二日目の第一王子は一味違う?
激甘仕様開始? 皆で砂糖を吐けば怖くない? いや、作者が恥ずかしい(笑)
どんどん入る注文をこなしていたら、あっと言う間にお昼になった。お昼を過ぎるとお客さんの数も落ち着いてきて、ベッキーが店の外へと出て昨日の様に呼び込みを始めた。今日の試食はイカ飯が沢山あるので、それにした。イカの旨味が凝縮されたもちもちのイカ飯につられて、一人、また一人……とお客さんが入って来てくれた。この分だと今日も早目の閉店になりそうだ。
時折、窓の外を覗き見るけどロブ殿下が来る様子は無い。まぁ、そりゃそうよね……だって彼は王太子だもの。忙しいに決まっている。幾ら王都に店があるとは言っても、そんな毎日城を抜け出してここ迄食事に来る訳がない。王宮だって普通に食事は出て来る。
心の中で色々と言い訳を考えながらも、諦めきれてない自分に苦笑いしてしまう。何を期待してしまっているんだろうか。幼馴染だからと言って、この国の王太子に対して不敬だわ。クリス殿下と婚約していたせいで傲慢になっているのかもしれない。わたしは王族でも何でもないのだ。
なのにロブ殿下が来ないだけで何故こんなに寂しいと感じてしまうのだろう。いくら昨日、今日も来てくれるって言ってくれたとはいえ……そんなのただの社交辞令じゃないの。子供じゃないんだから、真に受けてどうするのよね。
「そろそろ閉店しましょうか」
誰も居なくなった店内を見て、お姉さまが皆に声を掛ける。変な事で落ち込んでないで、明日の仕込みをしなきゃだわ。そう思い直して野菜の下ごしらえでもしようと手を伸ばした時だった。
「あら、殿下」
お姉さまの声に反射的に厨房から飛び出していた。見ると入口の所でお姉さまがロブ殿下に挨拶をされていた。
「遅くなってすまない! 今日は間に合わなかったみたいだな」
「いいえ、大丈夫ですよ~。殿下の分はアリーがちゃんと置いてあるみたいですから」
「お、お姉さまっ!」
余計な事を言わないで~! わざわざ殿下の為によけておいたなんて恥ずかしすぎる。
「私の為に? それは……気を遣わせてしまったな」
「違うんです、今日のはその……是非、食べて貰いたかっただけで。わたしが勝手にそうしただけなので……」
「……そうか、それは嬉しいな。ありがとう」
ロブ殿下に微笑まれて顔が熱くなってくるのが分かる。
「と、とにかく中へお入り下さい」
赤くなった顔を見られたくなくて、慌ててロブ殿下を店内へと招き入れる。いつの間にかお姉さまの姿は二階へと消えていて、わたし達と入れ違いにロマノとケイトの二人は市場へと明日の仕入れに向かうと出て行った。厨房にはベッキーだけが待機している。
「皆、急にどうしたの?」
「さあ? どうしたんでしょうね、忙しいだけなんじゃないですか。ふふ」
ベッキーが楽しそうに答えるけど、何だかよく分からない。首を傾げながらも、イカ飯定食をセットしてロブ殿下と護衛騎士のブラッドへと運んでいく。
「お、これは何だ」
「イカ飯定食です。もちもちで美味しいですよ」
今日も何やら楽しそうに目の前の定食を眺めているロブ殿下の姿に、頬が緩みそうになる。
「わたしは表の看板を裏返して来ますね」
ベッキーがそう言って、入口へと向かった。そして看板をクローズへと裏返した後は、そのまま二階へと上がっていく。……何なの、皆して店から居なくなってるんだけど。
「早速いただくよ。アリーも忙しくないのなら、そこに座って?」
「あ、はい……」
促されるまま、近くの椅子へと腰かける。二人が美味しそうに食事を口へと運ぶ姿を見ながら、残しておいて良かったと思った。
「これは本当に美味しいですね、アリエッタ嬢」
「今まで食べたイカ料理でアリーの料理が一番美味いよ」
「そんな、大げさですよ~。でも、ありがとう御座います」
王宮では腕の良い料理人が毎日美味しい料理を提供しているのだから、それに適う筈はないのだけど美味しいと言って貰えるのは単純に嬉しい。こうやって好きな人に毎日手料理を食べて貰えたら幸せだろうなぁ~そんな事を考えながらロブ殿下の顔を見ていたら、ふと目が合ってしまった。
「ん? どうかしたか」
「ふえっ!? な、なんでもないですっ、気のせいですっ、変な事なんて考えてないですっ」
「変な事?」
「いや、ちがっ……本当に何でもないです」
思いっきり真っ赤になって訂正するわたしに笑いを堪え切れない様子で顔をニヤつかせているロブ殿下。あぁ、もうっ……そんなお顔でさえ眩しいんだから困ってしまう。
「殿下、わたしは外で待ってますので」
「ああ」
食事を終えたブラッドが「ご馳走さまでした」と二人分の代金をテーブルに置いて立ち上がった。ロブ殿下も食べ終わっており、コップの水を一飲みされる。
「今日のも凄く美味しかったよ、ありがとう」
「いえ、食べて頂けただけでわたしも嬉しいですから」
「……アリー」
ロブ殿下が席を立ち、そのまま私の傍へと近付き……目の前に跪かれる。そしてその綺麗過ぎるお顔をわたしの近くへと寄せながら、膝に乗せていたわたしの右手を取る。
「えっ、な、何ですか?」
およそ定食屋では似つかわしくない行動に、ロブ殿下が何を考えておられるのか分からず焦るわたし。
「これからも公務で外せない日以外は君の食事を食べる為に私はここへ通わせて貰う。今日みたいに遅くなる日もあるかもしれないが、必ず来るから待っていて欲しい」
「は、はい……それは構いませんが……」
今日みたいに二人分、残しておいてって意味かしら? てか第一王子が常連宣言しちゃって良いのかな……ここ定食屋なんだけど。
「あと、休日は出来るだけ私に時間をくれないか?」
「え? どういう事でしょうか」
「アリーをデートに誘いたいんだ」
「は? ……デ……でぇ……と? えっ、えっ?」
「前に言ったよね、私の婚約者について近々手を打つって」
そういや、そんな事言ってた気がするなぁ。……って、ちょっと待って! いや、あれって異国の姫とかが相手じゃないの?
「あの……ロブ殿下、つかぬ事を伺いますが」
「うん」
「これって、その……もしかして、もしかしてなんですけど」
「もしかしてじゃなく、口説いてるよ」
「ぬおっ!」
か、勘違いじゃなかった! わたし、口説かれてるみたいです! いやいや、そうじゃない、そういう事じゃない。
「ここ、定食屋……」
「うん、そうだね。だからプロポーズはちゃんと別の場所でするから安心して」
わたしの定食屋発言に肩を震わせながら笑いを堪えておられるロブ殿下。いや、あなたがこんな所で口説き始めるからじゃないですか。
「いや、だからそういう事じゃ……」
「今度ゆっくり説明はするけど、私はずっと昔からアリーに求婚したかったんだよ」
「……は?」
なんか衝撃発言、飛び出しましたけど!?
「ずっとずっと君だけを好きだった、愛してるよアリー」
「なっ…………」
更に衝撃発言出ました! ずっと好きだった攻撃! しかも愛してるへと変化! 何なの、ロブ殿下はわたしを口説くと言いながら実は殺す気ですか。その潤んだ瞳で見つめるのやめてー! 心臓が持たないからっ。ば、爆発しそうなんですけど。
「これから本気で口説くから覚悟してね」
さっきから握られていた右手の甲にちゅっ、とロブ殿下の柔らかい唇が押し付けられて……わたしの心臓は完全に爆発しました。ええ、もう、それは見事に頭からは湯気を吹き上げ、恥ずかしさから目には涙が滲み、多分相当情けない顔をしていたと思う。
そんなわたしを軽く抱きしめた後、更に頬へと口づけを落してロブ殿下はメチャクチャ良い笑顔で店を出て行かれました。その後、わたしが倒れそうになったのは言うまでも無かった。