王太子妃の条件
ようやく唇を解放されたけど、力が抜けきってしまったわたしはそのまま殿下の腕の中に居た。愛しそうに髪を撫で続ける殿下は、何だか満足そうだ。
「ずっと待ってて良かった。こんなに幸せな事はないよ、アリー」
「わたしもです……でも、これで正式に婚約者と決まった訳ではないのですよね?」
「……あぁ、そうだな。俺の意向は陛下には伝えるがそれだけでは正妃には決まらない」
王子妃と違い、王太子妃には特別な条件があると聞いた事があった。
「ロブ殿下が王太子に選ばれたのは確か十歳の時でしたよね? あの頃、何か試練を受けられたと聞きましたが……もしかして王太子妃も?」
「よく覚えていたな。そうだ……王太子妃もある試練を受けなければならない。そこで認められなければ正妃にはなれないんだ」
認められなければ正妃にはなれない……。正妃になれなかった場合は……。
「それは、ロブ殿下が望んで下さったとしても認められなければ、正妃にはなれず側妃になるかもしれない……という事ですか」
「俺は、アリーは必ず認められると思っている。幼い頃からアリーの事を見て来たが、君なら試練をクリア出来る筈だ」
何をもってそう確信されているのかが分からない。だけど、ロブ殿下はわたしの事を信じて下さっている。もしも正妃になれなかったとしたら……と考えると怖い。そうならない様に頑張るしか今のわたしには出来ない。
「後日、陛下から試練の内容は君とリップル王女に話されるだろう。俺から話せるのはここまでだ。後はアリーに頑張って貰うしかない……力になれなくて申し訳ない」
「いいえ……こうしてお心を通わせて頂けるだけで充分、力を貰っております」
わたしは出来るだけ笑顔でそう答えたけど、内心もの凄く不安にかられていた。これがもしゲームの仕様とかなら、一体どんな試練が待ち構えているのか……本当にわたしはクリアする事が出来るのだろうか。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
舞踏会から邸に帰ってきたわたしは、私室のバルコニーで紅茶を飲みながら王太子妃試練の事を考えていた。この世界はさすがゲームの世界というべきか、魔法が普通にある世界だ。庶民で魔力を持つ者は少ないが、高位貴族の殆どは多かれ少なかれ差はあるものの皆魔力を持って生まれてくる。魔法とか魔力とか関係してくるのだろうか……。ファンタジーな世界だ、何があってもおかしくはない。
昔、ロブ殿下が王太子の試練を受けていた頃……暫くロブ殿下に会えない時期があった。クリス殿下に聞くと「兄上は王になる為の試練を今受けているんだ、オレにはとてもじゃないけどあの試練は無理だ」とこぼしていた。暫くしてその試練を終えられたロブ殿下に会う事が出来た時、元々年齢よりも大人びた方ではあったけど、それよりも急激に大人びた様に感じた。
「それ程の内容の試練を受けられたという事よね……」
元々わたしは悪役令嬢のポジションだ。王子妃にはなれる程度の能力は備わっているのだろうけど、それが王太子妃となるとどうなんだろう。リップル王女は他国ではあるけど、生まれながらにしての王族。侯爵令嬢とは違い過ぎる。
頑張るしかないのだけど……。そうしないと、例えロブ殿下のお傍には居られたとしても正妃として隣に立つ事は出来なくなる。舞踏会で見たリップル王女とロブ殿下の二人のお姿を、わたしはずっと見て行かなければならなくなる……わたし以外の女性に触れる殿下のお姿を見るのは辛すぎる。
「ほんと、貴族とか王族って面倒事が多すぎる。普通に好きな人と結ばれれば良いのに……ゲームの中なのに、ここでも生きるのって大変だな……」
わたしは溜め息をつきつつ、残りの紅茶を飲み干した。