ステグムの町
昼食の後、再び二刻ほど馬車に揺られて辿り着いたステグムの町は、港町という事も有り潮の香りが鼻をくすぐる。ここの港からは隣国コンフォーネ王国との輸出入を主に行っており、大きな船が何隻も停まっている。
その港沿いにあるステグム市場の中に入ると、まずは解体ショーをする為の大きなステージがあり人が既に集まり始めていた。ロブ殿下はわたしの手を引いて、最前列へと並ぶ。
「もう少ししたら始まるみたいだね」
「楽しみです」
程なくすると大きなマグロがステージ中央に運ばれて来た。そして頭にハチマキを巻いた中年の男の人が登場する。観客の拍手の中、その男はまずは今から解体するマグロの説明から始めた。本日のマグロは五十キロ越えで、お造りにすると約二百五十人前くらい取れるそうだ。
最初は尻尾の方を少し切り取り、観客の方へ断面部分を見せながら新鮮で美味しいマグロの見分け方を説明する。次に頭部分をザンッ!と豪快に大きな刃物で叩きつける様に刃を入れると、あっけない程簡単に頭部が外れる。『おぉーっ』と周りから感嘆の声が上がる。
『この頭の部分は丸焼きにして食べるのが美味しいんですよ』
と今度は大きな頭部を持ち上げて観客に見せる。頬の身がまた美味しいんだそうだ。次にカマの部分を切り取ってカマトロと言われる部分を見せ、背の方から刃を再び入れ始める。四つの節に切らないと身が潰れてしまうと説明しながら手慣れた手付きで刃を走らせる。
『この捌き方を五枚おろしと言います』
マグロの説明をしながらもその手は休まず、巨大なマグロはどんどんと捌かれていく。骨に付いた身をスプーンでこそぎ落しながら『これが中落ちですね』と説明が入る。今日の試食はこの中落ちが出されるとの事だった。あっと言う間に全て解体されて、大きな拍手と共に男は解体を終えたマグロの身と共にステージから去って行った。
「ここで少し待ってて下さいね」
ブラッドがベッキーと共に人だかりの中へと消えて行った。そして両手に小さな皿を乗せてこちらへ戻って来る。
「お嬢様、先ほどの“中落ち”です」
ベッキーから小皿を受け取ると、そこには美味しそうなマグロの身が乗っていた。ロブ殿下もブラッドから皿を受け取り、皆で一斉に試食品を口へと運ぶ。
「ううっ、美味しい~新鮮だわ」
「うん、美味いね」
「何も付けなくても美味しいですね」
「生のマグロってこんなに美味しいんですね」
王都でもここステグムから新鮮な魚は運ばれて来るのだけど、生のまま食べれるほど新鮮なまま運ぶのは困難で大抵は氷魔法で冷凍されたモノが多い。我がサズレア王国は海に恵まれた土地柄ではあるものの、こうして港町まで来なければ生のまま食べる事は難しいのだ。高位貴族で美食家の者たちは、生魚を堪能する為だけに港町に別荘を持っていたりする。
「さぁ、次は市場内を探索しようか」
「はいっ」
ステージ奥には沢山の海鮮店が軒を連ねていて、マグロ専門店や干物専門店などの海鮮を取り扱う店の他にも、既に海鮮を調理して販売している店、そして土産物屋など色々な店がひしめいていた。一通り見てまわった後、海鮮の串焼きや貝類などを店の外で網焼きにして食べる事が出来るという事で色々見繕って外のテラス席へと移動した。
海に面したテラス席には幾つものテーブル席が並んでおり、そこで客自身が自分で海鮮を焼いて食べる様になっている。わたしが順番にイカ、エビの串焼きに塩をふり、網の上に乗せて焼いていく。その横でベッキーがホタテを網に乗せて少し醤油を垂らす。先程解体されたばかりのマグロの刺身もテーブルに並べ、それを食べながら海鮮が焼き上がるのを待っていた。
「なんだか贅沢な気分ですね」
海の近くでこうやってロブ殿下たちと一緒に美味しい海鮮を堪能出来、穏やかな時間を過ごす事が出来て気分も晴れやかだ。
「喜んで貰えたなら嬉しいよ」
ロブ殿下と微笑みを交わす。そういえばクリス殿下とはデートなんてものはした事が無かったな……。初めてのデートの相手がロブ殿下で何だか嬉しい。




