ゲームの世界ってやつは……
ロブ殿下が帰ってから、使い物にならなくなったわたしを見兼ねた厨房スタッフのロマノが明日の下ごしらえを代わってくれたので今日は帰らせて貰う事になった。ロマノさん、ごめんなさい。明日からまた頑張りますのでっ。
予定していた時間よりも早いので帰りの馬車はまだ来ていない。
「ねぇ、ベッキー。ちょっと、あのパン屋に寄っていいかしら」
「パン屋ですか? まぁ時間はありますから大丈夫かと思いますけど」
ベッキーが念の為、ロマノの手伝いをしているケイトにわたし達がパン屋に行く事を伝えに店の中へと戻った。もし馬車が来てしまったら、ここで少し待っていて貰える様言伝を頼んでくれたのだ。仕事がよく出来る侍女を持つと助かるよね。
未だに火照る頬を押さえながらベッキーとパン屋へと向かう。前回と同じ様に店主にプリメラを呼んで貰った。どうしても彼女に聞きたい事があった。プリメラに少し時間を貰って、三人で近くのカフェへと移動する。ベッキーにはテーブルを別にして貰い、プリメラとわたしは二人で席についた。
「ごめんなさい突然また押し掛けて」
「いいえ、大丈夫ですよ~何かありました?」
オレンジジュースをコクリと飲みながら、プリメラはニコニコと笑みを浮かべている。こんな風に可愛らしい姿を見ると、やっぱりプリメラはヒロインなんだなぁと思う。女のわたしから見ても、とても可愛らしい。
「あのね……クリス殿下が攻略対象者なのは勿論だと思うんだけど、もしかしてロブ殿下もそうだったりするのかな?」
「ロブ殿下!? えっ、アリエッタ様はロブ殿下狙いなんですか?」
「いや、わたしが狙ってるとかじゃなくて……むしろ逆に狙われている様な……」
「はい?」
キョトンとした顔になるプリメラ。
「実はさっき……」
ロブ殿下に想いを打ち明けられ、何か分からないけど昔から好かれていたらしいと伝える。
「きゃあああああああああああ! なんですか、その甘ったるい展開はっ!」
「お、落ち着いて! プリメラさん、落ち着いてっ」
突然奇声をあげて興奮し出したプリメラを慌てて制止する。店内の視線をめちゃくちゃ浴びてしまった。ベッキーも驚いて駆け寄ろうとして来たので、大丈夫だとゼスチャーで伝える。
「場所も場所だし、まさかロブ殿下からそんな話をされるとは思ってなかったのよね」
「場所?」
「ほら、前に話したでしょ? 定食屋を手伝ってるって」
「あぁ! ……ん、定食屋でロブ殿下が告白?」
「そう。イカ飯定食食べた後で」
「……いかめし…………」
そう呟いた後、プリメラは分かりやすいくらいにガックリとテーブルに突っ伏す。そして「いかめし……てーしょくや……」とブツブツ聞こえてくる。
「ぷ、プリメラさん?」
心配になって声を掛けると、がばっ!と身体を起こしたプリメラがまた叫んだ。今度は声を抑えてだけど。
「なんて所で、なんてモノ食べさせて、告白させてるんですかぁああああああああああ!」
「いや、だって、ウチは定食屋だし……イカ飯も今日の日替わりだし……美味しいし」
「美味しいですけどっ! 今度わたしも食べたいですけどっ! ロブ殿下がイカ飯……まじウケる~てか悪役令嬢が何てものを作ってるんですか。イメージがったがたですよ、ヤバ過ぎ」
目にうっすら涙を浮かべて笑い転げるプリメラ。
「ある意味、最強ですアリエッタ様! もう、大好きっ」
「褒められてるのかよく分かんないから、あまり嬉しくないけど」
「あ、ロブ殿下はですねぇ~勿論、攻略対象者ですよ」
「やっぱり……」
「続編のですけどね」
え……。プリメラの言葉に固まる。ぞ、続編ですと!?
「“Kiss me-夜明けまで抱きしめて-”通称“キス抱き”の一作目の攻略対象者が、クリス殿下ほか学園の生徒合計五人。続編の二作目は舞台を社交界へと移して一作目の五人にロブ殿下と護衛騎士ブラッド、ロブ殿下の側近グレン様を含めた合計八人です」
「え、クリス殿下たち続投なの?」
というか、ブラッドさんとグレン様まで攻略対象者だとは……さすがわたし、悪役令嬢。周りをガッチリ攻略対象者で固められていた。
「はい、ヒロインもそのまま続投です。一作目のクリアデータと連携させれば前作からの好感度を引き継いでのスタートが出来ます」
「……という事は、ゲームのシナリオは終わったんじゃなくて今は続編へと入る所って事?」
「そうなりますね」
詳しいゲーム内容を少し知って、愕然とする。そうか、このパターンの続編があったのを忘れてた。ゲームによってはキャラを一新して続編を作る場合もあるけど、前作の人気キャラをそのまま使うパターンもあるのよね。
「悪役令嬢は? わたしも続投になるの?」
「クリス殿下の場合は前作でラブラブエンド迎えてなければ、アリエッタ様のままですね。それと、続編では新たに隣国の姫君がロブ殿下の婚約者候補として登場します」
「隣国の姫!?」
「コンフォーネ王国の第一王女、リップル王女です」
「リップル王女! あの方がロブ殿下の婚約者候補に……」
リップル王女とはクリス殿下の婚約者として、王家主催の舞踏会や隣国訪問の際に何度かお会いした事があった。金色の髪に、深いグリーンの瞳がとても印象的な方だった。二人の兄王子に甘やかされて育ったからか、少し我が儘な所もあったが根は素直で可愛らしかった。
「……わたしはこのままゲームには参加しませんが、アリエッタ様はどうされるんですか? ロブ殿下の求婚を受けられるとなると、リップル王女が関わってくる可能性は高いかもしれません」
「わた、しは……」
思わず言葉に詰まってしまう。わたしだってもう退場した身だ。だけど言い淀んでしまうのは、ロブ殿下の顔がどうしてもチラついてしまうからかもしれない。




