第一王子来店
「ろ……ロブ様……」
「開店おめでとう、アリー! 早速来ちゃったよ」
笑顔全開で出迎えられたわたしは、定食屋という場違いな場所にこの国の第一王子が居るという事に眩暈がしそうになった。まぁ、わたしとお姉さまだって侯爵令嬢なのだけど。そんなわたしにお構いなしに青い薔薇の花束を差し出された。
「あ、ありがとう御座います。ロブ様」
店内で食事していた数人のお客さんは勿論、スタッフ一同唖然としている。お姉さまだけはニコニコしてらっしゃるけどね。あまり動じない方だからなぁ、お姉さまは。ロブ殿下はお忍びの恰好をしていらっしゃるけど、そのキラキラとした王子な佇まいはオーラが隠しきれてない。王子だとは思われなくても、何処かのお坊ちゃんとは絶対思われていると思う。受け取った花束をベッキーへと渡し、ロブ殿下を店の隅まで引っ張って行く。
「何やってるんですか、こんな所で。てかなんでここの事知ってるの!?」
「お祝いに来たんだけど? それにグレンは俺の側近だからね、情報は普通に入ってくるよ」
あぁ、そうだった。お姉さまの婚約者のグレン様はロブ殿下の側近だった。
「いやいや、そもそもこんな所に来ちゃダメでしょ。王子様なんですよ、ロブ殿下は」
「だけど、俺だってアリーの手料理が食べたかったんだよ」
「て、手料理って…………」
仕事として作っていたわたしはロブ殿下の言葉に顔を赤くする。た、確かに、手料理と言われればそうなんだけど……。
「で、お薦めはどの料理?」
もはや止める様子もないロブ殿下は、食べる気満々だ。わたしは諦めて、メニューの説明をする。どれも美味しく作っている自信作ではあるけど、目玉だった天むすはもう売り切れてしまったので今はアジフライ定食が私の中では一番のお薦めだ。
「じゃあ、それを二つ」
そう言うと、連れて来た護衛騎士らしき男性と一緒に空いているテーブルへとつかれた。あの護衛の男性はロブ殿下がいつも連れていらっしゃる方だ。よほど優秀で信頼されているんだろう。厨房に戻り、アジフライを揚げる。その間に定食の小鉢をトレーに乗せていく。このトレーごとテーブルに出すのが定食の醍醐味だったりする。運ぶのも楽だし、ただテーブルに料理を並べていくより見た目も良いので一石二鳥だ。
熱々のアジフライを乗せたトレーをベッキーと一緒に殿下の元へと運んでいく。目の前に置かれた料理を見てロブ殿下が目を輝かせた。そんなに食べたかったんですか、わたしの料理……。
「このアジフライには、そこに備え付けているソースか醤油をお好みでかけて食べても良いですし、キャベツの横にあるタルタルソースを付けても美味しいですよ」
わたしが説明をすると「よし、全部やってみよう」と楽しそうに顔を綻ばせた。その様子に何だか子供みたいだなぁ、なんて思ってしまう。年上のお兄ちゃん的存在だけど、たまにこうやって子供っぽい一面も見え隠れするのよね。
早速食べようとするロブ殿下に、わたしはこそっと耳打ちをする。
「あの、わたしが作ったものだから安全は保障しますが、お毒見はされなくて大丈夫なのですか?」
耳打ちされたロブ殿下は何故かもの凄く目を見開かれたのだけど、そんなに驚かれる事言ったかしら。というか、何だかロブ殿下の耳が少し赤くなっている。それを向かいに座っている護衛の方が面白そうに見てらっしゃった。
「耳に不意打ちとは……あ、いや……うん……だ、大丈夫だよ。普段も、その、こうやって……だな、外食はしているからな」
赤くなった耳に手を当てて、しどろもどろになりながら答えるロブ殿下にわたしは首を傾げた。いつもスマートなロブ殿下なのに、何だか珍しい反応だわ。
「ご心配なさらなくて大丈夫ですよ、アリエッタ嬢。ちょっと色々と浮かれてらっしゃるだけですから」
「お前は余計な事は言わなくて良い」
「はぁ……それでは、ごゆっくりなさって下さいね」
わたしはベッキーと厨房の方へと戻る。厨房の方から殿下達の姿を見ていると、凄く嬉しそうに食事をされているのが見える。あんなに顔を綻ばせて食事されている殿下を見るのは珍しい。そんなに美味しいと思って貰えたのかな? それならわたしも嬉しいけど。
ペロリと完食された殿下たちは「美味しかった、また明日も来る」と言って帰られた。え、明日も来るの? とビックリしたのは言うまでもない。殿下も公務などで忙しいと思うのに、大丈夫なのだろうか。