卒業パーティです③
「相変わらず凄い熱量だね、ご令嬢たちは」
バルコニーに背もたれて腕を組みながら「参った参った」と言いつつも笑っておられるロブ殿下。月夜に照らされたお姿もとても美しい。
「そりゃあ皆さん、殿下のお目に留まりたくて必死ですもの」
勿論大多数が既に婚約者の居る方々なのだが、もし殿下に見初められたら今ある婚約を解消してでも王太子妃の座を取るつもりだろう。
「アリーはその中には入ったりしないの?」
「……わたしが、ですか?」
暫しロブ殿下と見つめ合う。ロブ殿下は珍しく真剣な表情になって、わたしを見ている。その視線に何故かドキリとして、目をそらしてしまうわたし。や、やだなぁ、何だか顔が熱い。
「か、考えた事も……ないです」
その答えにロブ殿下は少し残念そうな顔をされた様な気がしたけど、すぐにいつもの微笑みに戻られた。
「そうか」
「ロブ殿下もいい加減、婚約者を作らないと両陛下も煩いんじゃありませんか?」
「うん、かなりね。……まぁ、近々手は打つから大丈夫だよ」
……という事は、近い内にロブ殿下の婚約が決まるのかもしれない。そっか、とうとう殿下も婚約されるんだ。胸の奥が少しチクリとする。幼馴染二人ともが何だかわたしの手の届かない所に行ってしまう感じがして寂しさを感じてしまう。いつまでも子供のままではいられない。仕方ない事だわ。
「あ、こんな所に居たのか」
ふいにクリス殿下の声が聞こえて振り向くと、バルコニーの入口にココレシア嬢を伴って立っていた。
「兄上、アリーから返事は無事貰われたので……ふがっ」
こちらに近付きながら話し掛けてきたクリス殿下の口を、慌ててロブ殿下が手で塞がれる。そして「お・ま・え・は、余計な事を話すな」と眉間にシワを寄せて窘めている。クリス殿下は口を塞がれたまま何度も頷く。
「わたしがどうかしたのですか?」
クリス殿下からわたしの名前があがったので首を傾げると、ロブ殿下が凄く爽やかな笑顔を貼り付けて振り向かれた。
「いや、何でもないよ。こんな馬鹿の言う事なんて気にしなくて良い」
「ひどっ! 兄上、酷いです」
「煩い、そもそも誰のせいでこんなややこしい事になったと思ってるんだ」
「……それは…………面目ない」
しゅん……と分かりやすいくらいに落ち込まれるクリス殿下。その背中をココレシア嬢が撫でて元気付けている。あら、思ってたよりもココレシア嬢はクリス殿下と仲が良さそうだわ。少しニマニマしながらお二人の姿を見ていたら、顔を上げられたココレシア嬢と目が合った。
「あ、あの……アリエッタ様」
「はいっ、何でしょうかココレシア様」
「今回の事、本当に申し訳ありません! 私、アリエッタ様にどう謝罪しても許して頂けないとは思っておりますけど……」
いきなりわたしに向けて頭を下げて謝り出したココレシア嬢に戸惑う。
「え、ちょっとお待ちになって。わたくし何も怒ってなんていませんわよ。だから頭を上げて下さらない?」
「そうだぞシア。アリーは別に怒ってなんてなかったぞ」
「ですが……私のせいでアリエッタ様によからぬ噂が……それに婚約者の座まで奪ってしまいました」
なんて良い子なんだろう。もしわたしが悪役令嬢で、ココレシア嬢がヒロインだったとしたら……わたしは喜んで婚約者の座を譲っただろう。うん、ココレシア嬢がクリス殿下のお相手で本当に良かった。わたしはココレシア嬢の手をそっと握って彼女に微笑んだ。
「わたくしは心からお二人を祝福していますわ。だからそんな風に謝らないで頂戴」
「アリエッタ様……あぁ、なんて素敵なお方なんですの。私、私、ずっとアリエッタ様をお慕いしておりましたの!」
「……ん?」
お慕い? なんか話が変な方向に行ってる様な……。キラキラとした瞳でわたしを見つめてくるココレシア嬢に若干顔が引きつる。
「クリス殿下ともアリエッタ様がどんなに素晴らしく素敵なお方なのかとか、いつもお話ししてますの。アリエッタ様をモデルにした小説も沢山持ってますわ。こうしてお話が出来て光栄ですっ」
わたしがモデルの小説? なにそれ、知らないんだけど! 誰よそんなの書いたの! そして勝手にそんなの出版しないで。
「あー……その、シアはアリーの熱狂的ファンなんだよ」
呆気に取られているわたしに何だか気まずそうに補足するクリス殿下。その傍ではロブ殿下が後ろを向いて肩を思いっきり震わせているのが見える。笑ってないで助けてよ、ロブ殿下。
「……そ、そうなの。喜んで頂けて良かったです、わ」
ココレシア嬢の意外な一面を見て、わたしは意識を遠くの星へと飛ばしていた。