00.プロローグ
初投稿、初連載です。
不慣れな事ばかりで試行錯誤中ですが、どうぞお手柔らかに、温かい目で見守って頂けたら幸いです。
「どうして……?どう……しテ……?」
震えた声で何度も呟き、泣き続けていた。
かけがえのないものだった。
何よりも大切だった。
誰よりも大好きだった。
だけど、それはいつしか憎悪へと変わってしまった。
「にン……ゲん……!ニンゲンガアアアアァァァァ!!」
この憎悪が、後に起こる大事件の引き金となる。
狂気に満ちた世界で起きる、世界を破滅へと向かわせた、世界が知る事無い大事件へと……
それから長い時が流れ、現在。
いつもと変わらない朝、とある高校の教室に高校生達が集い、男女分け隔てなく挨拶、会話を交わしている。
賑やかな空間に一人、また一人と増えていき、そして一人の女子高生、コザクラもまたその教室の中へと入り、挨拶と会話が始まる。
「あ、コザクラ。おはよ~」
「おはよう、ユリア」
既に教室の中に入っていた友人、ユリアの挨拶に対して、控えめな声と優しい笑顔で返し、コザクラは自分の席に着く。
ユリアはその席へと近付き、コザクラと会話を続けた。
「昨日のテレビ見た?」
「見た見た!アイスの特集!見てたら何か食べたくなっちゃったから、学校終わったら買いに行かない?」
「うん、行こうっ」
コザクラがユリアと、放課後にアイスクリームを買いに行く約束を交わし、二人に笑顔が浮かぶ。
その横では、何やら男子生徒二人が喧嘩を始めていた。
「お前!ちゃんと持って来るって言ったじゃんかよ!何で忘れんだよ!」
「悪かったって、悪気は無いんだよ。明日はちゃんと頼まれたエルのCD持って来るから……」
「ふざけんな!楽しみにしてたのに先延ばしとか、生殺しじゃねぇか!何なんだよ、この馬鹿!」
「なっ、何もそこまで言う事ないだろ!」
どうやら二人は、CDの貸し借りの約束をしていたらしい。
だが、貸す筈のCDを持って来るのを忘れてしまい、それが喧嘩の発端となってしまった様だ。
「ちょっ、喧嘩は止めなさいよ、朝から険悪になるじゃない」
「ぐ……」
二人の喧嘩を見ていたクラスメイトに仲裁され、何とか場は収まったものの、既に雰囲気は険悪になっていた。
先程までの賑やかな空間とは打って代わり、ヒソヒソと小言を言う者、クスクスと笑う者、会話を止めて黙ってる者もいる。既に手遅れだった。
それを見ていたコザクラは、溜息を吐き、呟く。
「たかがCDで喧嘩って、大人気ないなぁ……そんなに怒る事?」
その一言を聞いていたユリアは、それは聞き捨てならないと言わんばかりに人差し指を突き立て、コザクラに反論した。
「コザクラ、確かにちょっと大人気ないと思うけど、あの二人は約束をしていたのよ?約束を破られたら誰だって傷付くし、怒る事だってあるじゃない。実際コザクラも、約束破られた上に『たかが』なんて言われたら、嫌じゃない?」
「うっ、それは……」
ユリアから説教を喰らい、ぐうの音も出ない様子だった。
確かに約束を破られたら嫌だし、怒るかもしれない。
勿論、時と場合、約束の内容によるかもしれないが、嫌な思いをしたり、怒ったりしない自信は、はっきり言ってなかった。
その上、もし自分が楽しみにしていた事、大切にしていた事を『たかが』なんて言われてしまったら、尚更の事だ。
まるで自分の楽しみを侮辱され、踏みにじられたようで、そんな事を考えると心が傷んでしまう。
そして、ユリアの説教は続くのだが、
「コザクラも、昔はそうだったんじゃない?ちゃんと約束を―――」
「ごめん、その話はしないで」
説教の途中、コザクラは自身の過去の話を持ち込まれた途端、急に思い詰めた表情を浮かべ、強引にユリアの言葉を止めた。
それに驚いたユリアは、呆れた様子だった。
「四年前の事、まだ気にしてるの?いい加減切り替えなさいよ」
「そんなの、無理だよ……」
何やら、こちらも険悪な雰囲気になりつつあった。
コザクラが過去の記憶を思い返し、辛そうな顔を浮かべている。そんな様子を見たユリアが反論に困っていると、学校の予鈴が鳴り響き、同時に教師が教室へ入って来た。
「席に着け~、ホームルーム始めるぞ」
「あ、もうそんな時間……コザクラ、また後でね」
教師の言葉に従い、ユリアは自分の席へと戻る。
ユリアだけではなく、他の全ての生徒達も同じ様に自分の席に着き、賑やかだった教室は静かになった。
そんな中、既に自分の席に着いていたコザクラは、まだ辛そうな顔を浮かべていた。
(もういいよ……『あの人』の事は、もう……)
誰かの事を思い出し、それを忘れたいと強く願う。
そして、流れる様に時間は過ぎる。
一限が終わり、二限、三限と続き、四限が終わり、友人と一緒に弁当を食べ、そして五限と六限が終わり、放課後になると部活動を始め、そして部活動も終わり、そんないつもと変わらない学校生活を送っていた。
そして放課後、夕日で景色が紅くなる頃、コザクラは朝に約束を交わした通り、ユリアと共にアイスクリームを買いに行き、それぞれ違うフレーバーのアイスクリームを頬張りながら下校していた。
「ん~、美味しい!やっぱりチョコミントは王道ね、テレビでも人気だったし!」
「キャラメルも美味しいよ、一口食べる?」
「いいの!?じゃあ私の一口と交換しよう!」
互いに買ったアイスクリームをスプーンで一口分掬って分け合い、満足そうに食べている。
「夕飯前だから控えめにしないといけないけど、でも美味しい……」
「本当に、この美味しさは罪だよ……」
二人が喋りながらアイスクリームを食べて下校する中、ユリアはふと夕焼け空を見上げて言った。
「何て言うか、幸せだよね。好きな物を買えて、好きな物を食べて、好きな様に動けるって、本当に幸せだと思う。生きててよかった……」
「急に何?そんな大袈裟な……」
呆れて苦笑いを浮かべるコザクラ。
しかし、ユリアは本気のようで、首を振って続けて言う。
「いや、本当にそう思うよ。自由に生きられるって、本当にありがたいと思うもん。コザクラも、いつかそう思える日が来るんじゃないかな?」
「えぇ、どうかな……」
全く予想が出来ないが、多分ない。そう思いながらも、濁った返事をして受け流す。
すると、ユリアは残ったアイスクリームを一気に食べ切り、そのまま目の前にある分かれ道を右に曲がると、立ち止まって振り返り、コザクラに手を振った。
「じゃあ、私はこっちの道行くから、気を付けて帰ってね!また明日~!」
「うん、また明日!」
互いに手を振り、別れの挨拶を交わすと、ユリアは走り去る。
コザクラはユリアが走って行った道とは逆の方向へと曲がり、そのまま自宅へと帰って行った。
そして、その後もいつもと変わらない、ありふれた日常だった。
帰宅して夕食を食べ、見たいテレビを見て、ゲームをして、風呂に入り、スマートフォンをいじり、勉強をする。
何度も繰り返した日常だった。
時刻は二三時に迫り、コザクラは自室のベッドの上に寝転ぶ。
「明日も学校だし、そろそろ寝ようかな」
スマートフォンを操作して、アラーム機能を七時にセットする。それをベッドの枕元に備え付けられた棚の上に置き、就寝しようと部屋の明かりを消そうとした。
その時、ふと今朝の出来事を思い出した。
「約束……」
それは、あの男子生徒二人が喧嘩をした理由。
約束を守らなかった。
悪気がないとはいえ、それが原因となって喧嘩をしていた。
コザクラは、どうしてもその事が引っかかっていたのだ。
「『あの人』も、そうだったのかな……」
再び思い出す『あの人』の事。
思い出したくもない人。
忘れてしまいたい人。
大嫌いな人。
私の大切だった人。
そんな『あの人』の事を、どうしても思い出してしまう。
約束という言葉を聞く度に、何度も思い出してしまう。
何度も何度も繰り返し思い出し、傷付き、苛つき、苦しくなる。もう思い出したくないと何度も願い、それでもまた思い出す。
私の中に残る『あの人』の事を……
「もういいや……寝よう」
考えても仕方がないと、部屋の明かりを消して無理矢理眠る事にした。
瞼を閉じ、ゆっくりと呼吸し、身体の力を抜くと、次第にコザクラの眠りは深くなる。
部屋全体に静寂が訪れ、彼女の眠りを邪魔する物は何もなかった。
その筈だった。
「起きなさい」
突然、声が聞こえた。
聞いた事のない、女性の声。静かで凛々しい声だった。
その声に反応し、コザクラはゆっくりと目を開けると、声の聞こえた方向へと視線を向ける。
薄暗くてよく見えないが、その視線の先には女性が立っていた。
スタイルの良い、髪の長い女性で、ベッドで眠るコザクラをジッと見つめている。
「――誰……?」
眠そうな声で問いかける。
しかし、その質問に答える事はなく、女性は言う。
「貴方が、コザクラね?」
それは、自分の名前。
この人は誰なのか、何故自分の部屋にいるのか、何故自分の名前を知っているのか、疑問に思う事は沢山あった。
しかしコザクラは寝ぼけており、この状況を完全に理解していなかった。
これが夢なのか現実なのかも分からず、朦朧とした意識の中、混乱しながらも何が起きているのかを考えていた。
そして、静かに答えた。
「はい……私、コザクラです……」
まずは質問に答えようと、無意識に判断し、自分がコザクラだと答えた。
その答えを聞いた女性は、ゆっくり振り返ると、そのまま部屋の奥へと歩き出した。
「なら、案内するわ。貴方を……クロノスの元へ」
その瞬間、強力な睡魔がコザクラを襲い、そしてコザクラはゆっくりと目を閉じていく。
薄れゆく意識の中で、女性が歩いて行った方向から、重い扉が開かれた様な鈍い音が聞こえた気がしたが、それに疑問を抱く間もなく、そのまま深い眠りへ落ちていった。
これが、彼女の過去と未来を賭けた、物語の始まりになるとも知らずに……