サクサクのかき揚げ
定食屋をオープンしてようやく一ヶ月が経過しようとしていた。お客さんも少し定着し、外での呼び込みをしなくても困らない程度になって来た。今日の日替わり定食はかき揚げ定食だ。
細長く切った玉ねぎ・人参・蓮根と、エビ・三つ葉は小さめに切り小麦粉を軽くまぶしておく。小麦粉、卵、マヨネーズ、冷水を混ぜ合わせて作った天ぷら粉に具材を入れて、あとは熱した油で揚げるだけ。今日のは定番なモノを選んだけど具材は色んな組み合わせが出来るし、それこそ余り物野菜で出来るから経済的。塩で食べても美味しいし、醤油やソースなど色んな調味料で色んな味を楽しめるのもいいよね。
その内、ゲームの神様とかが(居るかどうかも分からないけど)天ぷら粉とか普及してくれないかなぁ~なんてくだらない事考えながら、かき揚げを揚げていく。こっそりと店内を覗いてみると、熱々のかき揚げを美味しそうにハフハフさせながら食べているお客さんたちの顔が見えた。うん、今日も美味しく食べて貰えてるみたいで良かった。
「今日はあんまり張り切らないで下さいね」
ロマノが塩サバを焼きながら、わたしに声を掛けてきた。
「ありがとう、気を付けるわ」
明日は王宮で舞踏会が催される日。朝から舞踏会へ行く為の準備があるので、今日はあまり疲れを残さない様にとロマノが気遣ってくれているのだ。
「来月にはヴァイオレットお嬢様とグレン卿との結婚式もありますし、お嬢様も忙しいですわね」
ベッキーは今からわたしをどんな風に飾り立てようかと考えるのが最近の楽しみな様だ。夜会や舞踏会など社交の場へ出る時は、ベッキーを筆頭にメイド軍団がこれでもかとわたしを飾り立ててくれるのだけど、明日も大変なんだろうな……と心の中で苦笑いをする。
明日はリップル王女がロブ殿下の婚約者候補だと発表されるのだろうな。そして恐らくわたしもその候補の一人として名前を挙げられてしまうのだろう……。正直、ロブ殿下の婚約者候補になる決意が出来ているかと問われたら自信がない。王太子妃になるという事は、未来の王妃になるという事だもの。わたしに王妃が務まるのかしら……。
一応最近までクリス殿下の婚約者として王子妃教育は受けていたし、教育課程は全て終了はしている。侯爵家の令嬢として淑女教育も受けているから必要な教育自体は問題ないのだろうけど……。
「悪役令嬢かぁ……」
「え、何かおっしゃいましたか。お嬢様」
「ううん、何でもないわ。気にしないで」
先日プリメラに言われた言葉を思い出す。
――“悪役令嬢だって、もう役目は終わってますし。むしろこれからはアリエッタ様がヒロインじゃないですか”
ゲーム的にはリップル王女は悪役令嬢として用意された方なのよね? 本来ならプリメラがリップル王女と対立するヒロインな訳だけど、そのプリメラは既に結婚していてゲームには参加しない。その代わりに何故か前作の悪役令嬢だったわたしがヒロインの立ち位置に立つ事になってしまっている。
リップル王女が悪役令嬢という事は、わたしはリップル王女から苛められたりするのだろうか。そもそもゲームで苛められるというか、苦言を呈されるのは庶民育ちのヒロインだから成立する訳で王子妃教育を終えている侯爵令嬢のわたしが礼儀や言動を注意されるのは考えにくいよね……。それともゲームの強制力とかなんかで、いやがらせ以上の苛めを受けるとか?
うーん。考えても全然分からない。明日になればリップル王女にも会うのだろうし、難しい事は会ってから考えた方が良いわね。今考えてもどうにもならないもの。
「ヘレン! ハンバーグ定食二つ出来たわよ~」
「はーい!」
わたしがカウンターに並べたハンバーグ定食のトレーをヘレンとケイトの二人で取りに来た。さあ、次々とオーダーをこなしていくわよ。今は気持ちを切り替えて料理、料理!
「あぁ……張り切り過ぎない様に言ったのに……」
「結局夢中で料理をしてしまわれるのね……」
わたしの後ろでロマノとベッキーが呆れた様に呟いている声は、料理に集中しているわたしには届いてなかった。