れない。
自分の立場や状況を冷静に考えていたユミが、渡されたクッキーとコーヒーに一切手を付けないまま浮かれているのだから、余程の事だろう。
そんなユミを尻目に、既にクッキーを平らげ、コーヒーを飲み干したメグムが、椅子にもたれかかりながら天井を見上げる。
「ふぅ……今置かれてる状況を忘れそうだけど、落ち着けるなら落ち着いておやつ食べるのが一番いいわよね……実はお腹空いてたし、甘味もありがたいわ」
やや満足気に呟き、背伸びをする。
そんな言葉に、コザクラが反応する。
「今の状況……」
「あっ、あんたはちょっと事情が複雑なのよね。思い出させちゃった?」
「いえ、メグムさんの言う通り、落ち着けるならその方がいいので……私の事は気にしないで下さい」
メグムを気遣い、言葉では大丈夫そうに応えるも、コザクラは再び思い詰めてしまい、食べかけのクッキーを手にしたまま俯く。
そんなコザクラ達の近くのテーブルで、エルとチェルとゼロの三人は、人間達に配ったものと同じクッキーとコーヒーを口にしながら、賑やかに会話を弾ませていた。
「それでね~、暗転した瞬間コードに足引っ掛けて転んじゃった子がいて~」
「おや、それは大変でしたね……緊張で足元がおぼつかなかったのでしょうか?」
「沢山の人が見てる中ですから、それは緊張してしまいますよ~。アーティストって凄いです……」
エルが、以前ライブで新米アーティストが起こしたハプニングを、面白おかしく話す。
そして、エルはふと過去を思い返しながら、天井を見上げる。
「何かそういう子見てると、昔の私を思い出すなぁ~。自信もなくて緊張してばかりで、言いたい事も言えない時期があったから……カンジョーイニューって言うの?そんな感じになっちゃうなぁ~」
「あぁ!分かりますそれ!応援したくなりますよね!」
「うん!だからそんな私を助けてくれたみたいに、私も――」
エルが顔を輝かせ、そしてそれを口にする。
「クロノスが私を救ってくれたみたいに、私も助けたいんだ!」
その言葉を聞いてコザクラの手が止まる。
クロノスが、エルを救った。
それを、クロノスを傷付けたコザクラのすぐ側で、誇らしげに語った。
更に――
「素晴らしい心掛けですよ、エル。私もクロノスには恩がありますので……クロノスの様に、人の為に行動する優しさを忘れず、それを私が行う事で、少しでも恩返しが出来たらと思います」
「ゼロさんも、とても素晴らしい心掛けですよ~。私もお二人と同じく、クロノスさんの力になりたいです!」
「あはは!皆同じ事言ってるじゃーん!」
ゼロとチェルも、クロノスに恩があり、彼の力になりたいと、エルと共に和やかに笑い合った。
そんな話を聞いたコザクラは、胸が苦しくなる。
「――っ!」
「そう言えばさ~、こないだクロノスってば――」
「やめてよ!!」
コザクラが突然、大声を上げながら立ち上がり、エルの話を遮った。
そして、俯いたまま手を強く握り締め、視線を送る事なく、心の内をさらけ出す。
「人の為だとか、優しさだとか……そんなのやめてよ!何も知らない癖に……放っておいて欲しいのに、それでも声掛けて来て……私がどんな気持ちでいるのか、考えもしないで……!そんな優しさなんて欲しくなかったのに!!一人で考えたかったのに!!それなのに……そんな話しないでよ!!」
大粒の涙を零しながら、声を荒らげて訴える。
コザクラの、クロノスに対する不満、怒り、そして……彼女達が語るクロノスの否定。
「コ、コザクラさん……?」
突然の怒りように驚きながら、コハルが声を掛ける。
その声でコザクラは我に返り、そのままゆっくりと座り込んで、テーブルに顔をうずめる。
辺りは一気に静かになり、殆どの者が、何が起きているのか理解していない状況で、あんなに賑やかだった雰囲気が再び険悪になってしまった。
そして、そんな状況の中、エルが立ち上がり、ゆっくりとコザクラに歩み寄る。
「ねぇ、貴方――」
エルに呼ばれ、歯を食いしばる。
どうせ悪口を言われる。どうせクロノスの肩を持つと、そう思い込むコザクラだったが……
「――クロノスと色々あったみたいだね~……その様子じゃ全然力になれてないっぽいし、もう何やってるんだろ~、クロノスってば情けないなぁ」
エルの口から出た言葉は、そのどちらでもなく、クロノスに対する呆れの言葉だった。
「まぁまぁ、エルさん。そう言わずに……失敗なんて誰にでもあるんですから、長い目で見た方が……」
「え~!だって私にはあんなヒーローみたいな事しておいて、他の子のとこでテコンパコンってカッコ悪いじゃん!」
「コテンパンですね」
「ちゃんと悪いのフンギャーって言わせないと!」
「ギャフンですね」
「怪獣か何かですか……?」
そのままクロノスに対する文句が止まらず、そんなエルをチェルとゼロがなだめる。
予想と全く違う展開に、コザクラが不思議に思い、エルに問いかける。
「怒ってないんですか……?私達、ルミに……クロノスに酷い事してここに呼ばれたのに……心を殺したって言われて、それにあんな事まで言って……どうして……?」
絞り出すかの様な、か細い声だった。
その問いに、エルは深く考え込む。
「うーん、確かに仲間を大変な目に遭わせちゃったんだから、そこは勿論怒ってるって言うか、残念って言うか、悲しいって言うか、何かもやもやした感じだけど、でもさ――」
エルはコザクラの目をしっかり見て、真っ直ぐに答える。
「クロノスが貴方の力になれなかったのは『事実』でしょ?それを否定するのは違くない?」
思わぬ答えに、コザクラがきょとんとしてしまい、何も口にする事が出来なかった。
そして、エルはそのまま続けて語り始める。
「私はね~、クロノスにはどんなに返しても返しきれない恩があって……クロノスが居なかったら、私に元気と勇気をくれなかったら、絶対音楽続けられなかったし、今頃塞ぎ込んでたと思うんだ。今の私があるのはクロノスのお陰……それが私の『事実』。でも、貴方のそれも、貴方とクロノスの間にある『事実』なんでしょ?」
エルの言葉を受け、コザクラがクロノスの事――ルミエールの事を思い出す。
その思い出は、コザクラの中に残る『事実』。
かつて、嘘をついてまで切り捨てたその思い出は、エルの言う通り、コザクラにとって嘘も偽りもない、確かな『事実』なのだ。
「貴方がクロノスにした事は、本当に良くない事だよ。この世界に呼ばれて、罪人にされちゃう位良くない事なんだよ。だけど、貴方とクロノスの間にある『事実』は、何をどうしたって変わらないんだから、それは誰だろうと否定しちゃいけないんだよ」
すると、エルはコザクラの寮頬を軽くつまんで引っ張る。
「だから貴方も!私の『事実』を否定しないでね!貴方はクロノスが気に入らないかもだけど、私にとっては仲間で恩人で友達なの!分かった!?」
「へゃ、ひゃい……」
「うん!分かればよし!!」
手を離し、そして笑う。
「よーし!私もクロノスに負けない位ヒーローしちゃうぞ〜!もっと人間達と仲良くして、クロノスが出来なかった分みんなの力になっちゃうぞ〜!お〜!!」
両手を高く掲げて、大声を上げて意気込む。
そんな様子に、コザクラだけではなく、ユミとコハルも驚きを隠せなかった。
「さっきの神様とは大違い……ちょっとびっくりした」
「これが、純真な心なんでしょうか……何か感動してしまいました……」
フランやフォルスとは違う心の在り方に驚くが、どちらもクロノスの事を思っての行動。
そして、芸能人として知っていた彼女の真っすぐさが、自分の思っていた以上に、純粋で綺麗なものだと知り、こんな心を育て広げるという話に感銘を受ける。
「て言うか、まさかエルの活躍にルミエールが関わってたなんて……凄く勿体ない事しちゃったかも」
「ユミさん、その下心はちょっと頂けませんよ……」
クロノスとエルの関係を聞き、もし縁を切ってなかったら、憧れの存在と近付けたかもしれない事実に落胆。
そんなユミに、コハルは正直に引いていた。
「コザクラさんも、流石にあれは無いと思いますよ。人の事言えた立場じゃないですけど、ルミエールさんのご友人――恩人と言ってる相手に本人を悪く言うなんて……」
「分かってます。分かってますけど……」
胸が締め付けられる思い。苦しそう。
「それにしても、あんな奴に恩ねぇ。ただのうざったい奴としか思った事ないし、確かに恩着せがましい所もあったけど、わざわざ口にする程の事かしら?どうせ大した事でもないでしょうに」
「メグムさん、私がコザクラさんに言った事聞いてましたか?今ここで言わないで下さい」
「はいはい」




