魔物たちの夜
夜も更けた頃、何だか寝付けなくて泊まらせて貰っている村長の家から外へ出てみた。森の中だからか空気が澄んでいて気持ちがいい。そのまま村の中を少し歩いていると、遠くの方から動物か何かの遠吠えみたいな鳴き声がかすかに聞こえてきた。
「…………オオカミ?」
森の中だから魔物だけでなく、様々な動物も居る筈だ。思わずぶるっ、と肩を震わせた。夜間、村の周りは村人たちが交代で見回りをしているらしいけど、何が起こるか分からない。
――用心するにこした事はないわ。
そう思って、村長の家の中へと戻ろうとしたその時。
「た、大変だああああああ!」
見回りをしていたらしき村人が慌てて駆け込んで来て、非常用に設置されている鐘を木槌で叩いて鳴らす。カーンカーンカーンカン……と、けたたましく鳴り響く鐘の音に寝静まっていた家々の灯りが一斉に付いていく。何事かと家の外に出てきた人たちに、見回りの一人が叫ぶ。
「と、……トロールの群れが、こ、こっちに向かって来てる」
その言葉に村人たちの顔がざわめきと共に一気に青ざめていく。
「群れだなんて……どうして……」
「森の奥でワイバーンが暴れていて、棲みかを追われて押し出された形でそのまま押し寄せて来てるんだ」
「ワイバーンだと!?」
「と、とにかく逃げないと」
蜘蛛の子を散らす様に、集まっていた村人たちは家族を迎えにそれぞれの家へと戻っていく。静かだった村は、あっという間に逃げ惑う人々と恐怖におののく声に占拠されていく。
……これが王太子妃の試練!? トロールの群れと闘えって事?
かなりな無茶ぶりに頭の中が真っ白になりそうになる。
「わ、わたしが……食い止めれるだけ、ここに残って食い止めます! ですから皆さんはその間に逃げて下さい」
緊張と恐怖でバクバクする心臓を悟られない様にしながら、わたしは村長へと進言する。これが試練だというのなら、やるしかない。
「しかし、アリエッタさん……」
「大丈夫です、わたしは魔法が使えます。とにかく、今は早く! 逃げて!」
そんなやり取りをしている間に、突然村の一部が破壊されてトロールがなだれ込んで来た。それと同時に悲鳴があちこちから上がる。逃げる暇もなく翻弄する村人たち。
「ひっ…………」
初めて見る大量のトロールの姿に足がすくむ。トロール達は正気を失っている様で、見つけた村人たちに手当り次第に襲い掛かり始めた。
「だ……ダメっ!」
必死に魔法を繰り出して、襲われている村人たちを助けに入る。だが、数が多すぎる。トロール相手に闘っている村人も数多くいたが、武芸に長けた者たちではない。ましてや魔法も使えない。
――なんで! なんでこんな酷い事をするの!?
ここは架空の村かもしれない、村人たちも本当は存在していないのかもしれない。これは王太子妃の試練なのだから……と頭では理解していても目の前で繰り広げられている惨劇に動揺し、やり場のない怒りを飲み込む。
「アリエッタさん!」
オンジがわたしの名前を叫んだ時、背後からトロールがわたしへと大きな腕を振り下ろした。
来るであろう衝撃に目を瞑って身構えた……けど、その衝撃はやって来ず。ドサリ!と何かが倒れる音にそっと目を開けると――――騎士服に身を包み、金色の髪をなびかせて馬に乗ったロブ殿下の姿があった。
「ろ、ロブでん……か」