地図にない村
※ここからは王太子妃試練の内容になる為
魔物とのバトルシーンが入ったり、少し痛々しいシーンが入ってくる事があります。
(少年漫画のバトルもの的な感覚が近いかな)ご注意ください。
「…………!?」
気が付くと、わたしは知らない場所に立っていた。目の前にある集落らしきものは、小さな村だろうか? 集落を囲む柵はまだまだ先へと続いている。ここが試練の場所……?
「きゃあああああああああ!」
突然大きな叫び声が聞こえ、驚いて声のした方へと走る。村の入口らしき前に小さな女の子が地面に座り込んでいるのが見える。その向かいには緑色の皮膚を持った大きな体のトロールの姿があった。村から出ようとした所で、森からやって来たトロールと出くわしたのだろうか。
「と、トロール!? 何故こんな所に……」
王都ではまずモンスターの姿は見掛ける事は無い。国境付近の森や、人里離れた場所などでは生息しているが基本的には国の騎士団やギルドからの依頼を受けた冒険者たちがモンスターが村や町へ近づかないように日々活動してくれているので、サズレア王国でモンスターに襲われるという事は滅多にない。
わたしも王立スフィーリア学園で魔法の実習として下級モンスターとは何度か対峙した事はあったけど、それ以外で目にするのは初めてだった。一瞬足がすくみかけたが、このままでは女の子が襲われてしまう……恐怖する気持ちを必死に抑え込めて呪文を唱える。
「ファイアーボール」
トロールが居る場所に攻撃魔法で炎を出す様にコントロールをし、それと同時に女の子の方へと向かって走る。
「ぐごあっ!?」
炎に襲われてくぐもった雄たけびをあげているトロールの前をダッシュで横切り、座り込んでいる女の子を抱き上げて村の中へと走り込む。一番近くに居た村人に女の子を押し付け、再びトロールの方へと戻る。
ファイアーボール一攻撃だけではトロールを倒せはしないだろうと思い、再び他の攻撃魔法を唱え様と身構えた瞬間、トロールの身体を覆っていた炎が大きく弾けた。
「なっ…………!?」
とっさに受け身を取ったけど、押し寄せる爆風にわたしの身体はその場から吹き飛ばされた。地面に投げ出されながらも、慌ててトロールの姿を確認する。
「……ごっ……………」
最後に一言呻いた後ドサリ、とその大きな身体は倒れて動かなくなった。
「え……嘘…………」
今起きた一連の出来事が信じられなくて、呆然となる。わたしの放ったのは、あそこ迄の威力は無い初歩的な火力魔法だ。スライム程度なら分からなくもないが、まさかトロール相手にあの一撃で倒せるだなんておかしい。いや、おかしいと言うならあの威力の方だわ。
「……魔法の威力が増してる?」
ここは王太子妃試練の世界だ。もしかしたら元の世界よりも魔法の力が大きく出ているのかもしれない。だとすれば、威力を上手くコントロールしないと危ないわね……。でも一体何のために……。
わたしが色々と思考を巡らしている間に、村の住人たちがわらわらと傍に寄って来た。
「ありがとう御座います! とてもお強いんですね」
「いえ、そんな……」
皆、口々にわたしの事を称賛し、そのままわたしは村長の元へと案内された。戸惑いながらも、試練の内容がまだよく分からないので取り敢えずは流れに身を任せてみる事にした。まさか勇者になって魔王を倒してくれとか言う訳じゃないだろうし、ね。それじゃ、まるで他のゲームになってしまう。
村長の家へと行くと、どうやら先程助けた女の子は村長のお孫さんだった様だ。お礼に今日は村長の家に泊まっていって欲しいと言われ、手厚い歓迎を受けた。
「最近は魔物がよく村まで来る様になっておりましてね」
「そうなんですか……」
どうやらトロールだけじゃなく、様々な魔物が時折この村までやって来るそうだ。わたしは幾つか村長に質問をしてみたけど、この村が何処にあるのかよく分からなかった。サズレア王国である事は間違いないらしいし、現国王陛下が存在している様だったので余計に判別がつかない。
――――仮想空間に居るのか、或いは実際に存在している村に飛ばされたのか……。
ただ、一つ分かった事がある。それは……
「昔、この村はロビウムシス殿下に助けて頂いた事があるのです」
懐かしそうにロブ殿下の事を話す村長曰く、まだ幼い頃のロブ殿下がわたしと同じ様にフラリとこの村に現れて村の窮地を救ったのだそうだ。村長の息子さんも、殿下と一緒に村の窮地を救うため奮闘した話を嬉しそうに話してくれた。
当時十歳だったロブ殿下も、わたしが今いるこの村に来て試練を受けたという事だけは分かった。わたしはここで、頑張らなければならないんだわ。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
村長のお宅でお昼を頂いた後、わたしは村の周辺を探索していた。どうして急に魔物が現れる様になったのか……何か原因らしきものが無いか見てまわる。村の周りは全方向全て森が囲っており、森の中心部分をごっそり切り開いて村を作った……といった方がしっくり来る。深い森のその奥には山が連なっているのが見える。
王子妃教育でサズレア王国の地理については詳しく習ったけど、やはりこの村に当てはまる様な場所は思いつかない。魔法の威力増幅の件もそうだけど、それも何か意味があっての事だろうし……深く考えても仕方ないのかもしれない。
「それにしても……これだけ深い森だと、魔物が出ても不思議じゃないよね」
むしろ、トロール一体だけで済んで良かったというべきかもしれない。普通、これだけの森ならば魔物が群れで生活をしている可能性も高い。
村の周りを一周してみたが、これといって手掛かりになるようなものは見つけられなかった。かといって、この深い森の中に入り込んで行くのはわたし一人では無謀すぎる。
「試練の内容って、魔物からこの村を守る事なのかしら……」
魔法の威力を増幅されたとしても、正直わたしの力ではたかが知れている。実戦経験だって乏しい。
「うう……困ったな」
独り言を呟きながら村の入口まで戻って来たわたしは、何やら物々しい雰囲気に包まれた様子に眉をひそめた。村の入口から出た所には数人の大人たちが集まっている。
「何かあったのですか?」
わたしが声を掛けると、その中心人物である男性が振り向いた。村長の息子オンジだった。
「レジーの姿を見ませんでしたか? 先程から姿を消してしまったのです」
「レジーちゃんが!? 村の周りには居ませんでしたけど……」
レジーとは村長のお孫さんで、さきほどトロールに襲われていたあの女の子だ。オンジの話を詳しく聞いてみると、レジーの母であるリーゼは少し前に酷い風邪をこじらせてしまい床に臥せっているらしい。そういえば先程も村長宅で顔を合わせていなかった。
風邪自体は治っているが、元々食が細く体力がなかなか回復出来ていない状態らしい。さっきトロールに襲われていた時は、母親の為に山菜を森へ採りに行こうとしていたらしい。
「もしかしたら山菜を採りに行ったのかもしれません……先程襲われたばかりだというのに、あぁ、どうしましょう」
「とにかく、探しに行きましょう。腕に自信のある方が居たら集めて下さい」
「森で狩りをしている者なら幾人か……おい、呼んで来てくれ」
オンジの言葉に二人の男たちが村の奥へと走って行った。
「本当に娘が申し訳ありません、せっかく助けて頂いたのにこんなすぐに……」
「今は見つける事が先決です」
暫くして猟銃を手にした男が三人、そして見るからに大柄な男が一人が連れられてやって来た。合計七名プラスわたしの八名で森の中へと捜索に向かう事になった。